科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

米国の遺伝子組換え食品表示どうなる?農務省が情報開示基準案パブコメ中

森田 満樹

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日本では遺伝子組換え食品表示制度の見直しが終わったばかりですが、米国では、今まさに検討中。ここ数年、米国の消費者からも表示を求める声が高まり、2016年7月、遺伝子組換え食品の情報開示の法案にオバマ大統領が署名し、2年以内に基準をつくることが決まりました。

その期限が近づいた2018年5月3日、米国農務省(USDA)は、「全米バイオ工学食品情報開示基準(National Bioengineered Food Disclosure Standard)案」を公表し、パブリックコメントを求めると発表しました

全米バイオ工学食品情報開示基準案の概要

全米バイオ工学食品情報開示基準案の概要

●GMOから「BE」へ 定義は?油は入る?

このパブコメの内容を見て、まず驚いたのが名称です。情報開示に用いられる表記は、遺伝子組換え食品(GMO:genetically modified organisms)ではなく、「バイオ工学食品・BE(Bioengineered Food)」となりました。GMOからBEへと変更されたことになります。ずいぶんと印象が違います。

それでは、Bioengineered Foodとは何か。基準案の定義は原則として「組換えDNA技術によって改変された物質を含み、通常の育種では得られないか、自然では得ることができない食べ物」となっています。

パブコメではこの定義について、2つのポジションを示しています。

【ポジション1】高度に精製された製品は、組換えDNA技術によって改変された遺伝物質を含有しない。そのため、高度精製品は、「Bioengineered」の定義に該当せず、開示要件から免除される。
【ポジション2】Bioengineered Foodの定義の範囲には、高度に精製された製品もバイオ工学技術から生産されるすべての食品が含まれる。植物油や糖類などの高度精製食品も開示要件に含まれる。

つまり、ポジション1は、たとえばトウモロコシやテンサイからつくられる精製糖、トウモロコシやキャノーラ、大豆から作られる油など、高度に精製された加工食品は、非Bioengineered Foodから作られたものと化学的および分子的に区別がつかず、これらは組換えDNA技術によって改変された遺伝物質を含有しないので対象から免除されるという考え方です。日本では油、しょうゆ、糖類について、最終製品で検査できずに科学的検証ができないという理由で表示免除としています。米国では理由が違いますが、区分は同じです。

ポジション2では、たとえばテンサイなどからつくる砂糖なども微量の遺伝物質を少なくとも含むと仮定できることから、Bioengineered Foodとなるという考え方です。この場合、油も砂糖も対象になります。

2016年の時点でも、油など高度精製食品が対象となるか定かではありませんでした。どちらを選んだらいいのか、農務省も結論が出なかったのでしょう。米国内の報道によれば消費者団体は「ポジション1では、油や糖類が除外されるため、GMO対象の7割が免除されてしまう」と警戒しているそうです。

さらに基準案を読むと、他にも決まっていない項目が多々あります。表示方法、シンボルマーク、閾値など、いくつかの考え方が示され、この期に及んで玉虫色です。米国農務省の Sonny Perdue長官は、「最終規則でどのような食品を対象とするのか、いくつかの可能な方法を提示しており、重要な決定のために一般市民の意見を求める」と述べており、パブコメの内容を見て決めるというスタンスのようです。

●情報開示方法は3つ 商業化率によって分ける提案、可能性表記の提案も

次に情報提供方法ですが、2016年時点では、1)パッケージのテキスト開示、2)シンボルマーク、3)スマートフォンで読み込めるQRコードをつける、のいずれかの方法で情報開示をすることが決まっていました。今回の基準案もその方針は変わりません。

基準案では具体的に、記述方法について示しています。パッケージのテキスト開示は、「bioengineered food」または「bioengineered food ingredient」が使えるとしています。そのバイオ技術の食品が生の農産物か、1つだけバイオ技術の食品を原料としているか、複数のバイオ技術の食品を原料としているかによって、使い分けるよう提案しています。

さらに遺伝子組換え食品を商業的に多く利用されているかどうか2つのの区分も設け、GM作物の商業化率85%を境として2つの表を示しています(表は毎年見直されます)。
高い採用率のものは「high adoption bioengineered foods.」で、たとえばトウモロコシではコーンスターチ、コーングリッツ、コーンチップス、コーントルティーヤ、とコーンシリアルなどが開示対象です。

