九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
加工食品の栄養表示の義務化が決まり、現在そのための環境整備が着々と進められています。義務化そのものは新法施行(2014~2015年)後5年以内と、まだまだ先のことですが、消費者庁はやれるところから始めようと、まずは現行の栄養表示基準の誤差範囲の見直しを決め、栄養表示基準の改正(案)を2012年11月29日に示しました。この内容が今、とても気になります。
改正案をざっくりまとめると「惣菜のように原料にばらつきがある場合でも、合理的な推定方法で数値を求めれば表示してもよいことにしよう。その場合、これまでの誤差の許容範囲(主要の栄養成分は±20%)を超えても違反にならないようにしよう。そして、そのことがわかるよう『表示値の意味』を書こう」というものですが、気になってしかたないのは、最後の部分「表示値の意味」です
改正案は同日、消費者委員会第20回消費者委員会食品表示部会で示され、そこで「表示値の意味」についても具体的な検討が行われました。消費者庁からは3案が示され、部会では多くの委員は第1案【表示された値の推定の方法を記載する】を選びました。そのイメージは数値の下に「自社計算値」「自社分析値」のように、どういう方法でその数値を推定したのか記載するというものです。
私はこの内容を傍聴して、このまま第1案を基本にして進めてはまずいのではないか、と思っています。推定方法を書くことは優良誤認を招く可能性もあり、「この数値は±20%を超えるかもしれないもので、あくまでも参考値ですよ」という本来の意味が消費者には伝わりません。
当日の部会の議論の様子も含めて、まとめてみました。
● 栄養表示の義務化に伴い、誤差の許容範囲に縛られずに表示が可能になる
現行の栄養表示制度では、栄養成分ごとに誤差の許容範囲が決められています。たとえばエネルギーやナトリウムなどの主要成分は±20%以内となっていて、これを超える表示値は違反となります。しかし、今後は原則として全ての加工食品の義務化を求めるため、幅広い食品に栄養表示を付すことができるよう、現行の誤差の許容範囲に縛られない計算値方式等が導入されます。今回の基準改正案はこの部分だけ先行して、現行制度に取り入れようとするものです。
消費者庁による当日の説明は次のとおりです。
・栄養成分は原材料の含有量のばらつきにより、現行の誤差の許容範囲に収まることが困難な場合がある。このような食品を含め、幅広い食品に栄養表示ができるよう、合理的な推定によって得られた値であれば表示値として認める
・この合理的な推定として、「個々の原材料の信頼できる栄養成分量を入手したうえで、各成分量を算出して足しあげる方法」「同一レシピのサンプルを分析する方法」等がある
・こうした場合に、「表示値の意味」が消費者に適切に伝わるよう、その値の意味を明瞭に記載されることが求められる
つまり、惣菜のようにばらつきがあって誤差の許容範囲内に収まらず表示できなかったような食品でも、ちゃんと計算したりして出した値であれば、「表示値の意味」を一緒に記載することを条件として栄養表示をしてもいいことにしますよ、ということです。
これを5年以上先の義務化と同時期ではなく、義務化第1弾として現行の栄養表示基準から変えていこう、まずはやれるところからやっていこうというわけです。一方で、今までどおり誤差の許容範囲に収まる場合は、「表示値の意味」の記載は、求めません。
● 消費者庁から出された「表示値の意味」を示す3案
さて、問題は「誤差の許容範囲」に収まらない場合に記載する「表示値の意味」をどうするか、という点です。当日の部会で、消費者庁はその記載方法について3案を出しました。当日の資料の栄養表示基準一部改正(案)新旧対照表の1ページ目最後に、囲みで掲載されています。
部会ではこの3案から1案を選んでほしいと、委員に求めたのです。
それぞれ3案について、当日は委員にだけ、具体的な記載例のイメージが机上配布資料とされた模様です。それに基づいて議論が進められたので、傍聴している側は混乱しました。しかし、当日の議論の音声を繰り返してよく聞いてみると、3案は概ね次のような内容であることがわかりました。
【第1案 表示された値の推定の方法を記載する】
記載例イメージは、「この表示値は、(日本食品標準成分表に基づく)自社計算値です」「この表示値は、(分析機関名による)分析値です」「自社計算値」「自社分析値」のように、どういう方法でその数値を推定したのかを書く
【第2案 表示された値が、指定された分析方法によって得られた値とは一致しない可能性があることを示す記載をする】
記載例イメージは、「この値は必ずしも正確な値ではありません」「この値は実際の数値とは異なる場合があります」といったもので、数値は実際とは違うということを書く
