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執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

家庭科教育の今

みそ汁の大根の正しい切り方

瀬川朗

人文地理学者の湯澤規子氏は,近著『食べものがたりのすすめ—「食」から広がるワークショップ入門—』のなかで,食べものについてのその人個人にしか語り得ない物語を「食べものがたり」と名づけ,食べものがたりを他者とともに共有するワークショップを提案しています。

食べものをめぐる過去の出来事を振り返ってノスタルジックな気分になることや,食べものに関するエピソードについて家族や友人と歓談したくなることは誰しもあることでしょう。家庭科の授業のなかでも,子どもたちが自らの「食べものがたり」をクラスメイトや教員と自然と交換している場面をしばしば目にします。

どのような食べものをテーマとした語り合いが盛り上がるのかを考えたとき,私はみそ汁の右に出るものはないと思います。

子どもの頃に家族が作ってくれたみそ汁の味,好きなみそ汁の材料,ごはんにみそ汁をかけて食べるのは是か非か……日本に生まれ育った方であれば世代や地域を問わず,みそ汁をめぐる話は尽きないことでしょう。

●教科書に掲載され続けている唯一の料理,それがみそ汁

多くの人にとって身近な料理であるみそ汁は,教科書においても特別な地位を占めています。どういうことかというと,みそ汁は60年以上にわたり小学校の家庭科教科書から一度も消えたことがない料理なのです。

高木(2013)は,1961年度以降に使用された小学校家庭科の検定教科書を調べ,過去から現在までの教科書に取り上げられている「定番」の料理として「ごはん,みそ汁,野菜サラダ,野菜の油炒め,ゆで卵」があるとしています。このうち野菜サラダ,野菜の油炒め,ゆで卵の4つについては掲載のない教科書も一部ありますから,ごはんとみそ汁だけが全年度を通じて教科書に載っていたということになります。ごはんは単独の“料理”としてはカウントしないことにすれば,みそ汁は唯一教科書に載り続けている料理ということになります。

ところで,みそ汁はみそ汁でもどのようなみそ汁が教科書に載っているのでしょうか。やはりポピュラーな豆腐とわかめのみそ汁でしょうか。それとも青菜やなす,じゃがいもなど野菜のみそ汁でしょうか。時代によって変化があるのでしょうか,あるいはないのでしょうか。あるとしたら,どのようなみそ汁が最近のトレンドなのでしょうか。

●油あげ・ねぎが不動の人気を誇る取り合わせ

過去の記事で取り上げたように,小学校の家庭科の教科書は現在2社(開隆堂出版・東京書籍)のみが発行しています(図1は開隆堂出版の現在の教科書)。

2冊の教科書を見比べてみると意外なことがわかります。それは,みそ汁の実が「大根・油あげ・ねぎ」でどちらも同じ取り合わせなのです(みそ汁に入れる野菜などのことを「具」と呼ぶこともありますが,ここでは教科書にならって「実」ということにします)。

 

図1:教科書におけるみそ汁の材料と切り方 (2020)
小学校 わたしたちの家庭科 5・6 開隆堂出版 52ページより

「大根・油あげ・ねぎ」の実の組み合わせには,やわらかくなるのに時間のかかる大根を先に入れ,次に油あげ,そしてねぎのような香りを楽しむものは最後に加えるというように,材料に入れる順序があることを学習させるという意図が含まれているのですが,文部科学省が指定しているわけでもないのに2社の実がまったく同じというのは奇妙なことです。

遡ってみると開隆堂出版の発行する教科書は2015年採択のものから,そして東京書籍の教科書は1996年に採択されたものから「大根・油あげ・ねぎ」となっています。それ以外の時期も油あげとねぎはほぼ欠かさず掲載されており,開隆堂出版は1962年から2014年までのじつに半世紀以上にわたり「油あげ・ねぎ」という組み合わせが続いています。東京書籍は1961年から1979年まで「油あげ・ねぎ」,1983年から1991年まで「油あげ・ねぎ・生わかめ」となっています。

筆者が39冊の教科書を確認したところ,「油あげ・ねぎ・プラスアルファ」という構成でない教科書はわずか2冊に限られ,1961年の開隆堂出版(こかぶ・かぶの葉・油あげ)と1980年の東京書籍(たまねぎ・生わかめ・さやえんどう)のもののみでした(表1)。

 

表1:みそ汁の実の変遷 ※筆者作成

実際の授業で作るみそ汁はもちろん教科書通りのレシピとは限らず,学校や地域の実情に応じて工夫がされていますが,少なくとも教科書の記述に着目する限りは,油あげとねぎの組み合わせが今も昔も人気のようです。

ところで,なぜ教科書のみそ汁の実はいつの時代も代わり映えがしないのでしょうか。教科書会社ごとにあまり差がないのはどうしてでしょうか。

油あげやねぎが季節や地域を問わず入手でき,保存が比較的容易で安価な食品であること,せん切りと輪切りという基礎的な技能の習得に適していることもあるのでしょう。しかしそれ以上に,レシピの内容が変わってしまうと準備や指導がしづらく感じる教員が多いという極めて実際的な理由によるところが大きいように感じます。

東京書籍の「たまねぎ・生わかめ・さやえんどう」や「じゃがいも・にんじん・大根・油あげ・ねぎ」といった変わり種(種ではなく実ですから,変わり実というべきでしょうか?)がどちらも直後の改訂で油あげとねぎを含むオーソドックスな組み合わせに戻されたことが,そのことを裏づけています。

