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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

青いキク ミラクリントマト 超早咲きリンドウ 実用化に向けて日本のバイテク作物も健闘 

白井 洋一

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新しい技術を使った新品種育成というと、最近は特定の遺伝子配列を正確に操作できる「ゲノム編集技術」が話題だが、新育種技術はこれだけではない。また外来遺伝子を導入する「遺伝子組換え技術」にも、この技術だからこそできる利点がある。今年後半、日本の大学と研究開発法人から、期待できそうな組換え作物、新技術が実用化に向けて第一歩を踏み出した。

●初の国産組換え食品 ミラクリントマト 食品安全委員会で審査始まる

ミラクリンとは西アフリカ原産のアカテツ科の果樹(ミラクルフルーツ)のもつ成分で、酸味を甘味に変える。ミラクリン自体は甘みがなく、現地では酸っぱいヤシ酒や酸味のある穀物と一緒に食べて甘く感じる食品として利用されている。

肥満、糖尿病など生活習慣病に悩む先進国では、糖分ゼロの甘味誘導食品(補助食品)として期待されている。しかし、ミラクルフルーツからミラクリンを収穫するには年数がかかり、量も限られる。筑波大学の江面教授らのグループは、ミラクルフルーツ由来のミラクリン産生遺伝子をトマトに導入してミラクリンを作らせることに成功した。トマトは温室やハウスで1年中、栽培できる。このトマトから粉末加工品のミラクリンを精製し、ずっと安価に安定生産できる見通しがたった。

商業生産するには組換え食品としての安全性審査が必要だ。2017年12月5日の食品安全委員会にあがり12月22日の組換え食品等専門調査会で審査が始まった。

食品安全委員会が国産の組換え食品の審査するのは初めてだ。トマトも初めての案件であり、これまで審査してきたトウモロコシやダイズなどの特性(導入形質)とはかなり異なるので、委員からはいろいろと注文や追加データ要求がでるだろう。専門調査会は申請者抜きの場で審議されるが、後日議事録が公開される。これらを熟読して、委員がどんな要求をしているかを察知して、追加データを提出してほしい。欧米市場への輸出も考えているようだが、まずは日本での安全性承認が第一だ。

●真の青色組換えキク 最大の難関は生物多様性条約カルタヘナ法

8月4日、農研機構の野菜花き研究部門は「青いキク誕生」とプレスリリースをした。

今までに、サントリーが組換え技術を使った青いバラとカーネーションを商業生産しているが、これは青色というより薄紫色で、私は「これでブルーなのか、あまりぱっとしない」と常々思っていた。

今回、農研機構が開発したキクは真に青色で輝くように美しい。キクは黄、赤、白など様々な花色があるが、青色色素を自ら合成できないので、掛け合わせや突然変異誘導で青いキクを作ることはできない。今までは他の植物から1つの青色色素遺伝子を導入していたが、青紫色のカンパニュラ(キキョウ科)と青色のチョウマメ(マメ科)の遺伝子を導入して、真の青色を作ることに成功した。

この青いキクには、国内外から数十件のメディア取材があった。メディアだけでなく、キク栽培農家からも「いつ商品になるのか?」、「うちでも栽培できるのか?」と研究所に電話があったという。農研機構のプレスリリースがメディアだけでなく、現場農家からもこれほど注目されるのはきわめて珍しい。

画期的な青色キクだが、商業栽培への道は険しい。8月4日の農研機構のプレスリリースの最後、「今後の予定と期待」には次のように書いてある。

「日本には交雑可能な多様なキク野生種が自生していることから、交雑による生物多様性影響リスクを低減した研究開発を10年後の完成を目指して進めていきます」

遺伝子組換え生物の環境影響は生物多様性条約をもとに作られたカルタヘナ議定書国内担保法で審査される。野生生物への影響は、1.近縁野生種と交雑するか、2.有害物質を産生しないか、3.雑草化してまん延し他の生物種を駆逐しないか、この3つがチェックポイントになる。

栽培キクと交雑可能な野生種は本邦には複数種存在する。農研機構は交雑しても子孫を残せないよう花粉に活性を持たない(雄性不稔)形質を加えるなど、いくつかの交雑リスク低減技術を検討している。しかし、10年は長い。確かに交雑可能な野生キクはあるが、青色キクのような高価値の栽培品種は野外の露地で誰もが勝手に作るわけではない。管理されたガラス温室やビニルハウスで、農家、花き業者が栽培する。許可なく他の農家に譲渡しないこと、周辺に貴重な野生キクが分布している地域では栽培しないことなどを守れば、交雑リスクは大きく減るはずだ。

雄性不稔など何らかの交雑リスク低減対策は必要だが、実際の栽培条件を考慮して、生物多様性影響を評価してほしい。どこに生えているかわからない野生キクを対象に、「一株(一花)でも交雑する可能性があるなら承認できない」という非現実的な審査は避けてほしい。審査する委員の先生方は学者で専門知識は豊富だが、実際の栽培現場の常識はそれほどでもない。委員や行政の担当者に高価値キクの栽培現場をまず知ってもらうことが大切だ。

