食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
エネルギーと栄養素の摂り方を示した国のガイドラインであり、信頼できる食情報のエビデンスとして活用できる「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準;文献1)」を連載でご紹介しています。
微量ミネラルの解説の続きです。
今回は銅とマンガンです。
銅は酵素の一部として存在し、エネルギー産生、神経伝達、活性酸素除去などに関与しています。
摂取量が不足すると、貧血や白血球減少が起こります
そこで、不足のリスクを回避するための指標が定められることになりました。
けれども日本人を対象とした欠乏実験や出納実験は行われていません。
そのため、海外で行われた出納実験の結果が活用されました。
具体的には、アメリカ人を対象とした複数の出納実験の結果を使っています。
それらの結果から、銅の出納がゼロとなるのは摂取量が0.8 mg/日のときであり、これが体重76kgのアメリカ人男性で得られる値として、銅必要量の参照値とされました。
成人ではこの参照値と、各性・年齢区分の参照体重を用いて、推定平均必要量と推奨量が定められています。
小児は、成人の値と、各性・年齢区分の参照体重や成長因子を考慮して定められています。
乳児は研究結果がないため、推定平均必要量と推奨量は設定されていません。
0~5か月の乳児は、現在摂取されている量が不足していない量であると推測して、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて、目安量が定められています。
6~11か月の乳児は、0~5か月の乳児の値と参照体重を用いて計算した値と、小児のように成人の値と各性・年齢区分の参照体重や成長因子から計算された値の平均値を使って目安量が定められています(表1)。
銅の過剰症としては、遺伝的に銅を排泄できないような人で、肝機能障害や神経障害などが生じます。健康な人では、銅の摂取が0.57~6.9 mg/日の範囲で、血漿・血清中の銅濃度は一定に保たれていると言われています。
そして、現在の日本人の平均摂取量は1.1~1.2 mg/日程度であり、この状況で過剰症が生じる可能性はありません。
けれどもサプリメントなどの不適切な使用で過剰症が生じる可能性があります。
そこで、耐容上限量を定めることになりました。
先ほど述べたように、研究結果によると、血漿・血清中の銅濃度が一定に保たれる範囲は摂取量が0.57~6.9 mg/日で、それ以上となると血漿・血清中の銅濃度上昇の可能性はあります。
一方で、10 mg/日の銅サプリメントの摂取で健康上の異常は認められなかったという報告があります。
これらの研究結果から、10 mg/日を1.5で割った値であれば過剰症は発症しないと考えられ、成人の耐容上限量は男女とも7 mg/日としました。
小児の報告はないため、耐容上限量は設定されませんでした。
銅を推定平均必要量程度摂取していれば、健康上の問題はなく、生活習慣病の発症予防になるというような研究結果も十分にはありません。
一方で、銅のサプリメントの使用は総死亡率を上げるとの報告があり、サプリメントの使用が銅の過剰摂取につながることは示唆されています。
とはいえ、耐容上限量程度の摂取であれば問題はないと考えられています
そのため、目標量は設定されませんでした。
こうして銅の推定平均必要量、推奨量、目安量、耐容上限量は、表1のように定められました。
次にマンガンです。
体内では、一部は骨に、残りは酵素の構成成分として、生体内組織や臓器に存在しています。
そしてエネルギー産生や体内の抗酸化を防ぐ働きを助けています。
動物実験では、マンガンの欠乏症が報告されています。
ヒトでも欠乏すると、成長抑制などの欠乏症は生じる可能性が考えられています。
そこで、不足のリスクを回避するための指標が定められることになりました。
けれども、マンガンは吸収率が1~5%と大変低く、出納実験が試みられたものの、微量に吸収された量を検出するのは難しく、出納実験から必要量を求めることができていません。
そこで、推定平均必要量や推奨量を定めるのは難しく、目安量を定めることになりました。
これまでに行われた様々な調査結果から、成人のマンガン摂取量は、3.6~4.5 mg/日程度でした。
一方で、他の様々な報告から、この量は必要量よりもずいぶん多く、目安量は低めにしても問題はないと考えられています。
そこで、調査結果の少なめの値を使い、男女差を考慮して、高齢者を含む成人の目安量は、男性で4.0 mg/日、女性で3.5 mg/日と定められました。
小児は、成人の値をもとに、体重や成長因子を考慮して定められました。
0~5か月の乳児は、母乳中の濃度と哺乳量から算出された摂取量の結果を用いて目安量が定められています。
6~11か月の乳児は、0~5か月の乳児の目安量から体重や成長因子を考慮して算出された量と、成人の目安量から算出された量の平均値を用いて、目安量が定められています(表2)。
経口投与ではありませんが、マンガンを完全静脈栄養で投与すると、血中マンガン濃度が上昇し、パーキンソン病様症状が現れるとの報告があります。
食事由来のマンガンで同様のことが生じるかは分かりませんが、サプリメントなどで過剰に摂取すると危険な可能性があるため、耐容上限量が定められることになりました。
マンガンは穀物や豆類などの植物性食品に多く含まれていて、厳密な菜食主義の人などで摂取量が多くなる傾向があります。
アメリカの菜食者の食事調査では、マンガンの摂取量が最大で11 mg/日と推定されていて、その人たちに健康障害は発症していませんでした。
この結果から、この値では過剰症は生じないだろうとして、成人の耐容上限量は11 mg/日と定められました。
小児では十分な研究結果が存在しないため、耐容上限量は定められませんでした(表2)。
マンガンと糖尿病の発症に関しては、いくつか報告はあるものの、十分な知見は得られておらず、目標量は定められませんでした。
生活習慣病の重症化予防に関する報告もないため、そのための量も設定されませんでした。
日本人は穀物や豆類の摂取が欧米人よりも多いことから、マンガンの摂取量も多くなっています。
設定された目安量は、マンガンの必要量を大きく上回っていると考えられており、目安量の半分程度でも心配する必要はなさそうです。
参考文献:
※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、通信講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします