九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
トランス脂肪酸の表示について検討を行っている消費者委員会・食品ワーキンググループ(WG)。第1回は4月に開催されましたが、科学ベースで議論されたとは言い難いものでした。そして迎えた第2回目が、2014年7月1日に開催されました。
今回は東京大学大学院医学系研究科 佐々木 敏教授からのヒアリングです。前回とは正反対で科学ベースの説明に、消費者委員の中から選出された3名のWG委員からは「目からウロコ」「摂取量が大事だということがわかりました」との意見が出ました。ようやく軌道修正の兆しが出てきたのでしょうか?
佐々木教授の当日資料は「日本人におけるトランス脂肪酸摂取量の実態と健康影響の推測」という題目でした。タイトルどおり、トランス脂肪酸の摂取量について重きをおいて説明がなされ、健康影響の推測と続きます。また、そもそも摂取量はどうやって測定されているのか、その精度が評価にどのような影響を及ぼすのか「食事摂取量測定の科学性」の問題もトランス脂肪酸の説明の中で説明されました。
また後半は、われわれの健康に影響を及ぼす栄養素はどういうものがあって、どういう状況でありその健康影響はどうか、世界はどう動いているのか―食塩と食物繊維を例にあげて説明されました。佐々木教授の説明は1時間20分ほど。これに質疑応答と取りまとめが30分程度で、この日のWGはまさに佐々木教授ワールドでした。
佐々木教授は最初のスライドで、トランス脂肪酸の健康影響として取り上げるべきは心筋梗塞であることから「心筋梗塞に関連することが知られている食事要因」について紹介しています。ここでは、様々な栄養素は直接関係するのではなく、関連要因の一部であり、
「トランス脂肪酸が心筋梗塞に関係するかといえば、する。ではとても大きいかと言われたら、たくさんあるうちの一部であり、その大きさは他との相対的な関係によって決定すべきである。端的に申しまして、トランス脂肪酸と心筋梗塞を直接にそれだけ結びつけて議論をすることは危ういと考えられる。その一方でトランス脂肪酸を無視して心筋梗塞の予防対策を考えることも、また無謀であるかもしれません」と述べます。
続いて日本人の食事摂取基準2015年度版から「栄養素摂取と脂質異常症との関係」を取りだし、トランス脂肪酸を加えて改変したものを紹介します。ここでも多種の栄養素が複雑に脂質異常症に関わるとしたうえで、佐々木教授は次のように説明します。
「トランス脂肪酸は健康影響があるとして取り上げるべきなのかどうかは、『比較級』を用いねばならないことがわかります。比較級というのは、『トランス脂肪酸が悪いか』という質問文ではなく、『トランス脂肪酸は他の○○より悪いか』という質問文をつくることが大切だと思います。その○○に何を入れるかについては、心筋梗塞または高LDLコレステロール血症に困った大きな影響力を与えていると今までの研究成果が一致しているものをあげるべきであろうと考えます。それが飽和脂肪酸です。飽和脂肪酸は他の国々の食事摂取基準でもほぼ例外なく、かなり前から国民への摂取過剰にならないように警鐘を鳴らされている脂肪酸であることは、ご存知のとおりです」
こうして最初に概要をおさえて、次々とデータで説明をしていきます。血中のLDLコレステロール/HDLコレステロール比を指標として、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸のどちらが健康によくないか、世界中で研究が行われており、それを一つにまとめた論文がスライド3で紹介されます。この図は、飽和脂肪酸とトランス脂肪酸それぞれについて、総エネルギー摂取量に占める割合(%)で、どのくらい食べると血中のLDLコレステロール/HDLコレステロール比がどのくらい増加するのか、回帰直線で示されているものです。
それをみると、飽和脂肪酸を総エネルギーの7%くらい食べると、総エネルギーの3%くらいをトランス脂肪酸で食べたときの悪さと程度が同じであることがわかります。日本人成人の飽和脂肪酸平均値(エネルギーに占める割合)が、ちょうど7%くらいです。もしも私たちがトランス脂肪酸を3%よりも多く食べていたら、トランス脂肪酸の影響が飽和脂肪酸よりも大きいことになりますが、逆に3%以下であれば、飽和脂肪酸よりもトランス脂肪酸の影響が小さいことになります。
続いて私たち日本人は何%くらいのトランス脂肪酸を摂取しているのかが重要になります。日本人全体としてはまだ明らかになっていませんが、国内4地域で成人(30~69才)男女225人の食事をていねいに調べた研究によれば、ピークは0.5~0.74%のところにありました。この調査では平均値は0.6%とされていて、先ほどの3%の6分の1です。つまり、平均的な食べ方をしている日本人にとって問題なのは、トランス脂肪酸よりも飽和脂肪酸であることがわかります。また、佐々木教授は、摂取量調査で食事調査における問題を示したうえで、トランス脂肪酸摂取量は正確にはわからないことも説明します。
そのうえでトランス脂肪酸は、なにからどのくらいとっているのか。調査によれば菓子類、パン類、油脂類で総トランス脂肪酸の半分以上を占めていることがわかります。調理加工品に多く入っているという実態があります。
もっとも印象に残ったのがスライド11です。日本人において、トランス脂肪酸と飽和脂肪酸の摂取量の比を2つの円の面積の比で表わしたものです。飽和脂肪酸は7.2%エネルギー、トランス脂肪酸は0.7~0.8%エネルギーで、左に大きな円、右に小さな円が示されます。そして飽和脂肪酸の円の中には、何からとっているのか内訳が示してあり肉類、乳類、が半分以上を占めており、トランス脂肪酸は菓子類、パン類、油脂類が半分以上を占めます。これだと一目でわかります。
