科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ヨーロッパで48人が死亡した病原性大腸菌O104事件から1年、多くの謎が残されたまま

白井 洋一

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 昨年(2011年)、ドイツを中心にヨーロッパで4000人以上の重症患者を出した腸管出血性大腸菌、O104(H4タイプ)による集団食中毒が初めて報道されたのが5月22日だった。O(オー)××とは、腸管出血性大腸菌を血清型によって分類したもので、数字(××)は確認された順番を示す。

 7月26日にドイツ政府から終息宣言が出されたが、死者48人と近年、例のない食中毒事件となった。エジプトから輸入したマメ科のフェヌグリーク(日本名はコロハ)のスプラウト(芽だし)が原因とほぼ特定され、事件は一応、収まった。しかし、初期段階では、発生源や原因菌が特定されず、別な野菜が疑われたり、治療が遅れるなど初動の不手際もあった。また、成人女性に患者が多いことや、同じ出荷元のエジプト産コロハ種子のうち、ドイツとフランスの一部でだけ、食中毒が発生した理由など、未解明な点が多く残っている。

最初はスペインのキュウリが疑われる

 ドイツ北部地方では5月中旬から同じ症状の食中毒患者が増えていたが、死者がでた5月22日に、ドイツ政府と欧州食品安全警告システムが公式に発表した。その時点で原因は不明だった。

 5月26日、スペインから輸入したキュウリが原因らしいとドイツ政府は発表。患者に特定のレストランで生野菜のサラダを食べた人(特に女性)が多かったからだ。しかし、スペインではこのような食中毒はまったく起こっておらず、スペイン政府は当然抗議。6月1日、ドイツはスペインのキュウリは原因ではないようだと訂正したが、スペインのキュウリだけでなく、オランダ産レタス、トマトなども一時輸入禁止にしたため、ヨーロッパの生鮮野菜業界は大打撃を受けた。

 6月9日、欧州委員会と農相閣僚会議は、1億5000万ユーロ(約176億円)の被害補償を決めたが、損害総額の30%しか救済されなかった。ロシアが8月過ぎまで、ヨーロッパからの生鮮野菜の輸入をすべて停止したことや、ヨーロッパ域内でもサラダの消費が大幅に減るなど、後遺症は大きかった。

 「確実な証拠もないのに、スペインのキュウリが原因と誤報を流したのが、風評被害の原因だ」と、EurActiv(2011年6月7日)など多くのメディアがドイツ連邦政府と州政府の対応を批判した。

Nature News(2011年6月30日)も「マメ科スプラウトが原因と特定するのに1週間以上もかかった。ドイツの初動の遅れが被害を大きくした」、「米国はバイオテロ対策も含め、研究機関と行政が連携して、常に警戒体制をとっている」、「ドイツは危機管理意識が足りないのではないか」と、批判している。

エジプト産マメ科スプラウトが原因

 6月5日、ドイツ北部のニーダーザクセン地方の有機農場で栽培されたマメ科のスプラウトが原因らしいと発表されたが、この時点では、アルファルファ、緑豆、ダイズ(モヤシ)など複数のマメ科が候補にあがっていた。

 原因とされた有機栽培農場は、「ノンGM(遺伝子組換え不使用)」も看板に掲げていたため、「有機栽培は危ないぞ」と一部のGM推進系(反有機系)のウェブサイトが、有機農産物危険説を流した。

 危機感を感じたのか、有機農業推進側からは、「8種類の抗生物質が効かない。こんなことはふつうではありえない」、「バイテクメーカーが抗生物質の効かない組換え耐性菌を作って、ばらまいたのだ」などと防戦した。両者のサイトは怪しげなものが多いので、ここでは引用しない。興味のある方は、「Natural News」、「antibiotic resistance(抗生物質耐性)」、「E.coli(大腸菌)」などをキーワードに検索していただきたい。

 「有機vs.バイテク」、両応援団による不毛な中傷合戦に発展するかと懸念されたが、ドイツの有機栽培農家に責任はなかった。農家は有機栽培で決められた基準を守っており、汚染された肥料や水は使っていなかった。農場や有機野菜を食べさせたレストランの従業員にも保菌者はいなかった。

 6月20日、フランスでも同様の食中毒症状を示すO104型が検出され、病原菌の遺伝子解析により、ドイツと同一型であることが確認された。これによって発生源の追跡調査も進んだ。

 6月22日、今回の病原性大腸菌O104(H4タイプ)は、腸管出血性の変異型であるが、腸管凝集粘着性大腸菌の遺伝子を合わせもつ、きわめてまれな強毒タイプであると発表された。これによって、複数の抗生物質が効果を持たなかったことが一部説明できる。

 6月29日、遺伝子解析の結果、2009~2011年にエジプトから輸入したコロハの種子が汚染源として最も可能性が高く、ドイツとフランスの発生源は同じ出荷単位(ロット)であると発表された。エジプトでは汚染された種子が発見されなかったため、エジプト政府はこの判定に抗議したが、その後、これをくつがえすような新たな知見は出ていない。7月に入って患者は急速に減り、7月26日、ドイツ政府は終息を宣言した。

多くの謎が残る

 2011年10月3日、EFSA(欧州食品安全機関)は今回のO104による食中毒に関する科学報告書(22頁)を発表した。
日本の食品安全委員会からも10月19日にその要約が出されている。

 EFSAの報告書以降、今回の事件を教訓として、検査体制の充実(予算拡大)を求める意見書などがいくつか出されているが、科学的な新知見・追加情報はなく、今でも未解明な点が多く残されている。

 エジプト産コロハ種子が原因とされたが、残っていた2009~2011年産の種子ロットからO104菌は検出されず、いつ、どのようにして、種子が汚染されたかは不明のままだ。EFSAの報告書でも、これ以上の解明は不可能としている。しかし、疑われた種子(ロット)は、少なくとも12カ国にスプラウト用として輸出されており、なぜ、ドイツとフランスでだけ、ほぼ同時期に発症したのかは大きな謎だ。

 出血性菌に凝集粘着性菌が併合したきわめてまれなタイプであるが、どのようなメカニズムで併合が起こったのか? またこのようなケースは今後も起こりうるのかというのも問題だ。さらに、「患者の多くが成人(20才以上が88%)であり、女性が多い(68%)のはなぜか?」にもはっきりした答えは出ていない。当初、女性は生野菜のサラダをよく食べるからとも言われたが、納得できる答えではないだろう。

 スペイン産キュウリが原因と早々に発表したことに対し、EFSAの報告書では「消費者の安全保護のため。その時点でサラダと判断したのは統計的根拠があった」、「もっとも疑わしいものを早期に発表したのは正しかった」と反省している様子はない。

 報告書は消費者に対する今後の注意点として、以下のように述べている。

 「2011年10月以前に買ったコロハ種子はスプラウトにするな」、「よく洗っても菌は残るし、O104は軽く加熱しただけでは死なない」、「どうしてもコロハのスプラウトを食べたかったら、よく加熱してからにしろ」

 やや不親切な感じもするが、消費者一人一人が自分の責任で注意しろと言うことだろう。「コロハ等マメ科植物のスプラウトを生のまま客に提供したり、家庭で食してはいけない」と法律で規制しないところが、ヨーロッパらしいと言えるのかもしれない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介