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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

BSEの検査基準変更 健康牛の検査は廃止するが異常行動はしっかりチェック

白井 洋一

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食品安全委員会は、BSE(牛海綿状脳症)の検査基準変更について8月11日までパブリックコメント募集中だ。

この案件は2016年2月3日の当コラム「BSEパブリックコメント募集中の検査対象月齢見直し 20→30→48月齢以上から原則廃止へ」で紹介したが、厚生労働省から食安委に審査してほしいと諮問のあった2点のうち、「特定危険部位(SRM)の範囲」の変更は後回しにして、「48月齢以上の健康と畜牛の解剖検査を廃止する」の1点だけになったのでわかりやすいものになった。

評価書の概要でも、変更する点、しない点を示し、健康牛の解剖検査は廃止するが、運動障害など目視で異常が疑われた牛の検査や危険部位を牛のエサに使わない規制は今後も続けると説明している。今までのBSEに関する一般向け解説より格段にわかりやすい。

結論は2013年7月に検査対象月齢を48月齢以上にしたが、今回、健康牛の検査をすべて廃止しても、人のプリオン病発症につながる確率(リスク度)が上がることはないだ。主な理由は、(1)この3年間でエサを介して発生する定型BSEの発生はゼロ、(2)自然発生的に孤発する非定型BSEも発生はゼロで、(3)海外でも非定型BSEと人のプリオン病(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の関連を示唆する報告はないの3つだ。しかし、これだけでは食安委のお知らせの受け売りなので、もう少しデータを深読みしてみる。

改めて全頭検査の成果をふり返る
日本では2001年9月から2009年1月までに計36頭のBSE感染牛が見つかった(定型34頭、非定型2頭)。このうち、見た目は行動などに異常がなく、解剖して疫学的検査をした結果、BSEと診断されたのは12頭(うち非定型1頭)だ。 定型では34分の11(32.3%)、全体では36分の12(33.3%)で、3分の1は解剖検査をして初めて分かったことになる。この数字をどうとらえるか。
参考 日本でのBSE陽性状況(第72回プリオン専門調査会の資料4の2)

エサ規制以前に生まれた高齢牛は検査なしで大丈夫か
非定型も含め36例はすべて異常プリオンのたまりやすい部位を牛のエサにしたり、肥料にして畑に撒いたりしないなどの規制をする前に生まれた牛だ。しかし、2001年10月のエサ規制後に生まれた牛は大丈夫として、規制前に生まれた高齢牛は検査しなくても大丈夫なのかという不安は残る。2016年5月現在、このような高齢牛は全国に2万1000頭いる。しかし、規制前出生牛でも、2009月1月以降、検査をしてもBSE陽性牛は一頭も見つかっていない。残る2万頭の牛で、見た目は健康だがBSE陽性の牛が発生する確率は極めて小さいだろう(もちろん確率ゼロではないが)。

非定型BSEは高齢牛に多いというが
日本では2頭の非定型BSE(どちらもL型)が確認されたが、1頭は健康牛(23月齢)、もう1頭は異常行動ありの169月齢(14年1月)だった。世界全体でも非定型BSEの発生は約120頭で、定型BSEの合計19万670頭に比べてはるかに少なく、発生月齢との関係から統計学的に解析するのは現時点では難しい。食安委のリスク評価でも、前述したように発生確率が非常に低いこと(100万頭あたり0.07~0.09頭)、人のプリオン病との関連性がないことから、リスクはひじょうに小さいと判断している。妥当な評価だと思う。

学問的にはまだ分からないことも
今回の検査基準変更で、食卓にBSE感染の牛肉が上がる確率(リスク度)が増すことはないので、食の安全上は問題ない。しかし、日本を含め世界で研究と追跡調査が続く中、学問的に興味あることやまだ原因がはっきりしないことも出てきた。非定型BSEの型変異とエサ管理徹底後に散発的に発生する定型BSEの存在だ。

