科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

米国のGM食品表示とEUのopt-outに関するフォローアップ

宗谷 敏

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 例年通り、日経BP社の「日経バイオ年鑑2015」掲載原稿の執筆にかまけて、Foocomを1月あまり休載してしまった。この年間ログを書いていて、今年のGMOワールドにおけるメルクマールは、やはり米国のGM(遺伝子組換え)食品表示とEUのopt-outだと感じたので、これらのトピックについてフォローアップしておく。

<1.米国連邦議会上院のH.R.1599審議>

 2015年7月23日、超党派の大差をもって連邦議会下院を通過したGM食品表示を任意とする法案H.R.1599「The Safe and Accurate Food Labeling Act of 2015(2015年の安全で正確な食品表示法)」は、上院に送られた。

 しかし、10月中旬までの上院の状況は、なかなか厳しいものがあるようだ。両院の勢力図を比べてみると、下院は議席定数435、共和党245、民主党188、欠員2であり、H.R.1599を支持したのは共和党230、民主党45の計275に対し、反対は共和党12、民主党138の計150、棄権が共和党3、民主党5で計8という結果であった。

 一方、上院は議席定数100、共和党54、民主党44、民主党会派無所属2で、下院に比べ与野党比率が拮抗している。H.R.1599(もしくは姉妹法案)を成立通過させるためには60票が必要で、このためには(共和党満票として)最低6人の民主党議員からの支持を取り付ける必要がある。

 しかし、H.R.1599を3月25日に起案したMike Pompeo下院議員(カンザス州、共和党)は、上院において共同スポンサーになる民主党議員を得られていない。姉妹法案を議員立法すると観測されていたJohn Hoeven上院議員(ノースダコタ州、共和党)にも、(検討中らしいが)今のところは起案する動きがない。

 上院では、H.R.1599とライヴァル関係にあるGM食品に表示義務を求めるS.511「Genetically Engineered Food Right-to-Know Act(遺伝子組換え食品の知る権利法案)」が、2月12日にBarbara Boxer上院議員(カリフォルニア州、民主党)から議員立法され、民主党議員12名と無所属1名の共同スポンサーを既に獲得している。因みに、下院でもPeter DeFazio下院議員(民主党、オレゴン州)が姉妹法案H.R.913を起案しているが、これを支持したのは民主党議員50名に留まっているため、時間切れ廃案となる見込みだ。

 このような状況で、両法案の支持者たちによる議会(上院)へのロビーイング、陳情合戦は日増しに激しさを増している。8月5日にGwyneth PaltrowとBlythe Dannerの女優娘母が、GM食品義務表示を求める「Just Label It」キャンペーンを支持するために連邦議会に陳情し、S.511を支持する上院民主党議員らと共に記者会見した。

 ハリウッド女優の起爆力はさすがにすさまじく、各メディアが沸騰した。H.R.1599支持派は「科学も少しはお勉強してネ」程度しか言い返せなかった。Paltrow以外にも、GM食品表示を支持する芸能人には、Monsanto社を批判するアルバムまで6月にリリースしたロック界のレジェンドであるシンガーソングライターNeil Youngや、アクションスターのキン肉マンChuck Norrisがいる。

 H.R.1599支持派の反撃としては、H.R.1599を支持するグループCoalition for Safe Affordable Food(CFSAF)が、Hoeven上院議員の肝煎りで10月7日に連邦議会で大集会を開催した。農業グループ、co-op、種子会社と食品会社を代表して22州から140名以上がワシントンD.C.にfly-in(飛行機に乗って駆けつけるという意味)した。

 これに対し、翌10月8日には、21州(GM食品表示法案を立法した州の数にほぼ等しい)の超党派州議会議員95名が、H.R.1599と州がGM表示法を制定する権利に優先するいかなる連邦法にも反対するよう依頼状を連邦議会に提出した。更に10月17日には、10月16日の「世界食料デー」も絡めてMonsanto社とH.R.1599に反対する大規模な「Rally Against ‘Dark Act’ GMO Labeling Ban」デモが議事堂周辺で催行される。まさに、「civil war」状態である。

 これらの圧力を受けている上院の具体的動きとしては、10月21日に「Agriculture Biotechnology: A Look at Federal Regulation and Stakeholder Perspectives」というテーマで、Pat Roberts委員長(カンザス州、共和党だから当然Pompeo下院議員のシンパだ)が主宰する農業委員会が開催される。

 この委員会は、H.R.1599絡みでGMの現行規制制度と安全性担保に関するヒヤリングを行うとみられ、先ずはGMOsが安全だと言う院内コンセンサスの形成を狙うらしい。しかし、S.511の支持層からは「ことは安全性ではない、消費者の知る権利だ」という主張も根強いため、審議の手順としては下院とも同様であって分かるが、オーバーオールな効果は疑問だ。但し、この委員会の雰囲気次第ではHoeven上院議員が、姉妹法案の立法に向けて一気に動き出す可能性はあるだろう。

