科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

阪急阪神ホテルズのメニュー表示 何が問題だったのか(下)-事業者に求めること

森田 満樹

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 外食メニュー表示の法律の考え方について(上)(中)でまとめたが、この1週間で事態はさらに深刻になった。問題は全国の百貨店に飛び火し、この先どこまで広がるのか想像もつかない。国も動きだし、法改正の可能性も出てきた。信頼回復のために事業者は何ができるのか。

●法改正が検討されれば、外食だけでなく中食にも影響は及ぶ

 景表法を所管する消費者庁表示対策課は、11月6日付で「ホテルのメニュー表示に係る関係団体への要請について」という文書を出して、事業者に景表法の考え方を周知させるよう求めた。また、同庁8日付で旅館・ホテルの関係団体百貨店の関係団体に対して自主的な取り組みを促すよう要請し、1カ月後をめどにその状況を報告するよう求めている。

 今回の問題の一因は、外食事業者の法令の知識不足、コンプライアンスの意識不足にある。特に景表法についての認識が甘かったのは明らかだ。6日付の文書には、「著しく優良」と認識される場合の考え方と、過去の事例集が掲載されている。これに照らし合わせて考えれば、これまでホテルや百貨店が公表してきた内容は、景表法上問題のあるもの、問題があるとまでいえないものに、整理できる。

 阪急阪神ホテルズに景表法の知識があれば、あんな記者会見をすることもなかっただろうが、ここまで問題が大きくなれば、景表法の周知徹底の通知だけでは収まらない。現行の法体系に問題があるのではないかという議論にもなってきている。

 確かにいくら景表法上の問題があっても、自主申告をしていれば指導に留められるなど、措置命令になるかどうかはケースバイケースだ。これがJAS法であれば、指示、指導、命令といった何らかの措置がとられ、違反かどうかはっきりする。現在のJAS法が一網打尽で取り締まるイメージだとしたら、景表法は一罰百戒、同業他社に同じことをさせないようにする見せしめの効果がある。

 国が法律を見直すとすれば、景表法の運用を厳しくするか、外食にJAS法のような食品の法律を適用させるようにするか、2つの考え方がある。今週になって、その2つが俎上にあがってきた。

 景表法については11月6日の記者会見で、消費者庁の阿南 久長官が景表法違反について「課徴金制度の導入も検討していきたい」と述べている。運用を厳しくするだけではなく、罰則を強化して景表法による取り締まりを強めるということだろう。
 もう一つ、食品の法律を外食に適用させるためには、食品表示法の検討が必要となる。現在、食品表示法は2015年6月までの施行にむけて、ちょうどなかみの検討を始めたところで、11月7日に消費者庁食品表示企画課が、業界団体や消費者団体に向けて説明会を行った。ここで複数の消費者団体から「新しい食品表示法の中で外食も規制すべきだ」という意見が出され、消費者庁の担当者は「必要に応じて表示基準策定の中で検討する」と答えている。

 もし、食品表示法で検討されることになれば、外食だけでなく中食も含めて策定されることになる。今回の問題では外食ばかり注目が集まっているが、実は中食の持ち帰り弁当などは外食と同じ法体系で、景表法しか適用されない。さらに問題が複雑なのは、中食は「容器包装されているもの」と、「容器包装されていないもの」によって、適用される法律が異なることだ(下図)。

外食・中食の表示にかかる主な法律

外食・中食の表示にかかる主な法律

 また、「容器されているもの」には2種類あって、スーパーのバックヤードなど「同じ場所で作られて容器包装される場合」は食品衛生法のみが適用される。一方、コンビニ弁当など「別の場所でつくられ容器包装される場合」は、通常の加工食品と同じく食品表示はフルセットで義務付けられる。コンビニ弁当などが、原材料や原料原産地表示、アレルギー表示、食品添加物表示など表示されてラベルが大きくなるのはこのためだ。

 同じ弁当なのに、現行制度は消費者にはわかりにくい。もし、外食のメニュー表示について食品表示法の適用が検討されることになれば、同じ法体系である中食も当然、検討が行なわれるだろう。そして、外食も中食も食品表示法が適用されれば、法律を守るための監視執行体制が敷かれる。違反すればその程度によって指導、命令が行われて罰金や懲役が科せられることもある。

 今回の問題の原点に立ち返ると、高級なホテルや百貨店でメニュー表示が中身と違って「著しく優良」と誤認させたため、消費者は「だまされた」と思っている。安い持ち帰り弁当ではそこまで腹も立たないだろう。そこを考えると問題解決のためには、「著しく優良かどうか」が観点となる景表法から、まずは見直すべきだろう。

●業界の自主的な取り組みを促すガイドライン等の策定を

 法律で問題を解決するだけでなく、事業者の自主的な取り組みを促すための効果的な方法はないのだろうか。実は中食の世界では、既に取り組みが進んでいる。
業界団体である日本惣菜協会は、2011年6月に店頭における表記について「惣菜・弁当(持帰り)の情報提供ガイドライン」としてまとめており、ここでは、原材料名、原料原産地、アレルギー物質について表記の方法について記されている。たとえば今回問題になったような水産物の表記についても、このガイドラインの中では「水産物の原材料名について魚介類の名称のガイドライン等の整合性を確認すること」と明記されていた。

