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執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

家庭科教育の今

中国で本格的に始まる家庭科教育

瀬川朗

2022年4月に,中国教育部(省)は同年9月から実施する新教育課程と各教科の「課程標準(ガイドライン)」を発表しました。注目を集めたのが,中国版の「技術・家庭科」ともいえる教科「労働」の新設です。

●教科「労働」の概要と新設のねらい

新設された教科「労働」は,後述するように日本の技術・家庭科におおむね対応する構成になっています。中国でも,これまで日本の技術・家庭科にあたる内容は教えられてきましたが,主に「総合実践活動」という時間の一部科目の中での実施に限られていました。中国の総合実践活動の内容は日本における「総合的な学習の時間」と同様,学校の裁量が幅広く認められているために,技術・家庭科的内容どの程度扱うかには地域や学校によってばらつきがあり,しばしば軽視されがちという実情もあったようです。

今回発表されたカリキュラムでは,教科「労働」は総合実践活動から独立し,ひとつの教科となりました。小学校1年生から中学校3年生までの9年間必修で,週あたり平均1時間が割り当てられます。内容は,「日常生活労働」「生産労働」「サービス労働」の3領域からなっており,「日常生活労働」はさらに「清潔と衛生」「整理と収納」「調理と栄養」「家庭電気の使用と保守」に細分化されています(図1)。項目だけをみても,日本の家庭科との類似性がうかがえます。

図 1:教科「労働」の内容と履修学年
(出典:中国教育部(2022b)の図 1 より。日本語訳は筆者による)

新教科として「労働」が独立したのには,どのような背景があるのでしょうか。

第一には,近年の中国の熾烈な受験競争に起因する,子どもの生活経験の不足への危機感があります。かつての日本でも,りんごの皮が上手にむける児童が全体の三分の一にとどまるといった調査結果(文部省, 1984)がセンセーショナルに報じられ,生活技能の低下が危惧されたことがありました。状況は似ているようにも思えますが,現代の中国の子どもたちが家事に参加する時間は日本を含む他国に比べさらに少なく,学業への偏重に伴う急速な技能の低下は非常に深刻な問題として受け止められているようです。

第二に,近年の習近平体制のもとで小学校から大学まで一貫した「労働技術教育」が推進されてきたという経緯が挙げられます。いうまでもなく,その目的は社会主義制度の堅持にあります。いずれにせよ今回の新教育課程での教科「労働」の新設は唐突なことではなく,中国の世相を反映した労働教育強化の流れの延長線上にあるものです。

●日中の「家庭科」カリキュラムを比較する

教科「労働」のうち日本の家庭科に相当する部分に関して,日中の教科内容の異同を比較してみましょう。上述のように両者はその目的が異なるわけですから,安易に比較をすることに対して慎重であるべきかもしれません。しかし共通点と相違点を整理すると興味深いことがわかります。

まず,履修する学年と時数についてです。日本の小学校では5〜6年生で家庭科を学び,週あたり1〜2時間です。中学校の技術・家庭科は1・2年生が週2時間,3年生が週1時間,これを技術と家庭で分け合います。それに対して中国の場合は小学校1年生から始まるので,これは大きく異なります。しかし中国の場合,週あたりの時数は1時間で9年間一定のため,総授業時間数は日本と中国で同程度となる計算です。

次に,10あるタスク群のうち「調理と栄養」に着目します(末尾に付録として,新カリキュラムの抄訳を示しました)。共通点は多くあります。調理の初歩としてまずお茶をいれることから始め,小学校5・6年生で目玉焼きのようなフライパンを用いた簡単な料理やだしをとることを学び(日本は煮干しだしのみそ汁,中国は豚骨スープという違いがありますが),中学生になると既習事項を踏まえて1日(3食)の献立をたてるという順序は,日本の家庭科教育に極めて類似しています。

とくに興味深い点は,調理操作(主に加熱調理操作)により内容の系統化が図られているということです。どういうことかというと,中国の教科「労働」で扱う料理は小学校3・4年生は「和える・蒸す・煮る」,5・6年生は「炒める・焼く・煮込む」となっています。いっぽう日本の家庭科では小学校5・6年生で「ゆでる・いためる」を学び,中学校ではこれらに加え「煮る・焼く・蒸す」を学習することとなっています。普通教育でこのような調理操作によって内容の系統化を図ることは諸外国において必ずしも一般的ではなく,類似性が際立っています。たんに技能を身につけるだけでなく,その科学的背景を理解することに力点が置かれているのも,日本の家庭科に近い点です。

