九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
2015年秋に大筋合意をしたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の対策の1つとして、加工食品の原料原産地表示の拡大が検討されています。現在の義務化対象品目は、生鮮食品にちかい22食品群と4食品ですが、これを「全ての加工食品」に拡大する方針を2016年3月31日、自民党の「農林水産業骨太方針策定プロジェクトチーム(PT)(委員長:小泉進次郎農林部会長)」がまとめました。
取りまとめにあわせて農水省が公表した試算によると、今のところ表示が義務付けられているのは全加工食品1126品目のうち239品目になり、義務化の品目割合は21.2%だそうです。これが一気に拡大することになれば、食品表示が大きく変わります。消費者としては「どこ産の原料が使われているか、気になるから全部の食品に表示されると嬉しい」と歓迎したいところですが、そんなに単純な話でもありません。
今回の方針の背景には、2015年11月に発表された「総合的なTPP関連政策大綱」における「食の安全・安心に関する施策」の中で、「原料原産地表示について、実行可能性を確保しつつ、拡大に向けた検討を行う」と書き込まれたことがあります。
これを受けて農水省と消費者庁共催による「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」がスタートし、2016年秋までに結論を出し中間報告書をまとめる予定で議論が始まりました。また、これとは別の形で自民党PTが活動を開始し、関係者を呼んで意見を聞いています。3月初旬、小泉進次郎委員長は、「できない理由を挙げるのではなく、どうやってできるのか考えて進めたい」と述べています。
加工食品の原料原産地表示は、これまで何度も拡大の方針が出されてきましたが、対象品目が増えないのは「実行可能性が低い」からでした。たとえば果汁。一定の品質を保つために、事業者は価格や生産量を見ながら季節に応じて様々な産地の原材料を調達して、ブレンドをして使います。これら複数の国の表示を、量の多い順に正確に表示をするのは困難が伴いますし、そのために供給先を限定すればコストアップにもつながります。
それでも、どうしても表示するためにはどうすればいいか。これまで、考えられてきた表示方法は主に2つです。1つは切替え産地を列挙する「可能性表示」で、可能性のある国を全部並べて「日本又はアメリカ又はカナダ又は中国又はインド」と表示する方法です。しかし、これでは限られた表示スペースには書けないし、実際のなかみとは違う不整合が生じます。
次に考えられるのが「大括り表示」です。様々な国の原料を使用する可能性のある場合は「外国産」と表示する方法です。「又は」表示よりも、すっきりとしています。事業者はこれなら表示できるし、実行可能性も上がります。
この「大括り表示」が、全ての加工食品の原料原産地表示義務化のカギを握っているようです。自民党PTのヒアリングで、全国農業組合連合会などは、「重量順の1位、2位まで原料原産地表示名を義務化」「全ての加工食品を対象とするには、『外国産』などの大括り表示を認めるべき」と提案しています。また、学識者も「大括り表示で、時期により国産と外国産の順序が入れ替わる可能性のある場合は、前年の取扱い実績に基づいた表示を認めるべき」と提案しています。
つまり実行可能性が低く、原料原産地表示を義務化できない対象品目は、「外国産」と表示すれば表示できるだろうというわけです。しかし、大括り表示が消費者の本当に知りたいことでしょうか。品目によってずい分と隔たりがあるように思います。
たとえばジュース原材料の「オレンジ果汁(外国産)」や、チョコレート原材料の「カカオ(外国産)」のように、国産でないことが容易に想像できる品目についてまで、表示を義務付ける必要があるでしょうか。
また、(国産・外国産)」と表示をしてあったりすると、両方が混ざっているのか、基本的に国産をつかうけど価格が高いときだけ外国産を切り替えてつかうのか、混乱しそうです。これでは、原材料の産地が世界中どこでもを意味してしまい、選択の目安にはなりません。
一方、ステーキ弁当のステーキや、唐揚げ弁当の唐揚げなどは、それを冠した商品の場合は、大括り表示でもいいので「国産」か「輸入」かが知りたいとも思います。こうした商品では、表示義務化によって作る側も国産をできるだけ使おうとするので、TPP対策につながるかもしれません。このように、食品によってケースバイケースであり、大括り表示を採用するので、「全ての加工食品」を対象にするのは無理があると思います。表示の義務化がどのくらいコストアップにつながるのかも、気になります。