 また、外食の表示に関する唯一のガイドラインは、2005年に農水省が「外食の原産地表示ガイドライン」だ。原産地表示を求める消費者の声に事業者が一定のルールの中で答えることができるよう、表示する食材の範囲やメニュー事例も具体的に決めたもので、こちらも多くの外食事業者の判断基準となっている。

 上記は2つともガイドラインという名前だが、中食は事業者が自らつくり、外食は国が主導してつくったものだ。どちらも法的な拘束力はなく事業者が自主的に守る指標だが、国がつくったガイドラインの方が業界全体に広がりやすい傾向にある。

 一方、景表法では「公正競争規約」とよばれる業界の自主ルールがあり、これはガイドラインよりも法的な拘束力が強い位置づけだ。
 景表法は1960年のニセ牛缶事件が契機になってできた法律で、その時代に応じて不当な表示にNOを突き付けてきた。当時は消費者運動が盛んで、不当な表示は許さないという社会の風潮が今よりも強かった。それを受けて複数の業界では消費者庁や公正取引委員会の認定を受けた自主的なルールとして「公正競争規約」をつくり、優良誤認を禁止する具体的な事項を規定してきたという歴史がある。

 現在、公正競争規約の中に中食、外食の分野にはないが、食品関係の公正競争規約は37規約ある。不当な表示を防ぐという目的のために業界ごとに公正取引協議会が運用するもので、何が優良誤認に当るのか、ここには明確な基準がある。通常はこれを守っていれば景表法に違反することはない。協議会に加盟していないアウトサイダーでも法律違反にならないよう公正競争規約を遵守する。

 事業者の自主的な取り組みを促す方法として、ガイドラインや公正競争規約などを導入することが考えられ、これらが充実していれば、事業者も自主的な取り組みを行いやすい。取り組みの形を社会にわかりやすく伝えるという効果もある。

●外食事業者にはコンプライアンス体制の構築を

 消費者の信頼を取り戻すためには、要は事業者が表示でウソをつかないようにすることであり、それは事業者のモラルにかかっている。いくら法律やガイドラインを制定しても、モラルが低ければ、法の網や基準をくぐって新しいタイプの誤認表示がモグラたたきのようにでてくるだけだ。

 そこで事業者に求められるのは、コンプライアンス体制の構築だ。コンプライアンスは「法令遵守」と訳されるが、それだけではなく、いかにモラルを守るか、社会の要請に応えるかということも重要となる。

 コンプライアンスといえば、食品企業は2007年に業界をあげて取り組むようになった。この年はミートホープ事件などを受けて食に関する信頼がガタ落ちしたため、農水省が全国各地で食品産業トップセミナーと題してコンプライアンス意識の推進をはかった。まずはトップに食品表示制度や食品衛生法などの関連法令を学んでもらい、意識の向上を図ったのだ。

 外食の世界でも2007年、船場吉兆の事件を契機に意識はかなり変わったと聞く。この事件は、原産地を偽ったメニューを表示、客の食べ残しの再提供などモラルの低さが際立ち、マスコミ対応もそれはひどいものだった。外食も食に関わる事業者として、食品と同じようにコンプライアンスが求められたのだ。

 こうした社会の空気に対応して、当時は大手の外食チェーンの事業者の多くが自社のコンプライアンス体制の構築に着手した。自らの行動の内部規定を定める企業行動規範を作成し、関連法令を学び衛生管理マニュアルを作った。あわせてメニュー表示についても間違いが起こらないようトレーサビリティシステムを導入して、原材料の管理を行うようになった。

 多くの外食チェーン店では、原材料調達部門、下ごしらえをするセントラルキッチン、セントラルキッチンからチェーン店への配送、店内調理、店内サービスと工程が細分化されていて、その距離が離れている。間違いなく情報が伝達されるためには、トレーサビリティシステムが必要だ。そこでIT化を進めて原材料を管理し担当者間で情報共有を行う。大量仕入れ、大量供給だから求められるシステムだ。

 一方、ホテルのレストランなど個店形態の場合は、少量仕入れ、多品種提供が基本である。その時々に仕入れた食材を提供していくため、特色のある原材料を用いてメニューを固定化することは難しい。ちょっとした天候不良で仕入れの産地が変更になることがある。情報を伝えたければ、メニューに「本日のお肉・野菜」情報を差し込んだり、ボードを使ったりとそれなりの伝達手段がある。そこで間違いが無いよう、どのようにチェック体制を構築するかが今後の課題となる。

 外食事業者は業態や規模によって、求められる管理手法が違う。何でもトレーサビリティシステムを導入してメニュー管理をすることはコストも伴う。そこまで求めている消費者はどのくらいいるのだろうか。メニューにウソがなくて、おいしい料理を相応の価格で楽しめればそれでいい―多くの消費者の思いはそんなところにあるのだと思う。

 コンプライアンスとなると形式的かつ大層に考えがちだが、商いは正直であることを社内でどうやって徹底させることに尽きると思う。消費者は、メニュー表示と中身が違っていてもなかなか見抜けず、結局のところメニューを信じるしかないのだ。事業者はそのことを重く受け止めて、自主的な取り組みを早急に進めてもらいたい。(森田満樹)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。