科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

食情報、栄養疫学で読み解く!

「食べるをはかる」を食育に活かそう

児林 聡美

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 昨年は1年を通して、「食べるをはかる」ことの大切さをテーマにした内容を多く執筆してきたつもりです。
 今回は、その大切さにもう一度触れ、さらにその大切さに気付いてくださった方々の実際の取り組み例を紹介したいと思います。

●基準値だけでは改善できない!?

 食事を改善したいときにまずするべきことは、今食べているものを調べて(食べるをはかる)、今の栄養素摂取状態を知ることですよ、とちょうど1年前にお話しました(連載第11回 「食べるをはかる」が健康への第一歩 参照)。
 食事改善のためには、既に国が定めている栄養素の基準値や、ガイドラインの目標値を達成すればよいだけなのに、どうしてわざわざ今の状態を調べる必要があるの?と疑問に思われる方もいるかもしれません。

図1. 基準値と対象者の普段の摂取量の関係:食事改善には基準値Xではなく、Xまであとどのくらい必要なのかを意味したZという量が必要です

図1. 基準値と対象者の普段の摂取量の関係:食事改善には基準値Xではなく、Xまであとどのくらい必要なのかを意味したZという量が必要です

 確かに、例えば厚生労働省は、日本人の健康を保つための30種類以上の栄養素に関して、1日にとるべき値を定めています(文献1)。
 その値が図1のXです。

 けれどもXだけを知ったとしても、それに基づいて食事の改善ってできるでしょうか?
 対象者の今の栄養素摂取量がわからなければ、そもそもその栄養素の食べ方を変える必要があるのかどうかも分かりませんよね。
 そこで、食事調査で対象者の方の今の栄養素摂取量Yを調べる作業が必要となります。
 YがXに比べて足りていないこと、そして足りていない量がZであることまで分かったときに、今の食習慣の何をどのくらい改善したら基準値を達成できるのか、具体的な方法を考え始めることができるのです。

●それってあるある、の食事指導

 「食べるをはかる」の大切さを、もう少し具体な場面を想定して考えてみましょう。
 それでは、健康診断で血圧と血清LDLコレステロールが高めの方が食事指導を受ける場面を考えてみてください。
 対象者さんは、現在の食事の状態を栄養士さんに伝えるため、食事指導の前日の食事を記録してくるように言われていました。
 けれども、食事は日々異なりますし、たった数日の食事ではその人の日常的な食習慣を調べられないことは、以前ご紹介したとおりです(連載第13回 昨日の食事は「いつもの」食事?食事に見られる日間変動 参照)。

 1日間食事記録は、栄養士さんと対象者さんの会話のきっかけにはなりましたが、この記録から対象者の方の日常の食習慣全体を瞬時に把握することは難しそうです。
 結局、食事指導は図2のシナリオ1のようにならざるを得ません。

図2. 食事指導シナリオ1 - 食事を調べなかった場合:栄養士さんは対象者さんにポイントもないまま、あらゆる改善方法を提案しています

図2. 食事指導シナリオ1 – 食事を調べなかった場合:栄養士さんは対象者さんにポイントもないまま、あらゆる改善方法を提案しています

 比較的多くの人に当てはまりそうなアドバイスである「ラーメンの汁は残しましょう。」「揚げ物には注意してください。」といったことを伝えることになります。
 しかも、どれがその方に当てはまるかが分からないので、とにかくたくさん伝えなければなりません。
 あれも、これもアドバイスされて、対象者さんはもう頭がいっぱい。
 せっかくの食事指導は、結局何を改善すればよいのかわからずに終わってしまいました。

 このシナリオ、どこかで経験されたことありませんか?
 今の日本では日常的な食習慣をはかる場面がほとんどないために、これは比較的よく起こっていることなのではないかと考えられます。

●もし食事をはかっていたら?