最大の相違はその目標です。教科「労働」では義務教育段階から,家庭生活における調理だけでなく飲食店などでの調理に関する労働に対する意識をも涵養しようとしているようです。「正しい労働観」を確立し,「労働意欲」のある「模範的な労働者」としての意識を育むという教科全体に通底する理念は,「調理と栄養」にも色濃く表れています。また,家族との関わりもより重視され,小学校5・6年生という日本よりも早い時期に自分の食事だけでなく家族全員の食事を計画することが求められているなどの違いもみられます。

●小学校低学年から家庭科を学習することの是非

中国の教科「労働」(の少なくとも「日常生活労働」に関する部分)は日本の家庭科と似通った点が多く,日本の家庭科のカリキュラムが参考にされたのかもしれません。反対に,日本も中国の教科「労働」に学ぶべき点があります。それは,家庭科教育を開始する学年段階です。

日本の場合,戦前の裁縫科が現在の家庭科教育の源流ということもあり,家庭科がスタートするのは小学校5年生からとなっています。繰り返しますが,中国の教科「労働」では小学校1年生から始まります。いつから家庭科を学ぶべきかということについては日本でも議論があり,例えば鈴木(2004)は,包丁技能を高めるためにどのような被切断物(切る食品や切り方)が適するのかを調査したうえで,小学校高学年になってから包丁に触れるのではなく,低学年のうちから厚めの「小口切り」や「いちょう切り」を少しずつ練習することの意義を説いています。

技能の習熟度に関してはこの20年の間に変化があるとはいえ,早期から調理経験を積むことが食生活への興味関心を高めるという主張にはうなずくことができます。近年,国語や算数,英語などの受験教科が相対的に重要視されてゆく傾向にありますが,5・6年生より早い段階で家庭科を履修するという方向転換があり得る選択肢のひとつであるということを中国の教科「労働」の新設から再認識させられたところです。

●教科「労働」の新設で中国はどう変わるか?

新課程における教科「労働」の設置は中国国内では大きく報道され,国民の注目度も高いようです。微博やニュースサイトのコメントから反応をうかがうと,「子どもたちが家庭で料理を手伝ってくれるようになるのでは」という期待と,「少ない時間で果たして意味があるのか」「設備や担当教員はどうするのか」という懐疑が相半ばといった様子です。

本当に実施可能なのか,できたとしても上手く機能するのかという点については私も疑わしいと感じずにはいられませんが(注1),最近では子どもたちが集団で訪れて調理などを体験する「労働技術教育センター」が整備されつつあり,設備的制約はセンター方式によって解消される方向にあるようです。
長年培われてきた中国の食文化,そして巨大な食品市場に,家庭科教育の拡充がどのような結果をもたらすのか目が離せません。

注1)2023年8月に開催されたアジア地区家政学会(ARHAE)で筆者が見聞したところでは、新設された教科「労働」に対応することができている学校は、半分くらいではないか?ということでした。


付録:教科「労働」のうちタスク群3「調理と栄養」の課程標準の抄訳

(一) 1・2年生

学習内容:野菜の選り分けて洗い,下ごしらえをする,必要に応じて適切な調理器具を選んで果物の皮をむく,飲み物を入れるなど簡単な家庭における調理に参加する。野菜や果物,飲み物の栄養や科学的な食べ方の初歩について理解する。

身につけること:簡単な食材の下ごしらえをし,また日常的に用いる調理器具や道具の使い方や注意事項を把握する。安全に作業する意識と「自分のことは自分でする」という生活自立意識をもつ。野菜や果物の科学的な取り扱い,飲み物を用意する基本的な意識と能力をもつ。

活動の具体例:家庭と学校の双方でこのタスク群(タスク群3)の活動は繰り広げられる。果物の皮をむいたり,お茶を入れる学習活動を展開したり,フルーツティーを作ってみたり,果物や飲み物の美味しさを味わい,労働の心地よさを感じたりすることは教室でもできる。そのような体験を基礎として,子どもたちが互いに交流しあい,果物や飲み物の栄養的価値を理解し,食器や器具の使用方法や注意事項をまとめる。食堂の資源を利用できる学校の場合は,枝豆の皮をむく,ニラを選別するなどの活動をおこなう。保護者は,子どもたちに家庭で調理技能を練習させたり,最初から最後まで家事労働をやりとげさせたりするよう見守ることが望まれる。

(二) 3・4年生

学習内容:簡単な調理器具を用いて食材を切り,和え物や盛り合わせの一般的な作り方に従って蒸す,煮るなどの食材を加工する方法を学習する。例として:油,塩,醤油,酢などの調味料を用いて涼拌黄瓜(リャンバンホァングア,きゅうりの和え物)を作る/数種類の果物の皮をむき,種を取り除いて果物の盛り合わせを作る/饅頭(マントウ,蒸しパン)や包子(パオズ,餡入りのまんじゅう)など小麦粉でできた食べ物を加熱する/卵や水餃子をゆでるなど。調理中は安全と衛生に注意する。