佐々木教授は、「だからと言ってお肉はやめようというのではないし、そうしてはいけない。一つの食品には複数の栄養素があるからです」と言います。そのうえで、
「私たちは何に注意をすべきなのかという質問をよく受けます。とにかく広い視野に立って、落ち着いて考えてください。ある一つのモノだけを見て、他の全てを視野から外すことはしないでください。視野の中にたくさんの食品と栄養素を入れて、相対的に評価をしてほしい。どのくらいという量的な議論をしてくださいと申し上げています」と、まとめました。
佐々木教授は、その後も食塩の過剰摂取と世界の動向、食物繊維の摂取不足と健康影響について話題を提供します。そして、どの食品が悪い、良いという情報よりも、国民ひとりひとりが自分のおよその栄養摂取状態を知り、それに応じて食品を選べる社会にしたいとして、食事摂取基準の活用について述べました。また、「栄養と健康」を疫学的に研究し、伝えられる専門家の育成が急務であることも言及しました。
先生のスライドは既に消費者委員会のウェブサイトにアップロードされていますので、ぜひご覧ください。
ヒアリングが終わり議論に入りましたが、WG委員からは「なぜ、日本ではなぜ栄養疫学が進まないのか」「欧米の研究に比べて日本の研究は遅れているのか」「トランス脂肪酸にも多種類あるが、共役型まで分けて調べた疫学データがあるか」といった質問とともに、「素晴らしい説明でよくわかりました」「目からウロコで中身の濃い話でした」「重要な内容を指摘してもらいました」という感想も聞かれました。
最後に、WGの阿久澤 良造座長(日本獣医生命科学大学応用生命科学部長)は、この日のヒアリングを受けてWGの取りまとめとして次の5点をあげました。
1) トランス脂肪酸について、食品安全委員会の評価結果を変えるような知見はなかった。
2) 日本人の栄養摂取量の分布の推計は、きちんとした設計をして行わないと難しい。食育を推進していくためにも、きちんと取り組まなければならない分野である。
3) トランス脂肪酸だけを突出して取り上げることは問題になるという指摘を頂いた。生活習慣病に関する様々なリスクを総合的に判断することが重要だ。日本人の食生活では塩分の摂取が最大のものであり、脂質については飽和脂肪酸にまずは注意すべきである。
4) その一方で、トランス脂肪酸は何も対策をとらなくてもよいというわけではない。飽和脂肪酸は消費者が意識して過剰摂取をしないように注意すべきもの、トランス脂肪酸は消費者ではなかなか対策が難しく、事業者の努力が結びつきやすいものである。
5) 国際的な議論の場でもトランス脂肪酸の低減策が進展していることも確かであり、飽和脂肪酸ファースト、トランス脂肪酸セカンドで、両者をあわせて注意をしていきましょうというという議論になる。
また、阿久澤座長は最後に次のように述べました。
「今後は動脈硬化学会にもヒアリングをするともに、トランス脂肪酸だけではなく日本人食生活全般の広い視野に立って議論をしていきたいと思う。それと最近のことですが新開発食品調査部会から、消費者委員会にトクホ制度の運用のあり方について問題提起があり、6月24日の委員間打ち合わせにおいて食品WGで議論をすることが要請されています。
消費者には健康な生活をおくっていく権利がある。トランス脂肪酸や飽和脂肪酸などバランスのよい食事をとっていくためには、どのように商品を選んだらいいかという表示の問題もありますし、健康増進のために食品機能の表示を特に許可されたトクホという制度の問題もあるわけです。両者の問題を並行してとらえていくことにします」
これを受けて2人のWG委員もトクホについては問題を整理することで、合意しました。
佐々木教授の説明をちゃんと聞けば、トランス脂肪酸の表示についてはこれまでどおり任意表示でも良いという結論になりそうに思います。しかし、次回は「工業製品としてのトランス脂肪酸はタバコと同様にゼロにすることが目的です」と主張する日本動脈硬化学会が登場します。また、阿久澤部会長の発言をよく読むと、トランス脂肪酸の表示が必要か否か、どちらにも取れるようも思えます。今後トランス脂肪酸の議論はどうなるのでしょうか。WGでのヒアリングはいつまで続くのか、いつ結論を出すのでしょうか。
このWGの第1回は、FOOCOM.NETで編集長の松永が「消費者委員会さん、科学的な情報を発信していただけないでしょうか!」でお伝えしたとおりです。今回、傍聴席を見回しても、この問題の火付け役のJA全農職員の立石幸一委員の姿を見つけることはできませんでした。立石委員はこの問題を忘れたわけではなく、6月25日の消費者委員会食品表示部会でも「トランス脂肪酸の表示について議論するように」と主張しています。立石委員こそ、佐々木先生の説明を聞いてほしかったと思います。(注:後日、立石委員は傍聴席にいらっしゃったことを教えて頂きました。誤解を生む表現でお詫びいたします。)
阿久澤座長の最後の発言も気になります。トクホ制度の運用についても、食品WGの議題とする―これはどういうことなのか。新開発食品調査部会の審議は非公開なので、詳細はわかりません。食品WGで何を議論するのでしょうか。今回、佐々木教授の説明が聞けたのはよかったのですが、今後もその説明が無駄にならないよう議論を重ねてもらいたいと思います。(森田満樹)
(7月3日発行のメールマガジン第159号の一部を改変して掲載しました)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。