家庭科教育の今
家庭科は衣食住、家族、消費、環境とあらゆる側面に関連する教科です。時代に応じて刻々と変わる家庭科教育の今をお伝えします。
家庭科は衣食住、家族、消費、環境とあらゆる側面に関連する教科です。時代に応じて刻々と変わる家庭科教育の今をお伝えします。
高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。
平成が終わり令和の時代が始まった2019年も,日本列島は様々な自然災害に見舞われました。とくに台風19号により多数の死傷者と甚大な住宅被害がもたらされたことは記憶に新しいことです。読者のなかにも被害に遭われた方がおられることと存じます。心よりお見舞い申し上げますとともに,早期の復興を祈るばかりです。
大きな災害が発生すると,学校教育が災害対策に果たす役割に期待する声を耳にします。とても貴重な意見ですが,学校では災害に関する教育がほとんど行われていないという誤解に基づくものもあり,残念に思うこともしばしばです。もちろん,東日本大震災の津波による大川小学校の事故のように学校や行政の意思決定が悲惨な結果を招いてしまうこともありますから,学校の防災に対する取り組みを全肯定するつもりはありません。しかし,学校では様々な防災教育が行われていることもまた事実です。
数回に分けて,家庭科における防災教育の展開,とくに「食と防災」の授業実践や教科書における取り扱いをご紹介します。
●現在の家庭科教科書における「食と防災」
まずは中学校の技術・家庭科の教科書をみてみましょう。中学校の技術・家庭科の教科書は現在3社のものが使用されています。図1・2は,そのうちの1社である開隆堂出版のものです。
図1は「住まいと地域」という章の一部です。住まいがテーマですから家具の対策が中心ですが,「1週間分の飲食料」として保存食の写真が掲載されています。
また,別のページでは「災害にあった時の食事の例」としてポリ袋で作るサラダが紹介されています(図2)。
「食と防災」がどの程度重視されているのかは教科書によって様々ですが,災害対策における食の重要性を踏まえた編集がなされていることは明らかです。
教科書での扱いがあるということは,学校現場でのニーズがあることに他なりません。それでは,どのような制度的な裏づけによって家庭科における防災教育が行われているのでしょうか。そして,いつから教科書において「食と防災」が取り扱われることになったのでしょうか。
●防災教育は「安全教育」の一環として行われている
防災教育の法令における位置づけは次の通りです。
一般に,防災教育は生活安全・交通安全・災害安全(防災)の3領域から構成される「安全教育」の一部とされています。このうち生活安全と交通安全は日常生活や交通場面における事件や事故を防止するためのもので,防犯教室や交通安全教室などが典型例です。そして災害安全が地震・津波災害,火山災害,風水(雪)害等の自然災害,そして火災や原子力災害を防ぐ,いわゆる防災教育に対応することになります。こういった学校安全に対する指導を行うための学校や教育行政の義務が学校保健安全法に規定されています。
また,学校における防災教育は文部科学行政の一部であるだけでなく防災行政の一部でもあります。災害対策基本法や防災基本計画,地域防災計画には,教育機関における防災教育の実施が明記されています。
さらに,学校教員が日々の具体的な教育実践を行うのに拠りどころとする(こともある)規定としては『学習指導要領』があります。学習指導要領では,安全教育について次のように記されています。
安全に関する指導については,体育科,家庭科及び特別活動の時間はもとより,各教科,道徳科,外国語活動及び総合的な学習の時間などにおいてもそれぞれの特質に応じて適切に行うよう努めること〔小学校学習指導要領 総則より引用,強調は筆者による〕
安全教育あるいは防災教育と聞いてまず思いあたるのは避難訓練ではないでしょうか。私自身の幼い頃の記憶にも,避難訓練や起震車による地震体験,消防職員からの講話などの印象が強く残っています。これらは教科ではなく特別活動の時間に行われることが通例です。
学習指導要領で筆頭に挙げられている体育科での防災教育も容易にイメージが浮かぶものと思います。保健領域における応急手当の学習などがそれにあたります。そして家庭科では,冒頭に掲げたような住まいや食に関連する災害対策についての学習が行われています。学習指導要領に示されているように,家庭科は体育科や特別活動の時間と並んで防災教育の核となる教科なのです。
●阪神・淡路大震災と東日本大震災が防災教育の転換点
家庭科の教科書における防災教育の取り扱いは,近年目まぐるしく変化しています。その背景には,平成に発生したふたつの大震災,すなわち阪神・淡路大震災と東日本大震災があるようです。
実は,家庭科という教科が設けられていらい,どの時代においても中学校の教科書には防災に関する内容が記されてきました。ただし多くは火災と労働災害を防ぐためのもので,地震などの自然災害については控えめな扱いでした。末川・天野(2017)は戦後に発行された技術・家庭科教科書を総覧し,この傾向が阪神・淡路大震災を契機として転換したと述べています。すなわち,スポットライトが火災から自然災害へと大きく動いたということです。
しかし,阪神・淡路大震災直後の教科書には「住まいと防災」への言及はあっても「食と防災」についてはほとんど触れられていません。教科書における「食と防災」の登場は東日本大震災を待たなければなりませんでした。
教科書での防災教育の取り扱いが近年大きく変化したことを示したのが,大橋・岡田(2019)による研究です。表1は,小学校の教科書において防災に関連する内容の変化を示したものです。阪神・淡路大震災に編集された1999年の教科書で多くの新たな項目が登場したこと,東日本大震災後の2014年に初めて「災害時の食」が掲載されたことがわかります。東日本大震災の発生から9年が経とうとしていますが,「喉元過ぎれば…」とはならずに引き続き「災害時の食」が掲載されるのを願いたいところです。
●古くて新しい「食と防災」の内容
いま,家庭科で「食と防災」は東日本大震災の後に新しく取り上げられた内容だと述べましたが,従来行われてきたポピュラーな授業にも見方によっては「食と防災」の側面があるといえそうです。
例えば,小学校家庭科の調理実習では鍋による炊飯があります。とりたてて災害時を意識した内容というわけではありませんが,鍋による炊飯を一度でも経験したことがあれば,停電時など電気炊飯器が使用できない際に役立つことは疑いないでしょう。炊飯だけでなく,家庭科では「食」だけでなく「衣」や「住」,そして「家族」や「消費」といったあらゆる内容が防災に結びつくということがいえます。鍋による炊飯は絶対に身につけるべきスキルだ,などと主張するつもりはいささかもありませんが,学習した直後に効果が現れないからという理由でその内容を切り捨ててしまう風潮は考えものです。
参考文献
(〔〕内は公益財団法人教科書研究センター附属教科書図書館・教科書目録情報データベースの目録レコード番号)
高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。
家庭科は衣食住、家族、消費、環境とあらゆる側面に関連する教科です。時代に応じて刻々と変わる家庭科教育の今をお伝えします。