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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

新型コロナで外国人労働者に依存する欧米農業が危機に 入国規制緩和でしのげるか

白井 洋一

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新型コロナウイルスによる感染者、死者数は日本でも増え続けているが、アメリカとヨーロッパでは3月上旬から急激に増加し、今も収まる兆しは見えず、医療現場だけでなく、農業、食品産業にも影響が出ている。日本農業新聞は4月12日に「新型コロナまん延 欧米の農家 労働力不足で悲鳴」と報じた。

米国では25万人の外国人労働者が農業で雇用されているが、入国制限で労働者不足になっている。欧州連合(EU)でも労働者不足は深刻で、国境閉鎖の対象から農業労働者を外すことを検討しているという。欧米とも野菜や果樹の収穫、酪農など手作業が多く、遅れれば腐ってしまう農家で悲鳴が上がっている。

3月中旬から欧米のネット紙は農業現場の危機的状況を連日伝えていた。これを追っていて、私は、日本にとっても、対岸の火事では済まされない危機、災禍だと感じた。欧米の入国規制政策の変更点、今後の課題などを示し、日本での外国人労働者対策についても紹介する。

●混乱の欧州連合 入国規制条件を一転緩和

EUの行政府である欧州委員会は3月16日に各国が国境閉鎖することを認めたが、バラバラなルールではなく統一し、経済活動に重要な労働者(critical worker)の国境移動は認めた。この中には医療などとともに食品部門も入っていたが、東欧などからの季節労働者は含まれなかった。フランス20万人、ドイツ30万人、イタリア37万人、イギリス8万人が、季節移民として、各国の農業に貢献している。これが止まったので、収穫期を迎えた野菜や果樹農家はパニックになった。感染症拡大阻止も大事だが、食料の生産と供給が途絶えては生命にかかわる。

欧州委員会は慌てて、3月30日に規制条件を改正し、農業季節労働者にも国境移動を認めた(EurActic  2020年4月2日)。

西欧の先進国はこの改訂を歓迎したが、これで一件落着ではない。改正にあたり、感染拡大を抑えるため、陸路ではなく飛行機を使うことが望ましいというが、飛行機の便数も減っている。国がチャーター機を用意して季節移民を迎えに行くべきという要求もある。また各国は国内の失業者や学生に農業支援を呼び掛けているが、十分な人数は集まっていない。国内でも外出制限があり、都会から田舎に来て感染が拡大しないのかという心配の声もある。収穫や箱詰めといっても素人が簡単にできる単純仕事ではない。習熟と体力が要る。軍隊に救援を仰ぐべきという声も上がっている(FarmingUK, 2020年3月31日)。

イギリスは2月1日にEUからの離脱が決定したが、今は移行期間中でEUの規制に従わなければならない。政府は2月19日に単純労働(low-skilled labour)の移民は排除し、就労条件に英会話力を義務付けるという移民政策を発表した。農業労働者も単純労働とみなしており、農業界からは「これでは国産農業が成り立たない。輸入に依存することになる」と強く反対していた矢先だった。輸入どころか、どこからも生鮮食料を買えなくなる事態はだれも予測できなかった。

 ●米国  メキシコ人移民の入国手続き再開

米国は3月20日、カナダ、メキシコとの国境を一時閉鎖することで両国と合意した。米国への入国だけでなく、感染者数の激増する米国からの出国もできなくなった。しかし、EU同様、米国の農業界もメキシコからの季節労働者が入国できなくなるので慌てた。就労ビザには農業用(H-2A)と農業以外(H-2B)があるが、2019年7月に労働省が新規の就労ビザ規則をようやく決めたところだった。トランプ政権になってから、メキシコとの国境規制強化とともに、季節労働者の就労ビザ手続きも強化された。野菜や果樹は収穫期のみだが、酪農はほぼ通年の仕事なので、農業界の中でも要望が異なり、新しい規則作りは難航し、新制度がうまく運用されるのか注目されていた。

しかし、今は細かいことは言ってられない。メキシコからの季節労働者が途絶えて、生鮮食品が米国人の口に入らなくなっては、感染症以上に致命的なことになる。コロナウイルスは感染しても約8割の人は無症状か軽い症状で済むらしいが、食べ物はすべての人が毎日必要なものだ。