非定型 異常プリオンのタイプはさまざま HとL型だけではない
定型、非定型は異常プリオンの分子量が異なるため、免疫化学検査のバンドパタンによって分類される。定型より分子量の多い型をH型、少ない型をL型としているが、スイスではHでもLでもない第3の型が2頭見つかっている。さらに今年3月、動物衛生研究所は、カナダで見つかったH型をマウスに接種すると4世代で、H型とは異なるバンド型が出現することを論文にして発表した。このバンドパタンはL型とも、定型とも異なる。これはH型は変異しやすいことと、まだ新たなタイプの非定型が見つかる可能性を示したが、重要なのは、これらの異常プリオンに感染力があるのか、さらに人のプリオン病につながる可能性があるのかを見極めることだ。
参考 非定型BSEから新規BSEが出現(2016年3月10日 動物衛生研究所プレスリリース

定型でもBARBの原因は不明
エサ管理がされているにもかかわらず、ヨーロッパやカナダでは年に1、2例、定型BSEが見つかっている。 エサ管理徹底後に散発的に発生するBSEとは、異常プリオンのたまりやすい部位を牛のエサに使用しない規制をした後に生まれた定型BSE牛のことで、BARB(Born After Reinforced Ban)(バルブ)と呼ばれる。

5月11日のセミナーで、イギリスの研究者(ホープ博士)はバルブの原因は分かっていないと残念そうに語った。プリオンは野外で10年以上活性があるので、過去に発生した感染牛の糞尿が牧草地に広がったか、あるいは規制前に危険部位を肥料にして牧草地に撒いたのが残っているかなどが考えられるが、原因は特定できていない。日本でバルブが発生しないのは、感染頭数が34頭で、英国(18万4千頭)、アイルランド(1600頭)、フランス(1020頭)と比べて少なく、糞尿や肥料として牧草地に曝露された量が少ないからだという説がある。しかし、カナダでもバルブは散発しているが、発生総数は日本より少ない20頭なので、暴露総量説も絶対ではない。近年のバルブは60~70月齢で症状が出ており、潜伏期間がやや短い傾向があるが、まだはっきりしたことは分からない、不明な点が多いとのことだった。

参考 食安委セミナー「BSEと食の安全に関する科学」(2016年5月11日)

BSE 次にメディアがとりあげるのは
厚労省が諮問した2つの案件のうち、特定危険部位(SRM)の範囲の変更は、今回は見送りになった。SRMの変更は農林水産省管轄の家畜・飼料管理体制の確認が必要との専門家からの宿題に、厚労省、農水省側の準備が遅れているためのようだが、結果的には1つの案件だけの変更を問うことになり、パブコメ、リスコミの点ではよかったと思う。2013年に検査月齢を20月から30月に引き上げたときは、国内牛と輸入牛を一緒にやったため、「危険な米国産牛肉が入ってくる」と偏って強調され、論点がぼけた。7月21日、東京で開かれた意見交換会(リスコミ)で、私は「SRMの範囲変更はいつやるのか」と聞いたが、厚労省の担当者は「提出資料の準備ができ次第・・・」との回答だった。

21日、東京のリスコミでは、BSE全頭検査継続を要求し、特に米国産牛肉を危険視してきた老舗の消費者団体と生協の幹部が発言した。「30月、48月、そして全廃となし崩し的だ」、「米国の要求時期と重なるのではないか」などと発言した。これに対して、「プリオン専門委員会は政治的背景で審査することはない」、「今回は輸入牛肉ではないし、輸入に対しても米国を特別扱いすることはない、各国の状況によって判断する」との回答で、さらなる鋭い質問はなかった。参加者も150人募集に対して47人で、過去のBSE関連のリスコミの満席、反対意見続出とは程遠い雰囲気だった(この後の札幌、大阪、福岡会場の様子は不明)。

健康牛の検査廃止は法律改正や自治体の検査機関への周知を経て、来年度から実施される予定だ。以前のコラムで書いたように、メディアが社会面や経済面でBSEを話題するのは、米国が現在の30月齢までの輸入条件見直しを求めてきた時だと思う。私はバルブの発生原因や、それよりなにより、定型BSEの最初の1頭はどこから始まったのかがもっとも気になるのだが、これは科学者、研究者としての関心ごとであり食の安全の問題ではない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介