食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
前回はいろいろな食事調査法が存在することをお伝えし、大きく3つにわけて種類や特徴をご説明しました。
それぞれに長所と短所があり、目的に応じて使い分ける必要がありました。
そして、食事調査の際には申告誤差という現象があることをご紹介しました。
もうひとつ、食事調査を行うときに知っておきたいことがあります。
それは、ヒトの食べているものは毎日同じではないという現象です。
これがなぜ食事調査に影響を与えるのか、考えてみましょう。
●長期の食習慣を調べたいときに食事記録調査は使えない?
食べ物と健康の関係を調べたいときには、前回ご紹介した食事調査法のうちどれを使うとよいのでしょうか。
多くの人が知りたい「健康」の情報とは、「がんや糖尿病などの生活習慣病にかからない」ということを想定していることが多いと思います。
その場合、ある1日の食事が病気を引き起こすのではなく、長期間にわたって食べたものが影響を与えているため、長期間の食習慣を調べる必要がありそうです。
前回ご紹介した食事調査法の中では、質問票を用いた方法が長期間の食事を調べるための適切な方法でした。
一方で、実際に食べたものを具体的に細かく記録する方法として、秤を使って材料を量る食事記録法や、過去24時間の食事内容を思い出す思い出し法もありました。
数日間の正確な、実際の食事を調べるという長所があるにもかかわらず、その結果をその人の習慣的な食事とすることは適切ではないとされています。
いったいなぜでしょうか。
●ヒトの食べているものは毎日同じではない
食事記録で得られた食事摂取量の結果を実際に見てみましょう。
図1は、健康な3人の中年男性を対象に、食事記録を4季節に4日間ずつ、合計16日間実施して、それぞれの日にたんぱく質をどのくらいの量食べているかを表しています。
全体のうち一番摂取量の多い値を示しているのはAさんの秋の2日目で、およそ160 gです。
そして、一番摂取量の少ない値を示しているのはCさんの秋の3日目の40 gですから、対象者が違うと大きな差があることが分かります。
一方で、Cさんひとりの摂取量だけに着目したとき、この最も摂取量の少ない日の40 gに対して、最も食べている夏の1日目には140 g近く食べていることが分かります。
同じ人でもおよそ100 gの差が生じるというわけです。
AさんもBさんも同様で、グラフはガタガタと折れ曲がっていて、摂取量は毎日異なっていることが分かります。
他の栄養素でもやはり摂取量は毎日異なっていて、ヒトの食べるものや食べる量が毎日違っているということが、この結果から見えてきます。
このように、摂取量が日々異なっている現象のことを日間変動と呼びます。
この現象のために、ある1日を取り出して食事記録を実施したとしても、その結果を習慣的な食事とみなすのは難しそうです。
●必要な食事記録の日数はとんでもなく多いことも
このことを、科学的に示した研究もあります(文献1)。
この研究の結果によると、50~76歳の男性で、習慣的なたんぱく質の摂取量を得る(具体的には±5%の範囲に入る摂取量を得る)ためには、食事記録を22日間行う必要があることが示されています。
たんぱく質は、実は必要な調査日数が比較的少ない栄養素です。
例えばビタミンAの場合、豊富に含まれている食品がレバーやうなぎなどの特定の食品に限られていて、しかもそれらをたまにしか食べない人が多いため、摂取量の日間変動がもっと大きくなります。
その結果、同じ対象者でビタミンAの習慣的な摂取量を同じように得るためには、なんと1684日間もの食事記録調査が必要になるそうです(文献1)。
食事と健康の研究を実施しようとするときには、どんなに丁寧に食事内容を記録したとしても、写真をもれなく撮ったとしても、数日では足りないのですね。
●1か月くらいを目安に、気楽に調整しよう
日々の暮らしの中で毎日食べているものが違うのは当然ですから、国の定めた栄養の摂り方の基準である「日本人の食事摂取基準」(文献2)もそのことを考慮して作成されています。
食事摂取基準では、日本人が習慣的に摂取するべき栄養素の量を「1日当たり」を単位として示されていますが、栄養素摂取量に日間変動が大きいことを理由に挙げ、この基準が1日間の基準ではないこと、また、多くの栄養素に関しておよそ1か月間の平均的な1日当たりの摂取量がこの基準を満たしているかを目安にして使うとよいことなどが記載されています。
ところで、ここ最近のある1日に食べたものを思い出すことはできますか?
今月はひな祭りがありました。その日はちらし寿司にお吸い物、ケーキや甘酒もあったかもしれません。
食べた量にもよりますが、その日は食事摂取基準で定められているエネルギー、食塩、脂質の摂取量よりもずいぶん多くなってしまったかもしれません。
そんなときに日間変動の存在は、「今日は少し食べすぎちゃった、明日は少なめにしよう」といった柔軟な考え方を許してくれます。
たった1日の食事の中ですべて基準どおりに食べなくちゃ、なんて、食事があまりに窮屈になってしまいます。
日間変動の考え方をうまく使って、ハレの日の食事は楽しみたいものです。
とはいえ、「今日だけ、明日から」の多用にはどうぞご注意くださいね。
参考文献:
1.Fukumoto A, Asakura K, Murakami K, Sasaki S, Okubo H, Hirota N, Notsu A, Todoriki H, Miura A, Fukui M, Date C. Within- and between-individual variation in energy and nutrient intake in Japanese adults: effect of age and sex differences on group size and number of records required for adequate dietary assessment. J Epidemiol 2013; 23: 178-186.
2.厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
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