なぜこんなことを心配するかというと、生物多様性影響検討会は以前、某県試験場が開発した害虫抵抗性Btキクに理不尽とも思える注文をつけ、野外での試験栽培を承認しなかったことがあるからだ。この件は当コラム(2013年6月5日)「密室審議はやめて議事録公開へ 日本の生物多様性影響検討会」を参照してほしい。この悲劇だけは避けたい。

●開花促進で育種期間短縮 岩手大のALSVリンドウは組換え体に該当せず

新育種技術には、最終産物(収穫物)ではなく、品種育成の途中で組換え技術を利用し、育種の手間と時間を短縮し、収穫物には導入遺伝子が残らない技術も開発されている。

掛け合わせで品種育成するには、種をまき、花ができ、おしべとめしべを掛け合わせ、交配を繰り返す。「桃栗3年、柿8年」というように果樹では花ができ実がなるのに何年もかかる。花でもけっこう時間がかかる。岩手県では輸出用に花弁の開くエゾリンドウの開発をめざしていたが、なかなかうまくいかなかった。

岩手大学の吉川教授らは、リンゴ小球潜在ウイルス(apple latent spherical virus、ALSV )を使って、開花期間を短縮させることに成功した。開花まで約2年かかっていたが、6か月に短縮でき、花弁の開くエゾリンドウの開発が進んだ。途中段階では花芽分化を促進する遺伝子を導入するが、掛け合わせでできた個体の種子に導入遺伝子は残らないし、ALSVも残らない。実験室段階では組換え体だが、野外での商業栽培に用いる個体は組換え体ではないので、カルタヘナ国内法の規制対象外になる。

外来遺伝子やALSVが残っていないことは、テッシュブロット・ハイブリダイゼーション法、リアルタイムPCR法、エライザ―法を使って確認した。今回はエゾリンドウだが、岩手大学は今後、リンゴの品種改良の育種年月短縮への利用も考えている。リンドウ以上に期間短縮の効果が期待できる。

「開花促進エゾリンドウは組換え体には該当しない」という発表は2017年11月22日に開かれた生物多様性影響評価総合検討会で、農水省消費安全局農産安全管理課の担当者から報告された。総合検討会で学識経験者が検討した結果、「組換え体に該当しない」と判断したのではなく、岩手大の提出データを用いて、農水省と環境省の行政部局が判断した。

この判断システムに異論はない。当日の検討会での、学識経験者と農産安全管理課担当者のやり取りでも、「個別案件ごとに申請者は窓口(農産安全管理課)に相談してほしい」、「1つ1つの案件ごとに技術的な面は検討会(農作物分科会)の専門家に相談しながら対応する」ということだった。

岩手大が提出した資料は、11月22日の総合検討会の参考資料3として、後日議事録とともに公開するとのことだったが、本日(12月26日)現在、議事録や添付資料は公開されていない。

●トウモロコシの種子生産技術SPTの扱いは議題を明示して公開した

公開が遅れているのも問題だが、それ以上に問題なのはたとえ公開されても、議事次第には、「その他」とあるだけで、ALSVも開花促進リンドウも記されていないことだ。最後に参考資料3として、「ALSVベクター利用・早期開花技術を用いたリンドウの新たな品種育成について」というPDFが添付されるはずだが、これは申請者の提出書類であって、行政当局がどのようなプロセスで「組換え体には該当しない」と判断したのかは、議事録をていねいに全部読まなければわからないのだ。せめて、議事次第の見出しに「ALSVベクター利用・早期開花技術を用いたリンドウの新たな品種育成についての判断」と書いてほしい。

品種育成の途中段階で組換え技術を使うが、最終産物には残らないので、組換え体に該当しないという判断は今回が2例目だ。 最初はデュポン社がトウモロコシの品種育成の途中段階(収穫物の3世代前)で組換え雄性不稔技術を用い、ハイブリッド(交配)種子の生産効率をあげたSPT(Seed Production Technology)だ。SPTの扱いは2013年1月21日の厚労省薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会で議題「SPTプロセスによるハイブリッド種子の取り扱いについて」と明示されている。

審議結果デュポン社提出資料も公表されている。

食品安全審査は、厚労省も食品安全委員会も議事は非公開でも、決定事項や議事録はおおよそ1月以内に公開されるし、議事の見出しもついてわかりやすい。一方、生物多様性、環境影響評価を担当する農水省と環境省は、議事録公開も遅く、見出しもなく分かりにくいし、農作物分科会の審査は密室で議事録どころか、いつ何を検討したのかさえ公表されない。密室で隠すような審査をしているのではないのだから、食品安全審査をみならって、まともな姿に改善してほしい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介