 上院は下院と比べると、委員会の決議がオールマイティではないし、個々の議員の主張や少数意見がより重んじられる。Hoeven上院議員は、「上院で超党派の支持と60票以上を獲得できるように、この法案が意味あるものだと説得するための何らかの基本理念を見出すことが望まれる」と、10月13日に地元(ノースダコタ州)紙に語っている。

<2.EU加盟国の栽培opt-out申請>

 2015年1月13日のDirective(指令)2001/18/EC「GMOsの環境放出指令」の改正に伴い、各加盟国と地域にはEUが承認したGM作物の栽培を禁止もしくは制限する権利が与えられた。

 この制度で、初の適用を受けるための欧州委員会への申請締め切り日は10月3日であった。この制度は、本来開発メーカーが栽培承認を申請した場合に、自国は外して欲しいと申立できるというのが基本、つまりGM作物のイベント(品目・品種)毎であり、一度申請したからといって未来永劫一切のGM作物を栽培しないという意志表示ではない。

 10月3日締め切りの対象となったのは、EU栽培承認済みのMON810とEFSA(欧州食品安全機関)が既に栽培安全性を確認しているが、その後の作業が滞っている7品種を纏めたGMトウモロコシ計8品種(下表)であった。

スクリーンショット 2015-10-18 13.55.35 欧州委員会の発表によると、申請はEU加盟国28カ国のうち17カ国と4地域(2カ国)からなされた。ABC順に、オーストリア、ブルガリア、クロアチア、キプロス、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルグ、マルタ、オランダ、ポーランド及びスロヴェニアの17カ国とワロニア(ベルギー、ワロニアはフランス語・ドイツ語圏であり、オランダ語圏のフランドルはopt-outを申請せず国内がほぼ2分された形)、スコットランド、ウェールズ及び北アイルランド(以上英国、つまりopt-outを申請しなかった地域はイングランドのみ)の2カ国4地域である。

 このうち、デンマークとルクセンブルグはMON810, 1507, BT11, GA21の4品種のみをopt-out申請した。クロアチア、フランス、ギリシャ、ハンガリー、イタリア、オランダ及びポーランドは9品種申請しているが、これはMON810の既承認と承認更新申請とを分け重複して申請しているためだ。ドイツ(一部報道ではデンマークとイタリアも)は、研究目的の栽培は行えるように除外している。

 一方、今回opt-outを申請しなかった諸国は、チェコ、エストニア、フィンランド、アイルランド、ポルトガル、ルーマニア、スペイン、スロヴァキア及びスエーデンの9カ国で、うち2014年にMON810を栽培したのは、栽培面積順にスペイン、ポルトガル、チェコ、ルーマニア及びスロヴァキア5カ国計14.3万ヘクタール(出典:ISAAA)となっている。

 尚、10月13日のReuters紙は、Syngenta社がMIR604及びBT11xMIR604xGA21の申請を撤回したと伝えている。

 今回のopt-outがトウモロコシに限定されていることは要注意だ。栽培北限が高いナタネの場合は、北部諸国で異なる判断もあるだろうし、英国のSainsbury研究John Innes Centreが開発中のジャガイモ疫病抵抗性GMジャガイモがデビューすれば、ハワイのリングスポットウィルス耐性GMパパイヤのケースと同様に、これの拒否は一国や地域のジャガイモ生産が絶滅するシナリオもありうるから、各国ともopt-outには慎重になるだろう。

<3.欧州議会の流通opt-out審議>

 こちらは、EU安全性承認済みGM(遺伝子組換え)食品と飼料の輸入と利用並びに販売を、各加盟国が制限または禁止できるようにRegulation(規則)(EC) No 1829/2003 「GM食品・飼料規則」 を改正する欧州委員会提案だが、栽培のopt-outとは異なり欧州議会からの支持を全く得られていない。

 2015年9月3日の欧州議会農業委員会の拒否に続き、10月13日の欧州議会環境委員会も、賛成3票、反対47票、棄権5票で反対の議決をした。粒々辛苦して築き上げてきたEU統一市場構想を崩すことへの抵抗感は、飼料業界の存立懸念と共に欧州議会には根強いものがある。次のステップは、10月26日~29日の欧州議会本会議の審議に移るが、否決されることは確定的だろう。

 この場合、欧州委員会が直ちに改修案を提示するには手詰まり状態と考えられるので、現行制度(各国の加重投票で議決できなかった場合、承認を起案した欧州委員会がデフォルト承認)が維持され、継続する模様だ。

 これまでに食品と飼料の消費と販売のためにEUが承認したGM作物はトウモロコシ31品種、ダイズ12品種、ワタ10品種、ナタネ4品種及びテンサイ1品種の計58品種(他に微生物2品種)で、さらに58品種が承認待ちにある。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい