科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

「安全なのは放射線量がゼロの時だけ、論文に書いてある」小笹論文を勝手に脚色したがん細胞研究者

白井 洋一

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 科学者や研究者が他人の論文の図や表を引用する際にはルールがある。たとえば白井(2012年)の論文の図や表をそのまま引用するときは、「白井(2012)を引用」でよいが、図や表の一部を抜き出して改変したり、表で示されたデータを図に書き換えたときは(その逆もおなじ)、「白井(2012)を改変」とか「白井(2012)をもとに筆者が作成」と断らなければならない。これは科学の世界では常識で、ルール違反はイエローカードになる。即一発退場(レッドカード)ではないが、ルールそのものを知らないのか、知っていて違反をくり返すような科学者はまず信用できない人物と考えてよい。

住民の健康管理のあり方専門家会議

 いま、環境省主催で「福島原発事故にともなう住民の健康のありかたに関する専門家会議」がほぼ月1回のペースで開かれている。

 この会議は、今までに被ばくした線量(ヨウ素とセシウム)や今後の追加被ばく線量(セシウム)を推定し、これから長期間にわたる健康管理や医療のあり方をどうするかを検討するのが目的で、福島県や近隣県の住民を対象にしている。専門家会議では17人の医師や放射線科学の専門家のほか、毎回、さまざまな分野、立場の専門家を参考人として招き、意見を聞いている。

 第4回(2014年3月26日)の会議では、元放射線医学総合研究所主任研究官・医学博士の崎山比早子氏が意見を述べた。崎山氏は福島原発事故の国会事故調査委員会の委員を勤め、反原発の科学者たちで作る「高木学校」の主要メンバーの一人だ。

 3月26日の会議で、崎山氏は広島にある放射線影響研究所の小笹(Ozasa)氏らが執筆した論文「原爆被爆者の死亡率に関する研究、第14報、1950~2003年」を根拠に「線量あたりの(総固形がんの発がん)リスクは、200ミリグレイ以下の方が全線量域のリスクよりも高い」、「このことから論文の著者らは、放射線が安全なのは放射線がゼロのときのみだと結論しています」と述べた。

 これに対して、委員から「論文の結論の書き方がちがっているのではないか」、「安全なのは線量ゼロの時のみというのは、崎山先生の解釈であって、小笹先生の解釈、主張ではない」、「線量の低いところのリスクは小さいので、検出値はバックグラウンドのゆらぎの中に隠れてしまう。論文ではリスクがゼロかどうかを議論しているのではない」と厳しく指摘された。

 崎山氏が小笹論文の内容を誤解、曲解したのが問題ではない。それは崎山氏の論文読解能力が低いだけのことだ。問題は資料として崎山氏が提出した引用文献の示し方が専門家としてルール違反なのだ。

 崎山氏提出資料の48,49頁で、引用元を「Ozasa et al.2012」としているが、これらは原著論文の図の一部だけを強調したものと彼女がまったく別のスタイルの図に書き換えたものだ。この場合は「Ozasa et al.2012をもとに崎山が作成」と書かなければならない。

 委員の指摘に対して、崎山氏は「私が言っているのではない、論文の要約の最後に書いてある」と自分の非を認めず、あげくは「(リスクが)小さくなると検出できないということを専門家が言うから、ゼロであるというような誤解を生むわけですよ」と論文を書いた側や会議の委員の方に責任を転嫁した。

 他の委員からも「1枚の図にのみ準拠して議論するのは、そもそもサイエンスではない、こういった議論はやめてください」、「専門家ならそういったことはしないと思いますが」という声があがったが、崎山氏から反省の弁はなく、時間切れで次の議題となった。

 他人の論文の一部の表現だけをつまみ出し、自分の責任はうやむやにしてしまう。なんとも悪質というのが傍聴していた私の感想だ。

 5月20日の第6回会議では、問題になった論文の著者、小笹晃太郎氏が参考人として出席し「ゼロで収束するモデルを使っているので、誤解を招くかもしれませんが、この論文では線量ゼロの時のみ(発がん)リスクがゼロとは言っていない」と説明した。

第4回(2014年3月26日)議事録

第4回(2014年3月26日)崎山比早子氏提出資料

小笹氏らの原著論文(Radiation Research 177, 229-243, 2012)

第6回(2014年5月20日)小笹晃太郎氏提出資料

漫画「美味しんぼ」大阪府・大阪市の抗議

 小学館の漫画雑誌「ビックコミックスピリッツ」に連載された「美味しんぼ、福島の真実」では事故のあった福島県の原発を取材した主人公たちの鼻血が話題になり、福島県や双葉町は事実に反すると抗議文を出した。大阪府と大阪市も同様の抗議文を出している。

 これは漫画の中で「大阪市で受け入れた震災廃棄物(がれき)を処理する焼却場の近くに住む多数の住民に眼や呼吸系の症状が出ている」という表現に対しての抗議だ。

 大阪市此花区にある焼却場が受け入れた災害がれきは福島県の原発周辺からのものではなく、岩手県宮古地区のもので、セシウム濃度が100ベクレル/kg以下で、焼却中も処理後も周辺の放射線量に影響はなかったことが確認されている。大阪府・大阪市はこのような表現の具体的根拠の開示を強く求め、場合によっては法的措置を講じるとしている。

 漫画で「大阪の焼却場近くの住民1000人を対象とした調査で不快な症状を訴える人が約800人いた」と語ったのは、岐阜環境医学研究所の松井英介所長(医師)だ。松井氏と崎山比早子氏は共著で「放射線被ばくから子どもたちを守る」という本を書いている。

 864円出してわざわざ買う本ではない。ほぼ同じ内容が無料でダウンロ-ドできる。
 美味しんぼ騒動では、スピリッツ編集部が見解(2014年5月12日)を出し、大阪府・大阪市や福島県、双葉町からの抗議文とともに、有識者数名のコメントも載せている。

 

 崎山氏のコメントもあるが、3月26日の専門家会議で批判されたことや、松井医師の大阪焼却場付近の住民の話は一切でてこない。このコメントだけ読めば、「そうなのかあ、そうだよな」と信じ込む人も多いだろう。
美味しんぼ騒動に関する崎山氏のコメント(4頁目)

反則プレーお構いなし 巧みなオフサイドトラップ戦術

 崎山氏や松井医師の言うこと書くことの部分部分は正しい。すべてが嘘、はったりではない。しかし、崎山氏の専門家会議での言動や周辺に連なる人たちを見ていると、なんともうさんくささを感じるのだ。

 こういった類の医師、専門家、科学者は放射線問題だけでなく、農薬、添加物、遺伝子組換え食品などの分野にもしばしば登場する。彼ら彼女らはしたたかだ。「○○先生も言っている、論文にも書いてある」と都合の良いところだけをつまみ出して、不安、恐怖を煽る。これに対してきちんと警告を発し、退場を命じるレフリーがいないので、反則行為はお構いなしだ。

 試合の流れ、相手(取材記者)の力量を見抜くのもうまい。相手によって、情報の出し方をコントロールし、専門知識が豊富そうな記者には、怪しい情報はもちださない。オフサイドラインを自在にあやつり、若手や専門知識のない記者がトラップに引っかかる。私の知る限り、東京新聞、毎日新聞の若手や中堅叙情派記者が崎山氏の言われるままを記事にしている。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介