なお、3月31日、自民党PTに先立ち午前中に開催された「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」では、「委員からの意見開陳について」「事業者調査、消費者調査について」が議題として取り上げられています。このうち、事業者調査は、2016年2月から約1カ月、農林水産省の消費・安全局の職員2名が、38事業所の聞取り調査を行った内容で、うち回答を得られた工場が33事業所です。
調査では、まず「国別調査が可能か」をまず聞き、ここで「困難である」と回答した場合は、どんな方法なら可能かを聞いています。原料原産地の「又は表示(A国又はB国)」の場合、大括り表示(「国産」、「外国産」)にする場合等に分けて、ヒアリングの内容を紹介しています。どれだけの事業者がどう答えたという傾向ではなく、ひたすら様々な意見を並べているという調査です。ここで、大括り表示であれば概ね可能と答えており、使用割合順を問わず(外国産又は国産)等の表示であればさらに可能性は増す、などという意見も紹介されています。一方で、消費者にとって意味があるかどうか疑問、と言った声もありました。
そもそも食品表示の目的とは何でしょうか?食品表示法には、消費者の「安全性の確保及び自主的かつ合理的な選択の機会に関し重要な役割を果たし」と、書かれています。この目的に沿って、貴重な表示スペースには、表示項目が定められています。表示項目を定める際は、第一に安全確保に関する情報が優先されます。これは消費期限、保存方法、アレルゲンの3つです。一方、原料原産地表示は、合理的な選択の機会に資する品質事項となります。
食品表示法が施行され、新しい食品表示基準では、栄養成分表示などの義務表示項目も増えています。そして、多くの消費者が、「食品表示は小さい字で読む気がしない」と感じています。原材料名欄は、特にアレルギー表示などの大切な情報が盛り込まれ、複合原材料の表記など複雑です。そこに、全ての加工食品に原料原産地が義務付けられるようになったら、さらにわかりにくさがさらに増すことも懸念されます。これ以上、表示項目を増やすと、優先順位の高い表示を見落としたり、見る気がしなくなったりしてしまいそうです。
それでも、(国産)の表示がどうしても欲しいという意見もあるでしょう。しかし、よく考えてみると私たちが国産品を選びたいと思う食品の品目には、ほとんどが自主的に表示をしています。品質や価格の差があればなおさらです。お歳暮売り場に並ぶりんごジュースやハムには表面のキャッチコピーにも一括表示にも大きく「国産」と強調表示があります。
国産品にこだわるならば、そのような製品を扱っている生協もあります。全ての加工食品に大括り表示を義務付けなくても、必要な品目であれば、私たちは「国産」を選ぶことができる環境にあるのです。
そういえば、2015年4月に食品表示法が施行されて今日でちょうど1年になります。新基準ではたくさんの変更点があり、移行はなかなか進まず、売り場に新表示を見かけることはほとんどありません。事業者が正確に新ルールに移行するためには、義務化された栄養成分表示で、アレルギー表示も間違えなく、製造所固有記号を使う場合は新データベースで等々、大変な様子です。1日でも早く新基準の表示を、と消費者庁は言っていたはずですが、現実は厳しいようです。
加工食品は移行措置期間が5年間で、残り4年で移行しなければならないのに、ここにきてさらに、原料原産地表示が義務化されるとなると、新基準への移行がさらに遅れてしまうことになるでしょう。
これまで、十数年近く議論されて、実行可能性の観点からなかなか義務化の対象品目が増えなかった原料原産地表示。大括り表示という消費者のためになるかどうかわからない方法を使ってまで、なぜ「全ての加工食品」に義務付けるのか、私には理由がわかりません。
もちろん、原料原産地表示の対象品目の拡大に反対するわけではありません。例えばローストビーフや焼き豚など原料原産地表示の実行可能性が高くて、消費者が知りたい品目が対象になっていない現状があります。まずはできるところから、大括り表示ではなく原産国名をきちんと表示するようにように検討を始めた方がいいのではないでしょうか。食品特性に応じた丁寧な議論が、「加工食品の原料原産地表示検討会」で行なわれることを願っています。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。