科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

AF2(フリルフラマイド)は悪の添加物だったのか?

斎藤 勲

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昔、AF2(フリルフラマイド)というニトロフラン系化合物の食品添加物がありました。

1965年、殺菌料(商品名トフロン)として認可され、魚肉ハムソーセージ、豆腐などにも使われるようになった。当時の豆腐はカットして水に浮いた状態で販売されるものが多くあり、製造環境や温度管理状況によっては食品衛生的にリスクが高い商品であった。そんなとき、大腸菌等の食中毒菌にもよく効くこのAF2は、広く豆腐業界で使用された。

しかし当時は、食用タール色素(最初に石炭の副生成物のコールタールからとれた芳香族炭化水素を原料としてアゾ染料などが作られたため、今でも誤解されやすいこの名前が残っている)やチクロの発がん性など、食品添加物の安全性が問題視されていた時期でもあり、AF2も安全性が問題とされた。

AF2が培養ヒトリンパ球で染色体異常を起こすとか、細菌を用いた変異原性試験で陽性(発がん物質か!)の報告が出て、AF2の毒性が大きな問題となってきた。

変異原性試験では有名なAmes test(サルモネラ菌)では、当初AF2は陰性であったが、その後に高感度菌株を開発し陽性となるなど、変異原性試験の高感度検出にも貢献した化合物である。しかし高感度化は、広く網羅するスクリーニング法としては大切だが、その結果をそのまま信ずるには慎重さが必要であろう。

さらに、マウスにAF2を大量投与して毒性試験を行い、前胃にがんが発生することが確認され、国は1974年使用禁止にした。こんなものを食べさせたのか!という社会的反感も大きく、消費者運動の対象として悪の食品添加物となった。そして、月日は流れた。

●50年後の真実

2023年7月、雑誌「食品衛生研究」7月号の「提言」で、国立医薬品食品衛生研究所の本間正充所長が、ご自身が所属した変異遺伝部は、AF2騒動をきっかけに変異原性試験の重要性が認識され発足したと記されている。そして「それから50年近くが経過した数年前に、環境変異原学会でAF2の安全性が再評価されました」と記されている。??何のこと?どこにも報道はなかったけどなあ。

概要を紹介する。Ames testで強い陽性を示すのは、用いたバクテリアにあるニトロ還元酵素が原因で、それがない哺乳類細胞での変異原性は弱い。本間先生らが担当されたin vivoのトランスジェニック動物遺伝子突然変異試験(遺伝子突然変異検出のため大腸菌遺伝子を組み込んですべての組織で突然変異が可能としたマウス)を行った結果、がんが発生した前胃を含め陰性であった。また仮にあったとしても、リスクは極めて低いことが分かったと書かれている。

本間所長は別の報告で、従来の遺伝毒性試験は高用量短期間で試験され、人における発がん物質の暴露環境とは大きく乖離していることを指摘し、本試験法ではAF2の遺伝毒性は否定され、マウスにおけるTD50(50%の動物にがんを引き起こす量)は550㎎/kg/dayで、当時のAF2一日平均摂取量約5.7μg/dayと推定されており、それと比較すると人に対するリスクは当時の予測より極めて低いと考えられると書いている1)。これが実情だったのに、ほとんどの人が知らない。(AF2の話の概要は、菊池康基さんの環境変異原ゲノム学会寄稿文のAF2物語2)をご参照ください。)

本間所長は、当時のAmes testや当時の結論を否定するわけではないと書かれているが、あれだけ社会を騒がせた問題の評価の変更は、学会内だけではなく、広く消費者レベルで共有され、咀嚼されるべきものではないだろうか。

当時から食品添加物はことあるごとに悪者にされ(以前の生協も、こういった限られた情報での判断でもあり、かなり厳しい対応をしてきた面もある)、何か一つのきっかけで魔女狩りの様に感情的になりスケープゴートにしたのではなかったか反省する必要がある。あの時相当激しく報道したメディアの方も含めて。

AF2(フリルフラマイド)、昔はみんなに糾弾され辛い人生?を送ってきたが、今ではほぼ罪も晴れたので、これからは普通の化合物として余生を送ってほしい。


1)平成21年度 厚生労働科学研究補助金(食品の安心・安全確保推進研究事業)分担研究報告書

研究課題名:食品添加物等における遺伝毒性発がん物質の評価法に関する研究

分担研究課題名:哺乳類細胞を用いた遺伝毒性閾値の研究 本間正充(報告書の47~57p)

2)寄稿文「AF-2物語」菊池康基 (j-ems.org)  環境変異原ゲノム学会

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斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。