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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

深刻な海の温暖化 絶滅危惧の太平洋クロマグロはどうなる

白井 洋一

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 11月11日から22日まで国連気候変動枠組み条約第19回締約国会議(COP19)がポーランドで開かれる。EU(欧州連合)最大の温室効果ガス(二酸化炭素)排出国であり、石炭火力発電所の大幅規制を求めるEUの提案に唯一反対票を投じているのがポーランドだ。各国の利害がからみ、いつも荒れる国際会議だが議長国ポーランドの采配ぶりが注目される。

IPCCレポート発表 海の温暖化も深刻
 会議は各国の利害対立が目立つが、どの国も地球温暖化が深刻な問題であることは認めており、論争も科学的根拠のあるデータをもとにくり広げられる。そのもとになる科学レポート、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書」が9月27日に公表された。

 「温暖化が人間活動の影響である可能性はきわめて高い」、「今世紀末には平均気温が4.8度上昇し海水面も82センチ上昇」などの見出しでメディアが報じた。

 前回の第4次報告書(2007年11月)では「ヒマラヤの氷河が2035年までに消滅する」とした根拠データが誤りだったことが後でわかったこともあり、「IPCCは科学的根拠のある信頼できるデータだけを使え」、「政策提言など長々と余計なことは書くな」と各界から注文がついていた。

 そのためか、今回の報告書は根拠データの信頼性を慎重に審査し、やや控えめなトーンになっている。それでも人間活動による影響の可能性は前回の90%以上から95%以上へと、温暖化が人為的なものであることをより強調した内容になっている。

 海の温暖化についても、「海洋上層(水深0~700m)で水温が上昇していることはほぼ確実(可能性99~100%)」、「3000mより深い深層でも水温が上昇している可能性が高い(可能性66%以上)」と前回以上に海洋の危機を強調している。

 海は大気の熱を吸収するので、人間を含む陸上生物にとっては良いことなのだが、このまま海水温が上昇し続けると、今までのように大気の熱を吸収する余力があるのかという新たな問題も出てくる。

海の酸性化も進む 悪循環に?
 IPCC報告書では「海は人間活動で排出された二酸化炭素の約30%を吸収し、海の酸性化を引き起こしている(可能性66%以上)」と高水温化ともに酸性化を警告している。

 酸性化や酸素不足による海洋生物への影響は今までにもいくつか報告されているが、「海の酸性化がさらに地球温暖化を加速させる」という新研究がNature news (2013年8月25日)で紹介された。

原著論文はNature Climate Change誌だ。

 海が酸性化するとジメチルスルフィド(Dimethylsulphide,DMS)という硫化物を産生する植物プランクトンが悪影響を受けて減る。DMSは大気中に放出されて霧状になって熱を冷却する効果がある。だから海が酸性化すると大気の温度はさらに上昇するだろうというドイツの研究者の論文だ。

 「DMSを産生するプランクトンは酸性化より水温の影響を受ける。水温上昇でプランクトンは増えるのでDMSは減らないだろう」という反論も出されているが、まだ小規模な野外水圏での実験だけで結論は出ていない。ごく最近の論文なので今回のIPCCの報告書では取り上げていないが、事実となると、「温室効果ガス(二酸化炭素)の増加→海水の酸性化→大気の高温化」という悪循環になる恐れがある。

クロマグロにも逆流か 母になるのも命がけ
 海の温暖化は私たちが食べる魚介類にどんな影響をおよぼすのだろうか? 暖流魚のブリやサバが北海道沖で豊漁、しかし寒流魚のサケやマスは逆に不漁になりそうなどの新聞記事が最近よく載るようになった。

 太平洋クロマグロはどうか? 暖流魚なので海の高温化はプラスに働くのだろうか? 9月29日、日本学術会議の公開シンポジウム「ここまで分かった水生動物行動の謎」が開かれた。

 講演は以下の6題。
1.ダイオウイカ:トワイライトゾーンの摂餌戦略、2.海鳥類の採餌戦略、3.イルカの音響探査行動、4.クロマグロの回遊・行動生態はどこまで分かったか、5.サケの嗅覚による母川記銘・回帰行動、6.ウナギの回遊行動の起源と進化。

 いずれも温暖化による海洋生物への影響がメインテーマではなく、超小型発信器とGPS(衛星利用測位システム)などを使った最先端の行動学研究のシンポジウムだが、4番目の講演、「クロマグロの回遊行動」(北川貴士・東大大気海洋研究所教授)は海の温暖化とも関連して興味深かった。

 太平洋クロマグロの産卵場所は台湾から南西諸島付近と日本海沖(山陰から北陸沖)の2海域に限られている。孵化した稚魚は1歳くらいになると北海道沖へ向かって北上する。ここからさらに東に向かって太平洋を渡り、北米沿岸に達してから戻ってくる集団と、東に向かわず再び南下する集団がある。

 南北回遊と東西回遊、どちらに進むか前もって遺伝的に決まっているのかなど詳しいことはほとんど分かっていない。東西回遊するものでも北米沿岸まで達せず、途中で日本側に引き返すものもあり、クロマグロの回遊行動は複雑だ。以前は未成魚が北海道沖から太平洋を回遊して、数年後に日本近海の産卵場所に戻ってくると考えられていたが、超小型発信器とGPSによってクロマグロの行動の謎の一部が解明された。船上で捕獲したクロマグロの腹部を開いて発信器を埋め込み、短時間で縫い合わせて海に戻すのは熟練を要する作業だという。

 クロマグロは体温調節があまり得意ではなく、低下した体温を回復させるのが苦手なため、回遊中も表層水面を泳いで体温の低下を防いでいる。しかし、産卵可能な成魚(4歳以上)になった親マグロにとって、産卵場所の日本近海の水温は必ずしも適温ではない。もっと低い水温の方が適している。

 なぜ親マグロは不適な高水温域に戻って産卵するのか?

 卵が孵化し稚魚の発育にはある程度の高温が必要なため、親マグロは高水温域に集まって産卵する。しかし、高温による体力消耗を減らすため、産卵場所を集中させ、産卵時期も5~6月に限定している。「(クロマグロにとって)母になるのは命がけなのです」と北川教授は言っていた。

クロマグロの稚魚、未成魚は獲らないこと
 地球温暖化、海の高温化でクロマグロの産卵海域の水温が上がるのはほぼ確実だ。産卵場所が水温変化に応じて北上するだけですめばよいが、回遊行動などを含めどんな影響がでるのか今のところ分かっていない。

 人間の乱獲により資源の枯渇が危惧される太平洋クロマグロ。韓国や台湾の漁船も獲っているが、それらの多くは日本に輸出され、全漁獲量の約8割を日本人が食べている。2013年8月22日に開かれた水産庁主催の「太平洋クロマグロの資源・養殖管理の全国会議」で、水産庁の幹部が「まだ産卵齢に達していない未成魚(メジマグロ)は獲らないでほしい、安いホンマグロとして売らないでほしい」と訴えた。

 地球温暖化は人間活動の結果による可能性が高いが、クロマグロの資源枯渇は100%、人間、とくに日本人による乱獲・消費のせいだ。海の温暖化がクロマグロにとって逆流(悪影響)となるのかは分からない。しかし、不適な環境に戻って産卵する親マグロのことを考えれば、親になる前の未成魚まで総獲りにしてしまう人間活動は自粛するべきだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介