科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

想定外の事故への対応 2011年O104食中毒事件からの教訓

白井 洋一

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 18年前の1996年7月、大阪・堺市で腸管出血性大腸菌O157によって10人が亡くなった事件を憶えている人は多いだろう。しかし、3年前の2011年、ドイツとフランスで発生したO104による食中毒事件を知っている人は少ないかもしれない。7月26日はドイツ政府によってO104事件の収束宣言がだされた日だ。

 海外の出来事であり、その頃日本は大震災直後、放射性物質汚染で大騒ぎだったので、断片的にしか報道されなかったが、今になっても、感染ルートや病原菌の出現メカニズムなど解明されていないことが多い。行政や研究機関から出た最終報告書でも、「想定外の出来事だった」、「パラダイムシフト(今までの常識が根底から覆された)」と言い訳とも思える言葉がくり返されており、またこのような事故が起こったときにはたして大丈夫かと心配になる内容だ。

2011年O104食中毒事件
 この事件は2012年5月23日の当コラム「ヨーロッパで48人が死亡した病原性大腸菌O104事件から1年、多くの謎が残されたまま」で書いた。

 コラムのタイトルを「あれから3年、多くの謎が残されたまま」としてもよいくらい、その後科学的な新知見は出ていないのだが、事件をふりかえってみる。

2011年5月中旬からドイツ北部地方で食中毒患者が多発し、5月22日に初めて死者がでる
5月26日、ドイツ政府はスペイン産キュウリが原因と発表
6月1日、これを撤回、原因は不明のまま
6月5日、ドイツの有機栽培マメ科野菜のスプラウト(芽だし)の可能性が高いと発表
6月20日、フランスでも同じ症状の食中毒が発生
6月22日、病原菌は腸管出血性O104(H4タイプ)の変異型で、腸管凝集粘着性菌を併合したきわめてまれな強毒性菌と判明
6月29日、原因は2009~2011年にエジプトから輸入したマメ科のコロハ(フェヌグリーク)で、ドイツとフランスの出荷元(ロット)は同じと考えられると発表
7月26日 死者48人、患者4000人以上の大事故だったが、7月に入り患者が急速に減り、ドイツ政府は終息宣言をだす

行政対応の問題点
 この事故での行政(リスク管理機関)の対応の問題点として4つあげられる。
(1)原因菌の特定に時間を要し、治療が遅れた
(2)最初はスペイン産キュウリと誤判定し、風評被害を招いた
(3)有機栽培は危険という印象を与えた
(4)今までにないきわめてまれなタイプの病原菌で防ぎようがなかったと言い訳口調だった

 O104は以前から知られていた病原性大腸菌だが、腸管出血性に凝集粘着性が併合したタイプは報告されていなかった。さらに複数の抗生物質が効かなかったことなどから、原因菌の特定に手間取り、有効な治療ができなかった。発生から原因菌の特定までに1か月以上かかったのが最大の失点だ。

 最初にスペイン産キュウリと発表したことを、EFSA(欧州食品安全機関)やドイツ政府の報告書では、「その時点でサラダが怪しいとしたのは統計的根拠があった」、「もっとも疑わしいものを知らせるのは消費者保護のため必要だった」と反省していない。

 ドイツの有機栽培農家のコロハ芽だしのサラダが原因だったため、「有機栽培だから種子を十分に消毒していなかった」、「有機栽培は危ない」という記事がメディアで流された。発生源の有機農家は有機栽培基準を守って栽培しており、汚染水や土を使ったわけではない。たとえ有機栽培でなく、一般の慣行栽培で次亜塩素酸ナトリウム液などで殺菌しても被害は防げなかった。EFSAの報告書ではこれにも触れているが、強調して説明してはいない。

 日本でも、事件当時、「ドイツで大量食中毒、有機栽培は危険?」と一部のメディア、ジャーナリストが流していたが、その後の訂正もないようだ。彼ら彼女らは次々と新しいニュースに飛びつき過去は省みない職業なのでしかたないのかもしれないが、今も事実を知らないとしたら問題だ。

参考
欧州食品安全機関(EFSA)最終報告書(2011年11月5日)
ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)最終報告書 (2011年12月23日)

教訓は活かされるか?
 原因とされたエジプト産コロハ種子の大元から問題のO104菌は検出されず、他の出荷ルートからも見つからなかっため、なぜドイツとフランスの限られた地域で、限られた時期にだけ発生したのかは謎のままだ。最終報告書でもこれ以上の解明は無理と結論しており、迷宮入りとなった。

 もうひとつの大きな謎である腸管出血性菌に凝集粘着性菌が併合したメカニズムも不明のままだ。出血性タイプは人獣共通だが、凝集粘着性タイプは人だけが保菌すると考えられており、コロハ種子の汚染には、人経由が係わっていたことになるが、原因菌がその後検出されないため、実験で明らかにすることもできないようだ。

 行政(リスク管理機関)からの報告書とは別に、2012年後半にまとまった総説が2本、学会誌に発表された。

 「シガ毒素産生大腸菌O104:H4、微生物学への新たな課題」(応用環境微生物学誌)「ドイツで発生したシガ毒素産生大腸菌O104:H4の感染は人への病原性に関して今までの常識をくつがえすパラダイムシフトを引き起こす」(食品保護学誌)だ。

 論文のタイトルが示すように、「微生物学、疫学にとって新たな課題が示された」、「今までの知見や常識がまったく通用しなかった」がくり返し強調されており、これからの想定外の出来事への対策はほとんど書かれていない。行政機関の報告書同様、これからに不安を感じさせる内容だ。

 併合タイプがどうしてできたかの解明は難しいとしても、最初から複数の抗生物質が効かない事例は、非病原性の大腸菌を調査した米国農務省農業研究局が、「抗生物質耐性菌は家畜糞尿だけでなく泥の中にも多数存在している(2012年11月30日)」で報告している。

 もとになった論文は2011年6月にPLoS ONE誌に掲載されたが、O104 事件後の報告書や総説論文では引用されていない。

 疫病学とは直接関係しない非病原性大腸菌を扱った論文だからかもしれないが、「複数の抗生物質にすでに耐性(薬が効かない)」はそれほど想定外の生物現象ではない。「想定外だった」で片付けず、広い視点で他分野の研究も調べ柔軟な対応をしないと、同じ失敗をくり返すことになる。

日本は大丈夫か 農水省の対応
 2011年のO104事件に対して、農水省消費・安全局は今後のレギュレトリーサイエンス(規制政策のための科学)に必要な研究の候補例としてあげている

 「スプラウト原料種子の検査法および生産現場での導入可能な種子殺菌法の開発」だが、検査法はすでに病原菌の遺伝子タイプが分かっている場合には有効だが、2011年O104のような想定外の事件には対応できない。また、どんな方法でも完全に種子殺菌できない病原菌もある。2011年O104タイプはEFSAの報告書によると「軽く加熱したぐらいで菌は死なない。唯一の対策は生でコロハスプラウトを食べないこと」だった。

 農水省がこの研究を実際に始めているのかは分からないが、想定外、今までの科学的知見では対応できない食中毒事件が起こることも想定した訓練が必要だ。もちろん原因菌の特定は重要で、優先課題だが、原因が分からない中で、死者、患者が増えていくとき、初動の段階でどう対応するかをリスク管理機関全体で考えておくべきだろう。

 ドイツでも連邦政府と州政府の連携のまずさがあった。日本は国レベルでも農水省、厚労省だけでなく、消費者庁という新たなリスク管理機関ができたので、想定外の事故が起こった場合、省庁間の足並みの乱れが想定されるからだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介