科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

FDAはGMサケを食用認可し、任意表示ガイドライン案を公表

宗谷 敏

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 2015年11月19日、FDA(米国食品医薬品局)は 、米国AquaBounty Technologies社(本社マサチューセッツ州、2015年2月から米国Intrexon社の子会社)のGM大西洋サケ(Atlantic Salmon)「AquaAdvantage salmon」を、同社による1995年の承認申請以来20年を経て非組換えのサケと食品安全性や栄養成分は変わらないと結論し、食品としての生産と販売について認可した。同時に企業向けGM食品任意表示ガイダンス案も公表した。世界初のGM食用動物承認に、米国内外のメディアが沸騰している。

<GMサケの食用認可について>

 「AquaAdvantage salmon」は、マスノスケ(Chinook salmon)からの成長ホルモン遺伝子と不凍タンパク質を持つゲンゲ科の深海魚(ocean pout)から導入遺伝子を連続的に活性化させる遺伝子スイッチを導入(この意味は、GMサケが永続的に巨大化し続けないことを示唆する)し、通常なら28~36カ月かかるところを18~20カ月でマーケットサイズに成長する。導入された組換えDNAが、連邦食品医薬品化粧品法の新規「動物医薬品」条項に該当すると解釈されたことから、食品・環境安全性評価はFDAが所掌する。

 AquaBounty社は、外洋に接続しない内陸の地上構造物としてカナダのプリンスエドワード島に卵の生産設備を、パナマチリキ州に最高5000匹規模の孵化施設を、現在所有している。FDAの今回の承認は、この2カ所以外の米国内や他地域においてGMサケを繁殖もしくは成育することを可能とはしていない(11月24日Product Liability Monitor紙)。

 2013年11月にカナダ環境省は、卵の生産・輸出を認可したが、2014年1月にカナダの環境保護2団体が環境省と保健省は環境法に違反しているとして訴訟を起こし、係争中だ。パナマの施設(リース)では、米国向けに非GMの有機ニジマスを商業生産しているが、カナダから送られたGMサケの卵も別のタンクで試験的に孵化させており、未承認状態のため成魚は殺処分して埋められてきた。この模様は、2014年4月のGuardian紙による現地取材ビデオ記事に詳しい。

 AquaBounty社は、「GMサケはすべて不妊の雌であり、環境に対する脅威とはならず、病気と抗生物質なしで養殖できる。天然のサケに対し75%少ない飼料で成育し、輸送費の節減により製品のカーボンフットプリントを最高25倍削減する」と主張している。因みに、米国のAtlantic Salmon年間消費量は約29万トンで、うちチリ、カナダなどからの輸入が24万トンを占める(2013年、USDA)。

 しかし、環境保護団体などは、GMサケと野生のサケの混合を防ぐ方法は不完全であり、予知できない結果を招く懸念があるとして反対運動(一部は食品安全性にまで疑義を呈している)を展開し、漁業が主要産業のアラスカ州も激しく抵抗している。これらの論戦史については、11月19日付のGenetic Literacy Projectが、ホワイトハウスからの政治的干渉によりFDAの承認が遅れたという裏話まで触れていて詳しい。

 今回の認可を得て、AquaBounty社がGMサケを卵から成魚までパナマで養殖し、米国市場に投入するには18カ月かかると計算して2017年になる。しかし、消費者と流通市場の受容は今のところ厳しい。FDAは、GMサケについてこれまで3万6000通ものパブリックコメントを受けたが、大部分は反対する意見を表明している。

 Friends of the EarthなどのNGOは、2013年から流通の出口を塞ぐ作戦に出ており、Trader Joe’s社、Whole Foods社、Kroger社、Safeway社からGMサケ不使用の誓約を取り付けてきた。今回のFDA認可を受けて、新たにCostco社、Red Lobster社もこれに加わり、最大手のWalmart 社とPublix 社を除く60社以上(約9500店舗)のスーパーマーケットやレストランチェーンがGMサケの販売見送りを表明しているという。

 尚、承認に至った経緯やリスク評価などについて、FDAは詳細なQ&Aを提供している。

<GM食品任意表示ガイダンス案について>

 次に、GMサケ認可と同時にFDAが公表した事業者向けGM食品任意表示ガイダンス案を見てみよう。圧倒的とも思われる民意と、Center for Food SafetyはじめNPOや有機セクター22組織からの請願に抗して、従来からの「哲学」を踏襲しGM食品への義務表示を断固拒否したFDAの姿勢はなかなか興味深い。

 ガイダンス案は、従来からのGM植物由来食品任意表示の整理案と、GMサケに特化した任意表示案に分けて発出されている。

 先ずFDAは、「genetic modification(GM)」というコトバは生体のゲノムを変える様々な手法をカバーする過度に広義で不正確な用語だとしてこれを避け、「modern biotechnology」、「recombinant DNA (rDNA) technology」、「genetic engineering」、「bioengineering」などのうちから「genetic engineering(GE)」を主に使うと説明する(GEはGMに含まれる小集団だという解釈)。

 「根拠法に基づきFDAは、虚偽(false)もしくは誤解を招く(misleading)食品表示は不正表示(misbranded)としてこれらを禁止する(後段では悪例として、塩へのnon-GM表示が挙げられている)。1992年の政策で、GE食品は既存の非GEの植物育種によって開発された食品と異なっている、あるいはより大きな安全性懸念があるといういかなる情報も認識されず、特別の表示は不要だと結論した。この決定は、以後再検討されたが変わっていない。一部の消費者がGE表示で提供される情報に関心を持ったので、さらにFDAは産業向けに食品がbioengineered されたか、あるいは否かを示す任意表示のガイダンス案を2001年1月18日に公表した。今回、このガイダンスの最終案を発表する」と背景を説明し、初のGE動物食品(つまり「AquaAdvantage salmon」)についてもGE植物由来食品と同じ考え方が適用できるから義務的表示は不要としている。