●みそ汁の大根の切り方は…

変化の乏しいみそ汁のレシピですが,長年の間に変化していることもあります。ここで材料のうち大根に注目してみましょう。

教科書のなかには,メインのレシピで扱わなかった実の特徴や切り方などをコラムなどで紹介しているものもあります。大根は,レシピや本文には記載されていなくとも,よく食べられるみそ汁の実の例として補足的に取り上げられていることの多い食材のひとつです。

図2は,みそ汁に入れる大根の切り方について言及がある最初の教科書(1980年発行・東京書籍)の挿絵で,大根は「短冊切り」となっています。

 

図2:過去の教科書におけるみそ汁の実の切り方 (1980)小学校家庭科 6 開隆堂出版 5ページより
図2:過去の教科書におけるみそ汁の実の切り方
(1980)小学校家庭科 6 開隆堂出版 5ページより

それ以降の東京書籍の教科書に着目すると,1991年までの教科書では「短冊切り」もしくは「せん切り」が紹介されていますが,その次に登場する2005年以降は「半月切り」または「いちょう切り」となっています。

みそ汁の大根というと短冊切りやせん切りを思い浮かべる方も多いかもしれませんが,いちょう切りが今世紀以降の教科書のスタンダードです。先ほどは代わり映えがしないと述べましたが,よくみると大根の切り方に関してはマイナーチェンジを繰り返していたのです(なお,もう1社の開隆堂出版は1992年以降すべての教科書でいちょう切りが採用されており,こちらは変化がありません)。

当然のことですが,教科書の切り方だけが“正しい”ということではありませんから,時代によって正解が変わったということではありません。“正しい”大根の切り方はいちょう切りである,などと誤解されないことを祈るばかりです。

●大根の切れない子どもたち?

みそ汁の大根をどのように切るのかに正解があるはずもなく,したがって教科書に掲載されているからといって、いちょう切りが正しい切り方ということにはなりません。しかし一方で,いちょう切りには一定の範囲で正しい切り方,そのようにした方が安全で簡便に切ることができる望ましい切り方とされるものがあります。

国立教育政策研究所が2007年に実施した「特定の課題に関する調査」では,中学校3年生約1,000人に対し,大根のいちょう切りが正しくできるかどうかをテストしています。

結果の中から「(大根の)おさえ方」「切り方」そして「厚さ」の各項目についてみると,まず「おさえ方」については正答の「指先を丸めて大根を押さえている」が60.7%であり,それ以外の生徒は指を伸ばした状態で大根をおさえていたり,大根をおさえないで切っているなど,正しくない方法をとっていたことになります。

次に「切り方」では,筒状の大根を縦に4等分してから切る(正答とされる)方法で切った者はわずか33.2%で,それほかはまず輪切りにしてから一枚ずつ4等分する方法や,半月切りにしてから一枚ずつ2等分にする方法でした(図3)。

 

図3:中学生のいちょう切りの「切り方」の類型
特定の課題に関する調査(技術・家庭)調査結果 110ページより

また「厚さ」についても5ミリメートル以下の幅にするという指示をクリアすることができたのは76.8%で,けっして十分に高いといえる割合ではありません。この調査から,中学校3年生でさえ難儀する大根のいちょう切りは,小学生にとってはなおさら容易でないことがうかがえます。

教科書におけるみそ汁の大根の切り方から短冊切りやせん切りが姿を消した主因は,調理科学的な検討の結果でもなければ私たちの嗜好の変化でもありません。包丁技能の制約から,いちょう切りよりも難易度の高い短冊切りやせん切りを子どもたちに取り組ませることが困難になりつつある現実を反映していると考えるのが自然です。

●家庭科が楽しい食べものがたりの1ページとなるために

あまりにも私たちの生活にありふれているために,みそ汁についてあれこれ考えをめぐらせる機会はそう頻繁にはありませんが,調理実習で作るみそ汁はどのようなみそ汁がよいのかを改めて考えると,なかなかの難問だと気づかされます。

冒頭に紹介した『食べものがたりのすすめ』には,私たちが過去を振り返って語る食べものがたりにその時代の文化や社会のありようがにじみ出る様子が描かれています。学校教育も一つの社会制度ですから,食べものがたりのなかに家庭科の授業の記憶が垣間みえることもあるでしょう。

願わくは,そこで語られるのは楽しい家庭科の思い出であってほしいものです。食べものがたりの楽しい一ページとなりうるようなみそ汁が家庭科の調理実習にふさわしいのではないかというのが,どのようなみそ汁がよいかという問いに対する現時点での私の答えです。

参考文献

  1. 湯澤規子. (2022). 食べものがたりのすすめ: 「食」から広がるワークショップ入門. 農山漁村文化協会.
  2. 高木幸子. (2013). 小学校家庭科教科書の内容構成と実習題材の変遷. 新潟大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編, 5 (2), 181–188.
  3. 鳴海多恵子・石井克枝・堀内かおる他. (2020). 小学校わたしたちの家庭科 5・6. 開隆堂出版株式会社. 〔120190214〕
  4. 浜島京子・岡陽子他. (2020). 新しい家庭 5・6. 東京書籍株式会社. 〔120190213〕
  5. 斎藤健次郎他. (1980). 小学校家庭科 6. 開隆堂出版株式会社. 〔119790336〕
  6. 国立教育政策研究所教育課程研究センター. (2009). 特定の課題に関する調査(技術・家庭)調査結果. https://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei_gika/index.htm (2022年5月11日最終アクセス).
  7. 筒井恭子. (2011). 家庭科,技術・家庭科における食に関する指導の充実. 日本調理科学会誌, 44 (5), 343–348.

(〔〕内は公益財団法人教科書研究センター附属教科書図書館・教科書目録情報データベースの目録レコード番号)

執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

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