 もうひとつのシナリオ2(図3)を考えてみましょう。
 先ほどと同じ方に日常的な食習慣をはかることのできる質問票を使い、食事をあらかじめ調べたうえで食事指導が始まりました。

図3. 食事指導シナリオ2 - 食事を調べた場合:栄養士さんは対象者さんの食事の状況に基づいて、的確な改善方法を提案しています

図3. 食事指導シナリオ2 – 食事を調べた場合:栄養士さんは対象者さんの食事の状況に基づいて、的確な改善方法を提案しています

 血圧が高めの方には食塩やアルコールの摂取量に気を付けていただきたいところです。
 けれども図3で示しているように、この方の食塩摂取量は1日あたり11gで多いですが、平均的な日本人に比べて極端に多いわけではなさそうです。
 一方、アルコールは1日あたり2.2合で、こちらは平均と比べても多めのようです。

 また、血清LDLコレステロールを下げるためには飽和脂肪酸のとり方にも注意が必要です。
 この場合の指導では、食事調査の結果を基に「血圧を改善するには減塩も大切ですが、あなたの場合はまず節酒ですね。血清LDLコレステロールの改善には飽和脂肪酸を減らしたいところです。あなたの場合はとくに乳製品からの摂取が多いようです。毎日牛乳を飲んでおられますか?その牛乳を低脂肪乳に代えてみませんか?」などとお伝えできました。

 対象者の方にとって、自分が何をすればよいのかが明確になりました。
 「食べるをはかる」によって、食事をどう改善すればよいのかを初めて具体的に考えることができるようになるのですね。

●生協さん、研究室に現る!

 このことに気づいてくださり、実際に「食べるをはかる」ことを食育活動に取り入れてくださったのが、日本生活協同組合連合会(日本生協連)さんと、その会員である地域の生協さんたちです。
 生協のみなさんは、科学に基づいた、より効果的な活動に取り組みたい、そして、実際の食生活の見直しにつなげていきたい、と模索しておられました。
 その結果、私たちの発信している「食事改善には何よりも食事をはかることが優先されるべきである」という考え方に気づかれたそうです。
 そして、私たちの研究室で開発された質問票(連載第15回 質問票は簡便?:質問票開発の裏側お見せします 参照)を使いたい、しかも私たちの協力の下で正しく使いたいということで、研究室に協力を求めてこられたのです。

●「食べ物」だけではなく「食べる」をはかろう

 私たち研究者も、研究だけ実施していても社会に影響を与えられるとは思っていません。
 一般の人たちや企業の人たちと現場で会い、色々な知識をお互いに提供し合い、協力することで社会がよりよくなっていくと考えていますし、そのような機会は積極的に持ちたいと考えています。

 そこで、地域生協さんたち自身で食育の取り組みを進めることができるように、私たち研究者が活動を広げる役割の方々へ、食事をはかることの大切さや、開発した食事質問票の使い方をお伝えするなどの協力が始まりました。
 そうして学ばれた方々が、「食べるをはかる」の大切に改めて気づかれ、様々な取り組みが今始まりつつあるところです。

 例えば図4は、今年日本各地の地域生協さんたちが集まって開催された食育関連の活動交流会で、日本生協連さんがお話されたスライドの抜粋(一部改変)です。

図4. 2017年度 たべるたいせつ活動交流会 日本生協連発表スライド(一部抜粋および改変;2017年10月31日)

図4. 2017年度 たべるたいせつ活動交流会 日本生協連発表スライド(一部抜粋および改変;2017年10月31日)

 「食べるをはかる」の大切さをとてもよく理解してくださっていて、その意味と必要性がよく伝わる発表内容でした。
 また、活動に熱心なコープこうべさんでは「はかるたいせつProject」という特設サイトを設けて、食事質問票を用いた食育活動の内容などを紹介しています。

 この活動の準備に協力する中で、生協の担当者の方から、「生協は今まで、食品の安全性に関しては熱心で、たくさんの食べるものを高度な技術を用いて『はかって』きました。けれども、自分たちの食べているものを『はかる』ことは行ってきませんでした。今後は自分たちの健康のために『食べるをはかる』を大切にしていきたいと思っています。」と言われたことが印象に残りました。

 コープこうべさんでは、既に会員のみなさんだけで動き出せる状態にまでなっています。
 今後各地域生協さんの取り組みがどこまで広がるのか、とても楽しみで、とても頼もしく感じています。

参考文献:
1. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014.

執筆者

児林 聡美

九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.

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栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします