科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

植物防疫法 26年ぶりの改正 上意下達で現場に伝わるのか?

白井 洋一

病害虫の防除対策や海外からの侵入防止などを目的とした植物防疫法が今年中に改正される。1996年以来26年ぶりの改正らしいが、当時のスクラップブックを見ても、一般紙に関連する記事はない。農業、食品関係では、大阪でO157食中毒、遺伝子組換えダイズとトウモロコシの輸入始まる、イギリスでBSE(牛海海綿状脳症)などの記事が多く、1996年は食の安全が注目され始めた年だったようだ。

当時もその後もほとんど一般には注目されない「植物防疫」だが、農業分野でも病害虫関係者以外にはなかなか通じない。「植物防疫」ではなく「植物貿易」と思われ、病害虫防除か作物保護と言い換えるとようやく理解されるかなり特殊な業界用語だ。

農林水産省は、昨年(2021年)5月に、2050年までに化学農薬50%減、化学肥料30%減、有機農業面積100万ヘクタール(現在2万4千ヘクタール)など野心的目標を掲げた「みどりの食料システム戦略」を作った。今回の植物防疫法改正も、みどり戦略の一環で、化学農薬使用を減らし、多様な手段を併用した総合的病害虫防除を進めることを目的としているようだ。

改正のねらいは良いのだが、果たして生産現場の農家に伝わるのか不安になった。私が過去に見聞きしたいくつかの出来事から振り返ってみたい。

●植物防疫法の改正ポイント

植物防疫法のどこがどのように改正されるのか?  2022年3月11日に植物防疫のあり方に関する検討会が開かれた。

配布された改正案の概要は、背景・趣旨と改正の内容が整理されておらず、ウェブ会議の担当者の説明も分かりにくかった。農薬だけに頼らない「総合的防除」を進めるためとあるが、それがなぜ今回の変更につながるのか、今一つわかりにくい。私は害虫防除の研究をしていたから一応理解できたが、「分かる人に分かれば、それでよい」というお役所的な説明資料だ。法律案が国会を通り、施行されるときには「改正ポイントのイラスト」は一工夫してほしい。

上意下達で通じるのか 病害虫防除所や発生予察情報の認知度は?

私なりにまとめてみると、生産農家関係のポイントは以下のようになる。

  1. 化学農薬だけに頼らない「総合的防除」を推進する指針を農水省が作る。
  2. それをもとに、都道府県は地域の実態にあった推進計画を作る。
  3. 農業者が指導、助言に従わず、農作物に重大な損害を与える恐れがあるときには、県は勧告や命令をだすことができる。

3の具体的な事例は示していないが、適切な防除をせずに、他人の田畑でも病虫害の被害を引き起こすことなどを想定しているのだろうか? 勧告、命令とあるが、罰金などペナルティの内容もはっきりしない。

改正案の中味より、私が思ったのは、「農水省が指針を示し、都道府県が具体的計画を作り、農業者、生産現場に周知させる」という上意下達システムが果たして機能するのかということだ。

2005年10月、「植物保護ハイビジョン 農業における新たなチャレンジと植物保護」というシンポジウムがあった。

報農会という植物防疫関係の公益財団法人主催のシンポだ。その中で関東地方で広く白菜の委託栽培をしている農業法人の発表が興味をひいた。病害虫対策は年により、地域により、発生程度がさまざまで苦労が多いという。私は「各県には病害虫防除所があり、作物別に重要病害虫の発生予察(予測)情報を出している。それは利用しているのか」と質問した。答えは「ほとんど利用していない。前にある県の予察情報を見たが、データも少なく、大まかで使えないと思った」だった。

この後、いくつかのシンポや会議で、生産者に「病害虫防除所、発生予察情報を知っているか」聞いてみた。広い会場で直接では答えにくいと思ったので、発表が終わってから個別に質問したのだが、ほとんどが「知らない」、「あることは知っているが利用していない」だった。いずれも経営感覚あふれる専業農家、農業法人の人だったので、正直ショックだった。発生予察情報は「大まかな予報ではなく、もとになるデータを出してくれたら、それをもとに自分たちで判断する」という意欲的な人もいた。

この話をあとで農水省の担当課の職員に話したら、「ははは、そうですか。参考にさせてもらいます」とかわされた。「晴れのち曇り、ところによって雨が降るでしょう」式の発生予察はその後も続いている。今回の法律改正でも、予察情報の信頼性、利用性の強化は入っていない。

●雑草 ようやく法律の対象に

今回の改正で評価できるのは、雑草も有害動植物として正式に定義され、国内防除や輸出入検疫の対象になったことだ。改正案の概要では、最後のその他で、「国際基準と整合」とだけ書いてあるが、雑草も対象に加えたと書かないと新聞記者にも県の職員にも分からないだろう。

農水省の植物防疫関係者は、病害と虫害しか考えていなかった。2004年11月に初めて総合的病害虫管理(IPM)検討会を開いたが、「病害と虫害だけで雑草害が入っていない」と委員から指摘され、あわてて雑草を追加した。病害虫管理指針には雑草害も入っているが、追加的な位置付けだ。農薬も、殺虫剤・殺菌剤と除草剤は扱う団体が分かれているが、生産現場では、病害、虫害、雑草害はどれも作物栽培にとっては難敵だ。

今回の改正で、病害虫とともに侵入雑草や種子も植物防疫法の対象になる。以前(2011年9月)、日本植物防疫協会シンポジウムで、農水省検疫対策室の担当官が「侵入雑草は国際基準と異なっている。外来生物対策法で検討も考えられるが・・」など要領の得ないことを言っていたが、11年たってようやく前進した。今後、どこまで踏み込んだ対策をとるのか分からないが、侵入雑草や除草剤の効果が低下した雑草の繁茂は現場では大きな問題になっている。

●天気予報は外れると批判されるが

農協(JA)に入らず、出荷・販売も独自ルートでやる農家や法人が増えている。自らのアイデアで創意工夫して経営するやる気のある人たちだ。農水省にとっても期待できる先進的な専業農家のはずだ。このような農業経営者のどのくらいが病害虫防除所や発生予察情報を知っているのかは調査データがないのでわからない。存在すら知らないのか、知っているけど役に立たないので利用しないのかもわからない。

病害虫発生予察情報は、気象庁の天気予報と違い、予報が外れても農業系業界紙も含めメディアから非難されることはない。存在すら知らないのか、もともと期待されていないのか、ちょっとさみしい話だ。農水省が農業生産現場の現状を顧みず、「国→都道府県(知事)→農家」と、今まで通りの上意下達方式をとる限り、改正植物防疫法は現場に浸透せず、農水省の目論見も達成できないのではないか。私の予想が外れればよいのだが。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介