科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

どうなるトリチウム水の処分方法 国民理解とともに海外の市民団体対策も

白井 洋一

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東京電力福島第1原発事故から7年3か月。破損した原子炉に流れ込む地下水を止めるため、周囲に凍土壁が作られたが、流入阻止の効果は半分から4分の1程度で、汚染水の量は今も増え続け、汚染水を貯蔵するタンクの容量にも限りがあり、対策が迫られている。

放射性物質で汚染された水は、多核種除去装置(ALPS)で除去されるが、放射性トリチウム(三重水素)だけは除去できない。水(H2O)と同じような物理構造のためだ。トリチウムはセシウムやストロンチウムと異なり、人体に与える影響はごく小さい。海外や日本の原発では、今までも基準値以下のトリチウム水を近郊の海に放出してきた。

 専門家の多くは「基準値以下に薄めて海に流すのがもっとも妥当」という考えのようだが、福島県の漁業関係者は「原発から汚染水が流されたと風評が広まり、これまでの試験操業も台無しになる」と海洋放出に強く反対している。

2018年5月18日、共同通信など各紙は「トリチウム、海なら影響10年、政府小委員会が見解」と報じた。

●トリチウム処理法をめぐる検討会

経済産業省は2013年12月から、最後に残るトリチウム水の処分について検討を続けてきた。トリチウム水タスクフォース(作業部会)を2016年5月まで15回開催し、6月に報告書をまとめた。「さまざまな処理方法について技術的に評価したもので、関係者の意見調整や選択肢の一本化をおこなうものではない」と断わっている。

続いて2016年11月から、「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」が始まった。委員には社会科学、経済学、消費者コンサルタントも入り、主に、トリチウム水処理による社会的影響が議論された。処分によって、マスメディアやネットからどのように情報が拡散し、農林水産業や観光業に影響するか、いわゆる「風評被害」対策がメインテーマになった。

 5月18日の各紙の記事は2018年5月18日に開かれた8回目の小委員会の結果だ。

資料3の社会的影響の考え方に社会的影響(いわゆる風評被害)の特徴分析が載っている。

資料の表2、3、4をまとめると下表のようになる(筆者作成)。左の放出経路、完了までの期間、リスクの残存は、科学的に検討した結果で、右の社会的影響が社会科学の専門家を中心にまとめたものだ。

 トリチウムの処分方法と社会的影響の特徴

トリチウムの処分方法と社会的影響の特徴

5月18日の小委員会では、どの方法が良いと結論していない。ここで示した選択肢をもとに、夏に東京と福島で説明・公聴会を開き、会場に来られない人の意見も受けつけることになった。従来、専門家筋から出ていた「海洋放出ありき」ではなく、選択肢の情報を公開し、関係者に考えてもらうというスタンスだ。

海外の環境団体対策も必要

表では、海洋放出、大気放出により影響の及ぶ地域として、海外もあげている。海外の原発反対団体の意図的な情報発信も社会学者は想定しているようだ。最近の海外の環境団体の動きを見てみよう。

昨年(2017年)11月、欧州連合(EU)は日本の農林水産物の輸出規制を大幅に解除した(農水省2017年11月13日)

しかし、欧州議会は9月に、「解除は早い、再検討を求める」決議を出し、賛成543、反対100、棄権43で可決された。しかし、農薬や遺伝子組換えの承認騒動のように、ごり押しはせず、最終的には承認されたが、反対決議の理由は3つあった。

1.EU市民の健康を守るために必要。

2.規制緩和の決定根拠・データがはっきりしない。汚染食品が出回らないと保証されていない。

3.汚染水は今もタンクに保管されている。海に流れ出す危険がある。

反対決議を主導したのはフランスなどの環境団体で、これにグリーン系議員が追随したようだ(EurActiv 2017年9月7日)

タイでも市民団体の抗議で、バンコクの日本料理店で、福島産のヒラメ、カレイなどの提供を中止した。タイは福島の魚介類の輸入を禁止していないが、消費者団体が保健省に「危険な魚をタイ国民に食べさせるな」と抗議し、インターネットで情報が拡散したという(毎日新聞、2018年3月12日)

トリチウム水を海洋や大気中に放出した場合、海外の環境団体は危険を強調した情報を発信するだろう。ごく低濃度のトリチウムは安全なこと、ヨーロッパの原発でも海や大気に放出していることは分かっていても当然知らないふりだ。1つ1つの市民団体対策はできないが、外交ルートを通じて、早い段階から情報発信し、政治家が振り回されないようにする必要がある。

 ●漁業者が反対するのは風評被害だけではない

経産省の小委員会は処分法の選択肢を示しただけで、海洋放出が最適とは言っていない。説明・公聴会や意見募集の結果で、どのようになるのか今のところはわからない。「福島の漁業関係者は風評被害を懸念して海洋放出に強く反対している」という報道記事が多いが、反対の理由はそれだけだろうか。私は今までの東京電力の情報発信のやり方に対する不信感があるように思う。

事故直後の2011年4月4日、高濃度汚染水の保管先確保のため、低濃度汚染水約1万トンを海洋放出したが、地元自治体や周辺国への事前説明はなく、批判を浴びた。

2015年2月25日、原発1号機と2号機で汚染した雨水が海に流出したと発表したが、10か月も後になっての発表で、漁協は「信頼関係が崩れた、今後の放出計画は白紙に」と硬化した。

2017年7月13日、東京電力の川村会長が「もう判断している。海に放出する方針」と報道陣に語り、後で「配慮が足りない発言だった」と謝罪した。この時期は経産省の小委員会で処分方法や社会的影響対策について議論が続いていたときだ。

このほかにも、説明不足、情報公開の遅れはいくつかあった。漁業関係者や地元自治体の反対はこのような過去が積み重なった結果のように思う。

どの処分法を採用するにしても、汚染水処理の問題は避けられない。トリチウムがどんな物質であるかを国内外にきちんと広報し、根拠のない心ない情報が拡散しないようにしてほしい。汚染水処理を含む廃炉作業はこれから20年、30年と続く。今回限りの作業ではない。国も東電も正面から向き合って説明責任を果たし続けてほしい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介