身につけること:和える,蒸す,煮るなどの簡単な調理方法ができるようになり,食生活の基本的要求を満たすことができる。生活自立能力を形成し,健康な食事の考え方を身につける。食の安全についての初歩的な意識をもつ。調理の労働の価値の正しく認識し,労働に愛着をもち,一般労働者の態度を尊重する。

活動の具体例:「私は朝食を作ることができる」「キッチンの新人ショー」などの活動から,このタスク群(タスク群3)の学習を開始する。実体験のもとに子どもたちが経験の交流を進め,調理方法別に求められることや注意事項をまとめる。可能であれば学校での実践を組織し,少しずつ簡単な調理技術を身につけることも考えられる。

(三) 5・6年生

学習内容:炒める,焼く,煮込むなどの簡単な調理方法を用いて西红柿炒鸡蛋(シーホンシーチャオジーダン,トマトと卵炒め)や目玉焼き,豚骨スープなどの2〜3の日常のおかずを作る。食材の選別,洗浄,調理,盛り付けの一通りの工程に参加する。家族の要求に応じて栄養を考えた昼食または夕食の献立をたて,さまざまな調理方法と食品の栄養の関係について理解する。

身につけること:栄養を考えた家族の食事を計画し簡単な調理ができる。栄養を考えた食習慣を養い,食品安全の意識をもつ。家族のために労働をするという観念や家族に対する責任感をもつ。

活動の具体例:実地の観察や映像の視聴などの方法を通じて炒める,焼く,煮込むという3通りの調理方法の特性を直観的に感じさせ,また日常生活経験と関連づけることでさまざまな調理方法の要点や欠点,および調理と栄養の関係について共有する。学校の条件が許せば校内で実践を体験し,そうでなければ保護者の指導のもとで作業をする。

(四) 7〜9年生

学習内容:家族の健康や食生活の特徴に基づいて1日3食の献立を計画し,3食の栄養の合理的な組み合わせに注意を払う。昼食や夕食で食べる3〜4品を一人で準備する。科学的な食事と健康の密接な関係を理解し,中国の食文化への理解を深め,飲食業に従事する一般労働者を尊重する。

身につけること:家政分野の職場体験と結びつけて,このタスク群の学習と実践を展開する。食文化の事例を選択して分析およびコミュニケーションを進め,さまざまな地域の食文化と特徴について理解する。調査研究をおこない,個人・家庭の食習慣と食生活の特徴を知る。調査結果をまとめ,家族の要求に応じて1日3食の献立を作成し,そのうえで,自分で3〜4品の料理を作る。実践をもとに家族に評価を依頼し,生徒は習得したことを記録し,学級全体で共有する。活動を計画するにあたっては,個々の技能の習得のみに注意を払うのではなく,総合的な思考力の育成により重点を置き,食文化に対する学習と理解を深めるべきである。


引用・参照文献

中国教育部. (2022a). 义务教育课程方案和课程标准(2022年版).
http://www.moe.gov.cn/srcsite/A26/s8001/202204/W020220420582343217634.pdf (2023年10月12日最終アクセス)

中国教育部. (2022b). 义务教育劳动课程标准(2022年版).
http://www.moe.gov.cn/srcsite/A26/s8001/202204/W020220420582367012450.pdf (2023年10月12日最終アクセス).

霍雨佳・小林裕子・永田智子. (2021). 中国都市部における「労働技術教育」の学習実態と学習者の意識:広東省広州市の高校生に対する質問紙調査から. 日本家庭科教育学会誌, 64(1), 69–79.

黎子椰・王凱. (2012). 中国天津市における労働技術教育に関する調査:小学校労働技術教育センターを中心に. 上越教育大学研究紀要, (31), 285–297.

吕晓娟・李晓漪. (2021). 我国劳动教育课程的发展历程、主要成就和实施方略. 课程・教材・教法, 41(8), 137–143.

文部省. (1984). 児童の日常生活に関する調査. 文部時報, (1287), 35–54.

佐藤園・出野誉大・陳北辰・山本郁子. (2022). 子どもの食習慣を育成するための環境としての「食教育」に関する一考察(第II報):中国の食教育実践の現状と「文化」概念を中核に据えた食教育実践の可能性. 岡山大学大学院教育学研究科研究集録, 170, 5¬–9.


鈴木洋子. (2004). 包丁技能習得のための被切断物の大きさ. 日本家政学会誌, 55(9), 733-741.

魏暁敏・貴志倫子. (2014). 「総合実践活動」の教科書分析から見た中国の小学校における家政教育. 福岡教育大学紀要. 第五分冊, 芸術・保健体育・家政科編, (63), 181–189.

執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

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