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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新型コロナウイルス 米国食肉工場閉鎖からの教訓 農業・食品産業は必要不可欠な職業

白井 洋一

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新型コロナウイルスの感染、死者数が最も多い米国では、今、多くの食肉加工場が閉鎖され、食肉不足に陥っている。豚、牛、鶏肉、いずれも同じで、カナダもいくつかの食肉工場が閉鎖されている。4月29日、「トランプ大統領 食肉処理場に供給継続命令 集団感染で工場閉鎖に懸念」と共同通信が伝え、日本でも各紙がかなり大きく報道した。

米国人や移民労働者の劣悪な条件や医療保険の不備などと絡めた米国批判の記事も散見されるが、ここでは最近の米国の動きを追い、今後、日本で教訓とすべきことを紹介する。

●米国の動き

感染者が急速に拡大し、3月中旬から全土で移動制限、都市封鎖が始まった。3月27日に「大手鶏肉工場で従業員感染、工場一時操業停止」と第一報が流れた。その後、タイソンフーズ、スミスフィールド、JBS、カーギルなど大手食肉工場で感染者が続出し、操業停止が相次いだ。

当初(4月上旬)、食肉工場は密閉、密接など感染しやすい作業条件ではあるが、工場が集団感染場所(ホットスポット)なのか因果関係ははっきりしないという論調の記事もあった。食肉メーカーも家庭や他の場所で感染したのかもしれないとコメントしていた。

しかし、4月13日に1工場で200人以上の感染者がでるなど、高い陽性率を示す工場が目立ち、死者も出たため、州政府や労働組合が操業停止を求めた。

4月23日、「全米で40%の食肉工場停止。食肉にできない豚、鶏の殺処分始まる」という衝撃的なニューズが流れた(Farm Press紙、4月23日)。肉に加工できない鶏や豚を飼っておく場所もないし、エサ代もかかる。「生きた家畜をタダであげます。肉にして食べていいですよ」と言われても消費者は手に負えないだろう。殺処分、安楽死しか選択肢はないということだ。

4月25日、農務省動植物検疫局は、家畜生産者に殺処分対策の指導をするための専門組織を立ち上げた。

4月28日、トランプ大統領が戦時下に制定された国防生産法に基づき、「食肉工場を閉鎖せず、食肉供給を継続するよう」大統領令を出した。感染者が出ても、そのまま工場を止めるなという強引な命令ではなく、農務省や健康福祉省の指導で、適切な感染予防対策を実施できた所から順次操業再開しろという命令だ。

しかし、5月6日時点で、大統領令に基づき、操業再開に至った工場はない。消毒や清掃を徹底し、従業員の感染検査も行うと企業は言うが、感染していないとわかっても多くの従業員は工場に戻らないだろうと、5月6日のUsAgNet紙は伝えている。多少賃金が割増しされても、多くの従業員が感染を恐れているからだ。

4月末で、19の州で計115の工場が操業停止か生産縮小しており、今後の食肉不足は避けられない。コストコやクロガーなど大手量販店は、「食肉は一人3パックまで」と購入制限を始めた(ロイター通信、5月4日)。行き場のなくなった家畜は週に数万頭の単位で殺処分されることになる。

●英国 農業・食品産業労働者もウイルス検査対象に

英国も感染者が多く、死亡者も米国に次ぐ世界2位だ(5月6日現在)。ヨーロッパ各国も感染者は多いが、北米のような食肉工場での大量感染、操業停止という悲劇は報告されていない。まったくないのか確認できないが、英国ではゼロのようだ。米国は少数の大企業が独占して大工場で集中して肉を生産するが、ヨーロッパでは大企業独占率は高くなく各地に分散しているからという説もあるが、はっきりした理由は今のところわからない。注意を怠るとヨーロッパの食肉工場でも集団感染がおこる危険はある。

英国では、食肉産業に限らず、農業、食品製造業で働く労働者も感染の有無を調べる遺伝子検査の対象に追加されたと4月24日のFarming UK紙が伝えている。

英国政府は必要不可欠な職業に従事する労働者(essential workers)のリストを作り、優先的に遺伝子検査を受けられるようにした。医療従事者、警官、軍人などだが、これに食料、飲料、生活必需品を生産、配送する労働者も追加された。目的は感染者を早く見つけること、無症状の感染者を見つけ、職場で感染を広げないことだ。これで食料や生活必需品の生産・供給ラインを安定して確保する。政府は1日10万人検査すると目標を掲げたが、まだ達成できていない。それでも、essential workerにどんな職業がリストアップされるか明示し、この職業に従事する人を優先して保護する政策は評価できる。職業に優劣はないが、日常生活を維持するうえで必要不可欠な職業を国民に知らせ、不要不急の職業と区別することは、今のような緊急事態時には必要だ。

 ●日本も食品産業従事者の健康チェックを行政の責任で

幸いなことに、日本は米国や英国と比べて、感染者、死亡者数とも現時点では一桁ないし二桁少なく、食品製造工場で多数の感染発生も報告されていない。しかし、食品工場や農産物の選果・加工場など、社会的距離が十分確保できない作業場は多い。メーカーや従業員はできる限りの感染防止対策をとっているが、彼らの努力だけでは限界がある。

日本は感染者数が少ないため、一人でも感染者が出ると企業名や場所が特定され、感染した人や事業所が悪いといった犯人扱いされがちだ(これはメディアの責任も大きいと思う)。

体温チェックや症状が出たら出勤を控えるなどの対策をとっているが、感染しても症状が出ない無自覚感染者(ステルス・キラー)の割合が高いことが明らかになった今、一月に一回、定期的にウイルス感染の有無を検査する体制を作るべきだ。これは医療関係従事者がまず優先だが、生きていくために不可欠な食料、食品製造業の生命線を守ることも重要だ。米国や英国の状況を毎日見ていると、日本も国、行政が必要不可欠な仕事に従事する人たち(essential workers)の健康と安全確保に責任を持つべきだと痛感する。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介