科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国の遺伝子組換え食品 表示義務化だが農務省の本気度は?

白井 洋一

今年(2022年)1月から、米国で遺伝子組換え食品の表示が義務化された。1994年の日持ちの良いトマトを皮切りに、トウモロコシ、ダイズなど組換え作物の商業栽培大国となった米国だが、食品の表示制度はなかった。表示を求める消費者団体と渋る産業界の攻防の末、2018年12月にようやく表示制度が決定した。

2020年1月から施行され、2年間の移行期間を経て2022年完全実施となったが、制度のなかみは複雑だ。遺伝子組換え(GMO)という用語は使わず、バイオ工学(Bioengineered)食品とし、表示(labeling)ではなく、情報開示基準(Disclosure Standard)であると強調し、GMOのマイナスイメージを出さないよう配慮している。情報開示の手段も、文字表示だけでなく、シンボルマークやQRコードの読み取りでも良い。制度の詳細はFoocom 食品表示・考「米国の遺伝子組換え表示が2020年より施行 油や糖類は対象外に」(2019年1月)を参照して頂きたい。

今回は表示制度のなかみではなく、米国の組換え食品の現状を紹介する。情報開示制度を担当する農務省農業市場局のウェブサイトには、対象となる組換え(バイオ工学)食品の一覧リストが載っている。

米国農務省のバイオ工学食品リストhttps://www.ams.usda.gov/rules-regulations/be/bioengineered-foods-list

米国では、トウモロコシ、ダイズ、ワタの9割以上が組換え品種という話はよく聞くが、他の組換え作物の栽培面積はどれくらいなのかとか、トウモロコシでも直接丸かじりするスイートコーンの栽培状況などはあまり知られていない。

2000年代前半には、害虫抵抗性・ウイルス病抵抗性ジャガイモや害虫抵抗性スイートコーンの栽培面積も農務省から公表されていたが、いつのまにか立ち消えになった。生鮮食物に関しては2018年12月に情報開示制度とともに開設された農業市場局のサイトが唯一の公式情報だ。

●遺伝子組換え食品のリスト

農務省のサイトには12の作物と1つの魚がリストされ、それぞれ品種名(導入遺伝子の種類によって区別したイベント名)、商業栽培国(米国以外も含む)、食品医薬品庁(FDA)の審査の有無、その他特記事項などが書いてある。生鮮食物を中心に要点を紹介する。

◯アルファルファ

除草剤耐性2品種と低リグニン1品種があり、米国とカナダで栽培されている。米国では120万ヘクタール栽培(2017年)。牧草としての利用が主だが、スプラウト(もやし)栽培では、ノンGMO種子を使用した記録を準備する必要がある。

◯リンゴ

褐変防止の3品種があり、商標はArcticで、ゴールデンデリシャス、グラニースミス、フジと品種名が付けられる。米国とカナダで栽培し、2017年10月時点で、100ヘクタール栽培され、2019年には560ヘクタールの予定。

◯カノーラ(ナタネ)

除草剤耐性の19品種がリストされているが、うち10品種が商業栽培されている。

◯トウモロコシ

除草剤耐性、害虫抵抗性など47品種がリストされている。スイートコーンとして栽培されているのはAttributeとAttribute-IIの2品種。カナダと米国で栽培されており、米国では10~25%が組換え品種と推定される(※公式な調査なし、バイテクメーカも栽培実績を公表していない)。スイートコーンは、導入遺伝子が同じ品種は、フィールドコーン(飼料や加工食品原料用、デントコーン)と区別せずFDAが審査する。ポップコーンはフィールドコーンとは別品種であり、組換え品種は栽培されていないので、すべて非組換えとみなすことができる。

◯ワタ

害虫抵抗性、除草剤耐性など34品種がリストされ、中国やインドなどで栽培されているものはFDAでは未審査。

◯ナス

害虫抵抗性1品種がバングラデシュで栽培されている。FDAでは未審査。植物検疫上の理由で、組換え、非組換えに関わらず、同国から生鮮ナスの輸入は認められない。

◯パパイヤ

ウイルス病抵抗性の1品種がハワイで栽培されている(商標はRainbow,SunUp)。中国でもウイルス病抵抗性品種が栽培されているが、植物検疫上の理由から、生パパイヤの米国への輸入は認められない。

◯パイナップル

カロチン増加、開花制御が1品種、コスタリカで25ヘクタール栽培されている(2017年)。FDAは審査済みだが(2016年)、まだ米国には輸入されていない。

◯ジャガイモ

37品種がリストされているが、2グループに分けられる。初期(1995年から)の害虫抵抗性とウイルス病抵抗性が27品種あるが、現在は商業栽培されていない。2014年からのアクリルアミド低減、低遊離アスパラギン、黒斑低減品種が10品種あり、商標はInnate。米国とカナダで栽培され、米国の栽培面積は3000ヘクタール(2017年)。

◯サケ

成長促進品種(商標はAquaAdvantage)のみ登録。養殖はパナマで行われ、米国に輸入される予定。FDAの審査済(2018年)だが、まだ米国には輸入されていない。

◯ダイズ

除草剤耐性、害虫抵抗性、油成分改変、収量増など20品種がリストされている。商業栽培されなかった品種もある(害虫抵抗性と油成分改変、各1品種)。

◯ズッキーニ(カボチャ)

ウイルス病抵抗性の2品種があり、小面積(990ヘクタール)で栽培されている。

◯テンサイ(シュガービート)

除草剤耐性の3品種がリストされ、現在商業栽培されているのは1品種のみ。米国のテンサイの90%は組換え品種になっている。米国産の砂糖原料はテンサイとサトウキビがほぼ半々である(2013年)。

以上が、農務省発の公式情報だが、栽培面積が書いてあったり、なかったり。情報源も2013~2016年と古く、なんとも不親切な情報提供だ。アルファルファのスプラウトの説明も何を意図しているのかわからない。今は栽培されていないジャガイモ品種も説明しているのだから、米国最初の商業栽培作物であった日持ちの良いトマト(フレーバーセーバー)の説明があっても良いと思うがない。全体に消費者や事業者の目線に立って情報提供しようという姿勢が感じられない。

特にスイートコーンの情報はいい加減だ。商業栽培しているのはシンジェンタ社のAttributeとAttribute-IIの2品種で、モンサント社の子会社セミニス社のパフォーマンスシリーズも2012年から販売されているのにまったく触れていない。商業化されている他社の製品があるかもしれないから、バイテク企業の団体(CropLife International)のデータベースも参照してほしいと逃げているが、農務省がちょっと調べればわかる話だ。

●リストは2018年のまま 新情報の追加なし

農務省が組換え(バイテク)食品の情報開示にやる気があるのかと疑いをもったのは、現在、公表されているリストが2018年12月に公開された時のままでまったく更新されていないからだ。2018年12月20日に公表されたものをプリントアウトしてあったので、比較して気付いた。スイートコーンの説明も同じだし、栽培面積、海外の栽培事情もそのままだ。

米国の新承認品種も更新していない。ジャガイモは2021年4月にZ6が、リンゴも2021年6月にPG451が新たに承認されたが、一覧表に追加されていない。どちらも農務省動植物検疫局のサイトで公表されている。〇年〇月更新と期日記載がないので一見わからないが、この怠惰さ、不親切さにはあきれてしまった。

●日本の組換え食品承認済みリストも不親切だが 

日本の厚生労働省は、食品安全性審査済の組換え食品と添加物の一覧をエクセルシート形式で公表している。

それによると、2022年1月現在、安全性審査を経た組換え食品は8作物(327品種)、添加物63品目だ。8作物とはジャガイモ(12品種)、ダイズ(28)、テンサイ(3)、トウモロコシ(208)、ナタネ(22)、ワタ(48)、アルファルファ(5)、パパイヤ(1)で、品種ごとに組換え体の性質、開発企業名、審査承認日が載っているが、国内栽培の有無や海外での現状の記載はない。

日本ではいずれの作物も商業栽培されていないので、栽培の有無の項目がないのは理解できるが、ジャガイモやトウモロコシは、北米ではすでに栽培されていない品種もかなりある。20年前に引退した品種と現役で活躍している品種を同列に記載しているのはどうかと思う。

大量に商業栽培している米国では、現在は栽培していないとか申請したが取り消されたなど、品種ごとにそれなりの説明があるのは評価できる。しかし、これらの説明は一貫したものではなく、書いてあったりなかったりだ。さらに情報をまったく更新していない農務省農業市場局のウェブサイトを見ると、これから情報開示制度をどれくらい本気でやるのか疑ってしまうのだ。表示制度を求めた消費者団体からもクレームはなかったのだろうか?

組換え食品の表示、情報開示義務化に反対した勢力は、義務表示にすると経費がかかり、その分、まわりまわって消費者に転嫁されると主張してきた。どれくらい物価が上がるのか、あるいはそれほど上がらないのか分からない。たとえ物価が上がったとしても、今回の制度のためとは判断できないだろう。価格の変動には複数の要因が関係するからだ。

それはともかく、米国の組換え食品情報開示制度はこれからどのように発展あるいは変化していくのだろうか? 農務省がどんな行政指導をするのか? そのやる気度も注目だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介