米国は農業、食品産業を生活を支える重要インフラと位置づけ、この産業の従事者に公式に敬意を表している。季節労働者のビザ申請が進むよう、すぐに国務省、農務省、労働省が連携して作業を再開した(UsAgNet、2020年3月27日)。

野菜、果樹、酪農だけでなく、小麦の収穫も季節労働者に依存している。収穫用コンバインもセットで毎年メキシコからくる移民チームもあり、代わりはない。また米国国内から応援を頼むにしても、ハイウエーのレストランが閉鎖しており、運転手の食事ができないなどの記事もある。ダイズやトウモロコシの種まきは順調に始まっているようだが、収穫や運送といった人手が関わるところでの影響はこれから深刻になるだろう。

●以前のように働きに来てくれるのか

4月15日時点での感染者数は、ルーマニア6800人、ポーランド7200人、ハンガリー1500人、ブルガリア700人で、9万から17万人の感染者がでているイタリア、スペイン、イギリス、フランス、ドイツよりはかなり少ない。米国でも60万5千人の感染者に対して、メキシコは5千人だ。

しかし、労働力不足から背に腹は代えられず、入国規制を緩めても、東欧やメキシコの労働者が感染者の多い欧米先進国に今までのように働きに来てくれるかはわからない。来てくれるとしても、労働供給国側で感染者が増えれば、入国制限を強化しなければならないだろう。欧米の入国規制条件変更で、農業労働者不足が解決するのか、4月15日時点で新しいニュースは入っていない。

 ●日本でも対策を考えている

欧米の季節労働者ほどではないが、日本の農業でも中国人やベトナム人などが研修生、実習生として強力な戦力になっている。3月上旬からのメディアの見出しを見てみる。

日本農業新聞(3月5日)中国人実習生入国困難 春の人手不足懸念 長野県では500人
・東京新聞(3月23日)関東の野菜農家に危機 中国人実習生の来日めど立たず
・日本農業新聞(4月1日) 人手対策を 技能実習生入国見通し立たず 農家ら訴え
・NHKニュース(4月7日) 農業分野の外国実習生 1700人来日の見通し立たず
・日本農業新聞(4月8日) 経済対策閣議決定 外国人材に代わる人手確保に60憶円
・毎日新聞(4月11日) 農水省 失業者を農家派遣 実習生来日できず 人手不足対策
・日本農業新聞(4月12日)コロナ禍の観光・飲食業 農家が人材受け入れ JAや行政が就労を仲介

農林水産省は外国人実習生の実態を3月9日付けで全国調査している。コロナウイルス関連サイトの後半、「外国人材(技能実習生等)を受け入れている皆様へ」を参照。

毎日新聞(4月2日)は外国人就労拡大1年目の解説記事の中で「農水省は3月中旬、農作業に携わる技能実習生約1000人の受け入れにめどが立たないと発表。新型コロナウイルスの影響によるもの」と報じている。日本農業新聞(4月8日)によると外国人材に代わる人手の確保として、農業高校・農業大学校の学生らの派遣・雇用を支援とある。

少し古いが、毎日(2018年11月16日)によると「2017年度の外国人農業従事者は2万7千人、中国人が最多だが、近年はベトナム人が増えている」とある。日本の農業人口は専業、兼業を含め約175万人なので、外国人の割合は1.5%程度となる。農水省の調査では、今回来日の見込みのたたない1700人のうち、中国人が1200人、ベトナム人が200人だ。

高齢化の中で、若い外国人農業者への依存度は高いが、幸いにも欧米のように大量の季節労働者に依存しているわけではないので、欧米ほどの影響はないかもしれない。農業学校の学生を活用とするという農水省の対策もどれだけ確保できるか今のところわからないが、EUの政治家が「不足した分は国内の学生や失業者に期待する」という場当たりな政策よりはましだろう。

コロナウイルス禍がいつ収束の兆しをみせるのか、そしていつ終息するのかはまったく見通しがつかないが、さまざまな影響が長期間続くことは確かだ。これから先、野菜や果物が不足したり、値上がりすることもあるし、今まで当たり前に買えていた食料品が手に入らなくなることもあるだろう。

野菜、果物、魚介など生鮮品は買いだめするわけにもいかない。食品が買えない、足りないという不安や不満は理解できる。しかし、作っている農家や食品業界の人たちのことも考えて、できるだけ落ち着いた行動を心掛けたい

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介