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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国議会下院が州によるGM食品表示を阻止する法案を可決

宗谷 敏

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 2015年7月23日、米国連邦議会下院(議席定数435、共和党245、民主党188、欠員2)はGM(遺伝子組換え)食品表示に関する法案H.R. 1599について投票し、賛成275票(共和党230、民主党45)対反対150票(共和党12、民主党138)、棄権8票(共和党3、民主党5)の大差をもってこれを可決した。

<議会における審議の経緯と法案の骨子>

 H.R.1599の正式名称は「The Safe and Accurate Food Labeling Act of 2015(2015年の安全で正確な食品表示法)」で、Mike Pompeoカンザス州共和党議員が3月25日に議員立法(Pompeoは、2014年にも同種の法案H.R. 4432を起案したが会期切れ廃案に)し、7月時点で共和党92名、民主党15名計107名の下院議員からの支持を集めていた。7月14日に下院農業委員会、7月21日に下院議事運営委員会の審議を経て、7月23日の下院投票に持ち込まれた。

 FDA(米国食品・医薬品局)による規制の基本法である「Federal Food, Drug, and Cosmetic Act(連邦食品・医薬品・化粧品法)」の改正を目指すH.R.1599 の具体的目的は、「消費者を保護して、理解に基づいた選択を容易にする常識的で科学ベースの解決策」を担保し、「不要で非効率的な州ごとの食品成分表示システム」をブロックすることだ。

 この法案の骨子は、以下の4点に整理できる。
(1)3つの州(ヴァーモント、メイン及びコネチカット)において既に成立しているGM食品義務表示法を無効とし、州が義務的な表示を必要とする規則を制定することを今後阻止して、連邦としてのGM食品表示システムを任意に保つ。

(2)GM作物の開発者は、GM食品として上市される前にFDAによる新規GM作物に関する安全性承認を受けなければならない(現在は、任意のガイダンスシステム)。もし、そのGM作物が、健康あるいは安全性にリスクを伴うと懸念されるなら、FDAは特別な表示を命じることができる。

(3)食品がNon-GMOあるいはGMOであるという(任意)表示の使用を管理する法的枠組みを作り、USDA(米国農務省)に当該食品がNon-GMOあるいは GMO であると認証する権限を与える。

(4)FDAは、現在市場が混乱している「Natural」という食品表示用語を定義する(7月23日、下院はGM成分を含む食品に「Natural」表示を禁じる提案について投票の結果、賛成163票対反対262票で否決した。H.R.1599中のワーディングについて確認したもの)。

<賛否両論と今後の展開>

 H.R.1599は、大手食品企業、GM種子開発メーカーと農業関連組織などから広範な支持を集め、最終的には50州475以上の組織が賛成を表明した。こちら側の主な主張は、GM食品は安全であり、義務表示は(警告と取られるから)消費者をミスリードして紛らわしい。州間貿易を妨げる州毎のパッチワーク法規制が企業にコスト負担を強い、それは消費者に跳ね返るなどということだ。

 一方、環境保護主義者、オーガニック生産者と製造業者、有名シェフなどが、H.R.1599をDARK Actつまり 「The Deny Americans the Right to Know Act(米国人の知る権利を否定する法)」と呼んで反対している。彼らの主張は、消費者には購入する食品成分になにがあるのか知る権利がある、世界の多くの国がGM義務表示制度を持っており、世論調査から米国人の殆どがGM食品表示を望んでいるといったことをベースに、さらに一部の反対派(主流ではない)は、GM食品の安全性自体にさえも疑義を差し挟んでいる。

 既にGM食品表示を決めているためH.R.1599の影響を直接蒙る3州のうち、メイン州とコネチカット州は隣接する諸州もGM表示に踏み切れば発効させるというトリガー条項があるため具体的な施行日は未定だ。

 一方、2014年4月に州議会が議決したヴァーモント州の法案は、2016年7月1日と発効日が確定している。しかし、Grocery Manufacturers Association(食料品製造業者協会)などが州政府に対して違憲訴訟を起こしており、現在係争中だ。

 法案施行にさらなる障害を連邦議会から積み増しされた形のPeter Shumlin州知事は、下院の動きに対して不快感を示し、ロビー費用を注ぎ込んで議会の票を買収したとしてMonsanto社などを名指しで非難する声明を直ちに出した。

 下院を通過したH.R.1599は、上院(議席定数100、共和党54、民主党44、民主党会派の無所属2)に送られ審議される。上院で法改正に必要とされる得票数は60票だが、状況はやや厳しいとも観測されている。上院では、John Henryノースダコタ州共和党議員が8月休会明けの起案を検討中と伝えられているものの、下院のH.R.1599に相当する(姉妹)法案が現在は存在せず、下院に比べて盛り上がりに欠けているからだ。

 逆にGM食品に表示を義務づけるライバル法案であるS.511「Genetically Engineered Food Right-to-Know Act(遺伝子組換え食品の知る権利法案)」が、2月12日にBarbara Boxerカリフォルニア州民主党議員から議員立法された。S.511は、民主党13名、無所属1名の計14名の上院議員からの支持を集めており、上記の義務表示推進グループも支持を表明している。

 仮に、H.R.1599(もしくは姉妹法案)が上院も通過したとして、発効させるためにはObama大統領の署名が必要になる(大統領が拒否した場合、両院の2/3の承認で立法が可能)。ホワイトハウスは、今のところ本件に関しては静観しているが、7月23日のJosh Earnestホワイトハウス報道官による記者レクは興味深い。

 今日下院が投票しているH.R.1599について政権の意見、または個人的考えについて記者から問われたEarnest報道官は、「申し訳ないが、その法案について良く知らないので後で良く調べてから連絡する」と回答して逃げている。もちろん法案を個人的に精読していないという意味ならウソにはならないかもしれないが、メディアがこれだけ騒いでいるのにいかにも不自然な回答振りである。いろいろセンシティヴなこの件について、ホワイトハウスはいまコメントしたくないのだろう。

 米国のGM食品表示を巡る論争は、量的・経済的食料需給、食品安全性、知る権利、地方自治など地上の枝振りは思い切り派手だが、地下の根はおそらくマーケッティングの問題に過ぎないのではないかとも思う。

<一部参考記事>

7月23日 Reuters by Carey Gillam
「House passes anti-GMO labeling law」

7月23日  AP by Mary Clare Jalonick
「5 things: House bill would prevent mandatory GMO labeling」

7月24日 AP by Mary Clare Jalonick
「GMO Labels Can’t Be Mandated, House Says」

<米国の立法制度に関する参考資料>

慶大SFC草野厚研究会「誰も知らないアメリカ議会」

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい