科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

中国の食品安全が抱える不安について

斎藤 勲

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 9月16日から19日まで北京で開催された第5回汎太平洋農薬科学会議(日米を中心に農薬に係る研究者たちが2年に1回日本と米国(ホノルル)で開催してきた会議で、昨年の東日本大震災を受けて、今回は中国でIUPACの会議等と合同で開催)に参加しました。折しも尖閣諸島の国有化の問題から日中関係が緊迫化する中、安い中国系航空会社で北京に向かいました。機内の中国新聞には尖閣諸島のそれぞれの島の写真が掲載されかなり詳しく報道していました(中国語は分かりませんので、写真と紙面のスペースからそう判断)。

 日本からは家族等から早く帰ってきなさい等の電話も来ましたが、帰国して新聞やその当時のTV報道を見ると、連日デモ、暴動、略奪の報道ばかりなので中国全体がそんな雰囲気と思われてもいたしかたないかもしれません。報道は特別なことを羅列するのでそれがすべてと思ってしまうと、現実とかなり離れてしまいます。報道の難しさを実感しました。

 4日間北京に滞在しましたが、首都のせいか日本で報道されていたような緊迫感はほとんど感じませんでした。わざわざ日本大使館辺りを見に行けば違ったかもしれませんが。夜も1人なのでホテルの辺り等うろうろと徘徊しましたが、暴行を受けたとか、タクシーから降ろされたとか、そんなこともありませんでした。ただ、一度学会場近くからホテルまでタクシーで帰りました。乗ってしばらくすると運転手が「????」と言うので「パードン(英語)」と言うと、しばらくして「???リーベン??」の様な事を言うので、「リーベン(日本)」というと、それでホテルまで会話はありませんでした。

 今回はほぼ単独行動でしたが、ホテルが日本大使館に近い場所だったので毎日学会場までは地下鉄を乗り換えて通いました。地下鉄はあちこち行くには便利になってきており、朝晩は相当混んでいます。車内で3回位私がボーっと立っていると、親切にも若い人が席を立って座れと言ってくれました。日本ではほとんど言われたことがありませんが、敬老の精神がいき届いているのでしょうか。最後の日、天安門奥にある故宮博物館に寄りましたが、日本人と思われる人たちもほとんど見えず、ガイドの旗もなく関西弁も聞こえてこなかったので、本当にいなかったのでしょう。

 北京では日中関係の悪さを実感することはありませんでしたが、帰りの便が青島経由でお客さんが乗りましたが、降りる際3人の子供を連れたお母さんの家族がいました。一時帰国のため子供3人ともランドセルをしょっており、やはり青島(実際は対岸の浜島付近が暴動の中心で青島ジャスコなどは何もなかったとのこと)では緊張感が違うんだなあと実感しました。

 北京以外でのデモや暴動、更には略奪、放火を見ていると、日本バッシングはきっかけであって、参加した人がどれ程反日思想をもってやっているのか疑問に思います。それは、この10年急激な経済発展につれて、都市と地方、農村等の格差はさらに拡大し、階層社会等というものではなく、上部の細い階層と下部の太い階層に明確に分離しつつあるような感じがします。下部の人々はうごめくような生活を日々送っており、多分それは永久に続くと思います。

 そうかと思うと、街中は高層ビル群、車はBMW、アウディ、ワーゲン、ベンツ、レクサス等が縦横無尽に走り回っている。正直どうなっているのかと思うような実態が混在している中国で、望みのない鬱積した感情を抱いている人が圧倒的に多くなる中、何かきっかけがあればそれは爆発してしまう、それが今回の尖閣の暴動の根底にもあったのではと感じています。

 しかし、それは全国で均一の発生しているわけではなく、地域、地区が限定して発生していることも冷静に見る必要があり、多くの中国人の方も暴動、略奪には悲しんでいることも事実です。多面的に今後の対応を考えていく必要があると思います。

 そんな中、10月12日のフーコムのメールマガジンで森田さんが、農水省の研究成果報告会で上席主席研究員河原昌一郎氏の「中国の食品安全問題―食品安全に関する中国の現状と取り組み―」を聞いて、その概要と彼女が疑問に思って質問した際のやり取りが掲載されており、とても興味深く読みました。恐らく自分で聞いていたら、河原さんの話をこんなに深く理解できなかったでしょう。

 恐らく日本が輸入相手国のカントリーリスクをどうとらえるかという視点の問題にかかわってくるのかと思います。河原さんは中国国内におけるモラルの低さによる食品事故、国内流通品の衛生管理、品質管理の低さ、行政機能の低さ、消費者監視、報道等の監視の低さ等をあげ、中国全体が良くならないと、日本への輸出食品管理だけ閉鎖的にやっていても限界があり、ある程度のレベルまで来て現地の人に任せると餃子事件の様な事がまた起きる可能性があることを認識すべきだと仰っている様に理解しました。

 中国全体を歴史的に把握すればまさにそういった状況だと思います。しかし、個々の時点では、さまざまな状況があり、日本又はEUへの輸出産業へのかかわりを通じて圃場管理(会社管理が徹底している)、品質管理、流通販売のノウハウを中国企業も学んで、急速に増えている中国国内の豊かな生活層を対象とした商品供給も進んでいます。スーパー等に行くと、食品売り場は有機栽培、緑色食品等が当たり前のコーナーで、値段も日本と比べても大差ないものです。中国全体への波及はなかなか無理でしょうが、沿岸部や、面ではなく点では着実に進歩していると思います。

 私たちも、ここ数年日中農薬残留分析交流会を企画して、年1回(打ち合わせにもう1回)中国で農薬分析に係る関係者との交流、意見交換を進めています。この交流会が立ち上がる前にも、日本への輸出入拡大に伴い、多くの企業が中国に進出して商務や点検等の交流をされてきましたが、残留農薬分析担当者が向こうに赴いて交流することはほとんどありませんでした。

 そこで有志の研究者が食品中残留農薬分析の中国での現状、仕組みを実際に見聞きし、担当者と意見を交換し、中国側にも日本の現状を分析担当者に知っていただくことを目的として任意団体としてスタートしました。その成果は毎年2月にセミナーで紹介していますので、残留分析担当者からみた中国側の現状を国内でも理解していただく良い機会になっていると自負しています。

 その中で中国の検験局のCIQ(日本の検疫所検査部門)、民間分析機関、農業科学院など公的研究機関、大手食品製造グループ、日系食品メーカー等の方たちと相互に分析法を含め現状報告やアドバイスなど、それなりの相互理解を進めてきました。残念ながら今年は11月の予定を延期しました。その中で分かったことは、全体的にも中国国内での検査でも違反率が減ってきている(以前がひどすぎた面もある)こと、しかし、今後さらに改善するためには仕組み等がまだ不十分と正直に認識して見える方もいました(通常こういった素直な意見は聞けない)。大手中国メーカー(国内販売でも大手)では圃場管理、製造管理、品質管理、検査も徹底してきていること(これは品質管理点検時に書類管理チェックにも適切にできること等を含め)、過剰と思えるような日本からの要求にも良く対応していると感じました。

 当然のことながら、モニタリング検査は統計的に適性検査サンプル数を導き出してその継続的な検査結果から、違反等の件数とその内容を吟味して、改善につなげていく必要があり、世界的にもこの形でモニタリング検査は進められています。違反事例が発生した場合、全体的に発生してその原因が不明と言ったことが本当のカントリーリスクであり、その場合は企画を止めた方がいいでしょうし、原因も分かり改善のめどがつけば、横展開しながらそれは続けていけばいいと思います。

 このように長年日系企業が現地で培ってきた経験とノウハウ、人脈を活かしながら中国の良質な部分と交流を深めながら、中国国内供給にも寄与していける素地ができていけば「やっぱり中国はねえ」という苦言にも理解してもらえるものが出てくるような気がします。しかし、中央集権的な政治優先国家での経済活動の脆弱さと、そう簡単には改善しない多数の繁栄を享受できない層の鬱積が続くことは忘れてはいけないことだとは思います。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。