科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

専門家の書いた本の専門外を読み分けるには

白井 洋一

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 前回(10月9日)の当コラム「鈴木宣弘・東大教授の新刊『食の戦争』に二言苦言」を読んだ人から「まったく同感、鈴木先生はこの分野では優秀な方なので残念です」と感想をいただいた。

 農業資材メーカーに勤務する若い人で、鈴木教授と同じ農業経済学を専攻したという。遺伝子組換え作物や食品について、あんなお粗末な情報を持ち出さなくても、専門分野の知見だけで、米国主導の農業・食糧政策に組み込まれることの問題点を主張できたはずと残念がっていた。

 確かにそのとおりだ。しかし大学教授や研究者の書いた一般向け書物で、ここは著者の専門分野だから信用できる、ここは専門外だから注意が必要と判別するのは難しいだろう。

 こんなことを思ったのは、農業環境技術研究所のウェブマガジン「農業と環境」(2013年10月)の書評で児玉龍彦・東大教授の新刊「放射能は取り除ける、本当に役立つ除染の科学」(幻冬舎新書)を取り上げていたからだ。

専門分野と専門外分野
 児玉教授の本の前半(3章まで)の内部被ばくや体内蓄積の記述は良いとして、後半(4章から)の除染関連では乱暴な記述が散見されると書評子は指摘し、以下のように結んでいる。

 「『原子力や医療などの放射能の専門家が除染の専門家ではない』と著者もいみじくも述べているように、『除染の専門家』ではない著者の持論にはうなずけない部分もある。(中略)放射能環境汚染対策の厄介さと、専門家とは何かをあらためて考えさせられる本である」

 児玉教授は医学部卒で現在、東大アイソトープ(同位体)総合センター長も兼務している医学、生物学、放射線科学の専門家だ。著者も専門ではないと認める「除染学」、「除染技術」について、書評子が具体的に指摘しているのは2点だ。

1.下水汚泥と土壌を同一視している。
2.土壌中のセシウム137が物理的半減期以上に早く減少する理由を、土が半分入れ替わるためとしている。

 最初の指摘は新書の183~184頁にあるが、確かに下水汚泥と汚染土壌の実験データを混同している。しかし、これは相当の専門家でないと分からない。多くの人は読み流してしまうだろう。

 2番目(190~192頁)の解釈は明らかに間違いだ。児玉教授はこう書いている。

 「1960年代に降下した放射性セシウムの研究から、日本の土壌では、セシウム137は、半減期30年という性質に加えて、日本の田畑の土が40年ほどで半分が入れ替わることで、平均17年で半分になることが確かめられた」

 土壌中のセシウム137が物理的半減期(約30年)より早く、水田では約16年、畑では約18年で半減したのは、測定した作土(深さ10~24センチ)からさらに下層土にセシウムが移動したためだ。これはこの記述のもとになった農業環境技術研究所報告第24号(2006年発行)を読めばわかるが、論文を見なくても畑や水田の土が自然に上下方向に半分も入れ替わるものだろうかと、疑問に思った人も多いだろう。

 しかし、田畑は毎年耕すので、そういうものかと思った人も多いかもしれない。これも「この記述はあきらかに間違い」と断言できるのは、農業土壌学の専門家だけかもしれない。

根拠にした情報源を示しているか
 児玉教授は医学、生物学の専門家だが、土壌や農林水産分野はやや弱いと新書を一読して感じた。海の魚の汚染についても(127~129頁)、原著論文(おそらく2012年5月の米国科学アカデミー紀要)の結果を正確に伝えていない。しかし、「土が半分入れ替わる」も含め、児玉教授の新書では根拠となる論文、情報源が書かれていない例が多い。この傾向は専門分野(3章まで)より専門外分野(4章から)により多く見られる。

 前回のコラムでとりあげた鈴木教授の新書本のような怪しげな環境ジャーナリストや食生活評論家のコメントを多数引用する悪質さはないのだが、根拠とした情報源はできるだけ示してほしい。

 新書本なので、専門書のように詳しい情報源を書く必要はない。著者名か団体名、タイトル、年次だけで良い。今はネットで検索できるので、さらに調べたい人にはこれだけで十分手がかりになるし、著者がどんな情報源をもとに専門外分野で持論を展開しているのかがわかる。

専門家の専門外の真偽を見分けるには
 本を買う前に私がお奨めするチェックポイントは以下の4点だ。

1.著者の経歴や職歴を見て何が専門かを知る。鈴木教授なら農業経済学、児玉教授なら生物・医学、放射線の専門家と分かる。

2.根拠情報の示し方を見る。専門分野と専門外分野での引用情報の示し方(質と量)を比較する。

3.立ち読みする時間に余裕があるなら、専門と専門外での書きぶり、トーンも比較する。

4.専門分野ではきちんとした論文や団体の情報を引用しているのに、専門外ではそれがないか新聞記事や個人のコメントで話をつなぐなど、かなりちがいがあるな、バランスがとれていないなと感じたら、専門外分野の記述は信用しない方がよい。

 もちろんすべてうそで塗り固めているわけではないだろうが、がらくた(嘘)の方が多いので、わずかな宝石(真実)を探し出すのは時間の浪費だ。

 以上を書店で立ち読みして短時間で判断するのは難しいかもしれない。不幸にも買ってから比較した結果、専門外分野が信用できないと分かったら、こんな本は捨てるか、リサイクルに回した方がよい。

 私は「専門家の書いた本の専門外のうそを見分ける方法」というタイトルで本を書いて商売するつもりはない。ここに書いたことがすべてだ。強調したいのは引用する根拠情報の示し方とバランスの問題だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介