商業的に低い採用率のものは「non-high adoption bioengineered foods」で、たとえば褐色変化しないリンゴ、スイートコーン、パパイヤ、ジャガイモとスカッシュなど。これらは企業の裁量によって「May contain a bioengineered food ingredient(バイオエンジニアリング食品成分が含まれている可能性があります)」といった可能性表現(日本では不分別表示にあたる)を使用することができるとしています。

なお、パブリックコメントでは「high adoption bioengineered foods.」の区分においても、May containという可能性表記を許可するべきか、意見を求めています。日本の不分別表示にあたる可能性表示ですが、具体的な基準を定めるにあたっては避けて通れないことなのでしょう。

●シンボルマークは3つの提案

プレゼンテーション2

さて、情報開示方法2)のシンボルマークは、「BEマーク」の3つの案が示されています。個人的なイメージとしては、シンボル1(代替案2-A)は、緑の葉っぱ、シンボル2(代替案2-B)は太陽、シンボル3(代替案2-C)はスマイリーマークを想起させます。

このマークからどれがいいか意見を求めていますが、たとえば2-B案の右のマークなどは、太陽マークの周りに「May BE bioengineered food」と可能性表記が書いてあります。日本でいうところの遺伝子組換え不分別表示ですが、イメージは悪くありません。

それにしても2016年の時点で、シンボルマークを伝達手段の1つにするとしていましたが、GMOという名称がBEになり、さらにこんなに可愛らしいマークを提案するとは…。遺伝子組換え食品の安全性は米国が確認されているのだから、シンボルマークはイメージの良いものをと考えたということでしょう。事業者団体は歓迎していますが、このマークについては消費者団体から「これでは伝わらない」と反発もあるようです。いずれにしても三択ですので、ここから選ばれます。

●閾値も3案 

BEの情報開示が免除される閾値についても、ここでは3つの代替案を提案されています。

【1-A】技術的に避けられないBE物質の含有率が、特定原材料の重量比5%以下のもの。

【1-B】技術的に避けられないBE物質の含有率が、特定原材料の重量比0.9%以下のもの。

【1-C】製品に使用されるすべてのバイオ工学物質の合計量が、製品の総重量の5%以下のもの

日本では閾値の確認について、最終製品の検査によって表示を担保する方法が採用され、科学的検証ができるかどうかで表示方法が変わります。そのような厳格さは、ここでは記されていません。米国ではあくまでも情報開示基準であり、検査コストなどを考えると科学的検証は現実的でないということだと思います。

また、今回の情報開示が免除されるのは、レストランなどで提供される食品、ごく小規模食品事業者(年間売上250万ドル以下)、バイオ工学技術で製造された飼料を与えられた動物性食品、NOPによる有機認証を受けた食品などがあると示されています。

最後に今後のスケジュールですが、2カ月間のパブコメを経てUSDA長官は「今年後半に最終規則を出す」と述べています。基準施行は2020年1月1日で、超小規模食品事業者(年間売上250万ドル以下)は2021年1月1日となっています。また移行措置期間は2年間で2022年1月1日までと予定されています。

●パブコメのプロセスが日本とは違う

それにしても、米国の政策決定過程が面白いと思うのは、パブコメのプロセスです。連邦の専用サイトを見ると他の人の意見を読むこともでき、既に様々な意見が寄せられていることがわかります。昨年USDAがパブコメを求めた際には、11万2千件の意見が集まったそう。日本よりもはるかに多い数です。日本は、有識者による消費者庁検討会や消費者委員会食品表示部会の議論を経て、きっちり固まった基準案を公表して、パブコメは1カ月です。

最終的に、どんな基準となるのでしょうか。パブリックコメントの内容次第ですが、今回はパブコメ案そのものが既に緩くなっているようにも見えます。もしかしたら油や糖類は除外され、一部の食品だけに可愛いシンボルマークが貼られるようになったり、QRコードだけだったりするのかも…。米国の消費者団体がどのように動くのか、メディアがどう報道するのか、注目したいと思います。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。