【第3案 第1案及び第2案の併載案】
記載例イメージは、「この表示値は(日本食品標準成分表に基づく)計算値であるため、実際の数値とは異なる場合があります」と、表示値の推定方法と実際には違う、という両方を書く
部会では、第2、3案を支持する声は全く無く、多くの委員が第1案を支持しました。第2案は、記載例イメージ「この値は正確ではありません」などいきなり表示値の下にあるのはおかしい、と却下されました。消費者団体の委員は「そんな言い訳めいた、後ろ向きな表示はいらない」と、否定的です。そして、第3案は「長すぎるためスペース上の問題がある」と、事務局も消極的でした。
結局のところ部会では結論は出ず、年明けに継続して検討が行われることになりました。消費者庁の当日資料によれば、当初は3つの案から選んでもらって改正案とし、そのままパブリックコメントに持ち込む予定だったようです。しかし、案はまとまらず再提案を求められ、年明けに議論が再開されることになりました。
● 第1案では優良誤認の恐れがある
多くの委員が推す第1案は本当にいいのでしょうか。部会では「事実だけを記すため、適切である」と言う声も聞かれ、一見いいように思われます。しかし、ここには落とし穴があります。
部会の中である委員が指摘しています。「現在、消費者から栄養成分値はどういう根拠で表示しているのかという問い合わせがよくあり、自社分析値と書いている。しかし今後は、自社分析値と書くと±20%を外れるという可能性があるという意味になってしまうのか」と、消費者庁に疑問を投げかけています。
つまり、±20%以内に収まることを自社で確認できており消費者に対して保証できるのであれば、現状と同じように表示した成分値の根拠(推定方法)を示す必要はない。しかし、収まることを保証できないのであればその根拠を示せ、というのが第1案なのです。
逆に言えば、推定方法を記載することは、±20%以内に収まらない可能性があることを原則的に意味することになります。したがって、これまで企業がより誠実に情報公開しようと表記して来た内容、たとえば「自社分析」といったものを書くと「数値は、誤差範囲に収まらない可能性がある」という間違ったメッセージを消費者に与えることになるのでは、という指摘です。
これに対して、消費者庁は「何らかの書き分けをしないとなると、そうなるのではないか。今回の案の趣旨は、±20%を超えるようなものでも表示できる手段であれば、ちゃんとした方法で表示をすれば違反にはなりませんよというルールをつくりたい、ということだ。±20%以内に入っているもの、いないものの両方のものが世の中に存在するときに、消費者がそれを識別できる必要がある」と説明しています。
しかし、実際の食品で、この商品の分析値は±20%以内に入っていて、こちらは入っていないから、こちらは推計方法の表示が要らない、こちらは必要、というようなことを、だれがどのような基準で判断するのでしょうか。企業にお任せ、なのでしょうか。
また消費者側からみれば、第1案は優良誤認につながる可能性もあります。たとえば、同一レシピのサンプルを分析して「(○○分析機関による)分析値」などと表示できるとしたら、どんなにばらつきの幅が大きくても、その値は正確だと消費者は誤解するのではないでしょうか。
よく、栄養成分値の下に「○○分析センターによる」などと表示されているものを見かけますが、それを成分値の権威づけのように消費者は捉えます。まさか、その意味するところが「誤差範囲に収まらないかもしれない」とは思わないでしょう。
義務化の最初の取り組みである今回の基準改正案が、このまま第1案で進んだら、変なことにならないでしょうか。何だか、とても心配です。傍目からみていると2案のほうがまだいいとは思えるのですが、今度は表現方法が難しい。「この値は正確ではありません」は不適切だし、「数値はあくまで参考値です」「数値はばらつきがあります」と言う表現だと、屁理屈を言えば±20%以内の場合だって当てはまってしまいそうです。部会では、3案ともダメ、原点から考え直した方がいいという意見も聞かれました。
これまでの経緯を振り返ると、消費者庁の栄養成分表示検討会、食品表示一元化検討会で、全ての事業者が取り組むことができるよう「現行の誤差範囲に縛られない」という方針が打ち出されたのです。しかし、各論の基準に反映させるとなると、こんなにも難しいのだと痛感します。だからこそ、消費者庁事務局も食品表示部会の委員の皆様も、緻密に議論を重ねてもらいたいと思います。そして一歩一歩、栄養表示の環境整備を前進させてほしい、そう願っています。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。