 但し、GE植物・動物を問わず、その食品が本質的に類似の食品と異なる場合(例えば、栄養特性に相違を来した場合、アレルゲンを含む場合など)には、その旨を義務表示しなくてはならない(GEという作出法を明記させる訳ではないことに注意)。例えば、飽和脂肪酸のラウリン酸を含むGEナタネ油は「laurate canola oil」、高オレイン酸(GE)ダイズ油は「high oleic soybean oil」と表示されるべきである。

 食品メーカーが、組換えであると任意食品表示する場合には、「Genetically engineered」、「This product contains cornmeal from corn that was produced using modern biotechnology」などが例示されており、GEサケ(製品)の場合は、「This Atlantic salmon was genetically engineered so it can reach market weight faster than its non-genetically engineered counterpart」、「This salmon patty was made from Atlantic salmon produced using modern biotechnology」などが提案されている。

 一方、推奨される非組換え任意表示としては、「Not bioengineered」、「Not genetically engineered」、「Not genetically modified through the use of modern biotechnology」、「We do not use ingredients that were produced using modern biotechnology」、 「This oil is made from soybeans that were not genetically engineered」、「Our corn growers do not plant bioengineered seeds」などが例示された。

 「Not Genetically Modified」は、交雑育種においても遺伝子構成にわずかな変化をもたらすので紛らわしいと指摘し、代わりに「not genetically engineered」または「not genetically modified through the use of modern biotechnology」を使うべきだと述べている。同じく「GMO Free」、「non-GMO」、「does not contain GMOs」などGMOs のゼロもしくは完全な欠如を意味する「free from」表示も、保証していることの証明が困難であるため避けるべきだとしている。

 さらに細かい指導として、もし企業が組換えを含むかもしれない成分は隠して、非組換え成分のみを表示するのは、表示内容が真実だとしても消費者にとって紛らわしいし、非組換え表示をする食品メーカーは組換えされた対照食品より安全であることを意味しないことを保証すべき(優良誤認を排除)としている。

 また、多数の成分を含む加工食品については、組換え関連の陳述は食品全体ではなく例えば「This product contains laurate canola from bioengineered canola that may be used as an alternative to palm kernel oil」のように成分に限るべきであり、逆に、非組換え成分が組換え成分に代わる選択肢として主張されるなら、相違を生じさせる製品には非組換え成分の十分な量が存在すべきであると警告している。

 尚、USDAのオーガニック認証作物と加工食品表示についても触れられているが、ここでは省略する。

 このガイダンス案については、11月23日付官報告示により2016年1月25日までの60日間パブリックコメントが公募されている。

 FDAのガイダンス案に対して、農業・バイテクセクターと食品関連業界は科学ベースの食品表示制度が守られたと概ね賛意を表明しているが、GM反対派やオーガニック業界はGM食品(義務)表示化の天王山と位置づけて奮い立っている(11月19日Reuters紙)。パブリックコメントは、すごいことになりそうだ。

 このガイダンス案がこじれた場合には、政治的な妥協案としてQR コードの利用が注目されているようだ(11月19日Food Processing紙)。この方法は、USDA(米国農務省)のTom Vilsack長官がしばしば主張しており、バーコード表示にGM情報を加えれば、「関心のある消費者だけ」が売り場でスマートフォンによる走査でGM食品を確認できるだろというもの。因みに、2015年10月発表の米国成人へのスマートフォン普及率は68%だそうだ。

 実は、民主党の有力大統領候補であるHillary Clintonも、州単位のGM食品義務表示に反対する代わりにバーコードによる(隠れ)GM表示を支持している(10月30日TakePart紙)ので、彼女が大統領に就任した場合にはこれを落とし所にする可能性は高いかもしれない。

 さて、メディア大爆発のGMサケ承認とGM食品任意表示ガイダンス案だが、これらは孤発的事件としてより、今年と来年の立法・行政によるGM関連政策の流れの中で捉えるのが正しいだろう。以下に、簡単なログと予定を記しておく。

2015年4月21日 フロリダ州キーウェスト地区は、FDAの環境アセスメントが発表されるまで 英国Oxitec社の デング熱 抑止GM蚊試験放出を延期
5月1日 USDA・AMSが、Process Verified Programに新たに任意のNon-GMO認証と表示を加える(主に原料農産物対象の行程認証)
7月2日 ホワイトハウスが、EPA、FDA及びUSDAに対しバイオテクノロジー製品の規制フレームワークをアップデートするよう指示
7月23日 H.R. 1599 「The Safe and Accurate Food Labeling Act of 2015(2015年の安全で正確な食品表示法)」を連邦議会下院が可決(上院は審議中、開期12月11日まで)
7月28日 ホワイトハウスは、GM食品(義務)表示請願(約18万筆)に対し、食品企業による任意表示にFDAが既に取り組んでいると回答
11月10日 FDAが「Natural」食品表示に対する定義についてパブリックコメント公募(~2016年2月10日)
11月19日 FDA が、GMサケを食用認可しGM食品任意表示ガイダンス案を公表、パブコメ公募(~2016年1月25日)=本稿
2016年7月1日 ヴァーモント州のGM食品表示規則が発効(訴訟が継続中)
7月18~21日 共和党全国大会
7月25~28日 民主党全国大会
11月8日 大統領選挙

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい