科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

有機ワインが農薬を作る?

斎藤 勲

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芳醇な香りのワインを日々楽しんでいる方は多いと思います。そんなワインの発酵で作られたエタノールが、成分中の亜リン酸とエステル化反応を起こしてエチル化され、有機リン系殺菌剤ホセチル(商品名アリエッティ等)が生成するという報告がありました。

ワインには、原料のブドウ栽培時の肥料などの影響で亜リン酸が残留します。ワインに亜リン酸が含まれていると、エタノールと反応して有機リン系殺菌剤と同じ成分が生成されてしまい、有機の場合、使っていないものの基準である0.01ppmを超える事例があります。ワイン全体に言えることですが、有機ワインが農薬を作る!ということを、由々しき問題ととらえるか、自然界での化学反応で起こりうること、要はその量の評価だと冷静にとらえるのか分かれ道です。

この報告は、5月下旬ドイツ・ミュンヘンで開催された第12回欧州農薬残留ワークショップEPRWで発表されました。バイエルン州都ミュンヘン(英語はMunich [mjú:nik])は、オクトーバーフェストを中心に年間700万人が訪れる都市です。ここに住むのはバイエルン人(The Bavarian)という誇りを持った方々です。屈強な体格で皮の半ズボンを履いている男性を見ていると、語彙の貧しい私は最初Barbarianと間違えていました。ミュンヘンは緑と水が豊富で、路面電車だけでなく地下鉄・郊外電車Sバーン等も充実し、古くからの石畳の落ち着いたとてもいい町でした。目的の一つであった季節のホワイトアスパラもおいしくいただきました。

この学会は、残留農薬分析では世界的に有名な学会で、プレワークショップ(講習会)を含め5日間、参加者560名という規模で開催され、いろいろな有益な情報を集めることができました。23日のシンポジウムは有機産物の残留問題というテーマで持たれ、生産者・グループ、残留分析、有機ベビーフード、ワインのホセチル生成、オランダやスイスでの有機産物の規制など、EUでは数%位の市場規模を持つ有機産物の残留物質問題が議論されました。

今さらですが、有機農業とは「土壌、エコシステム、人々等の健全・健康を保つ生産システム」であり、外から有害な影響のある物質を投入するよりは、それぞれの地域に見合った生態系の成り立ち、生物多様性とそのサイクルに依存している農業です。有機農業は、環境を共有し、すべてのものの良好な関係と良質の生活レベルを進めるため、伝統と革新と科学を融合させたものです。

そのためには適した作物選択、輪作、生物多様性などを有効活用すること、そういった仕組みづくりそのものであるとも述べられ、投入資材も自然由来の物質を中心に組み立てられています。ここでの最終産物での農薬等の残留は、簡単に言えば、ある基準値すなわち0.01ppm等以下であることが求められます。それを満たせば「有機」であり、その基準を超えているものは「有機ではない」という定義になります。

欧州での多成分モニタリング検査の結果を見ていると、通常生産物では残留農薬の検出率はブドウ、イチゴ、モモなど80%位ですが、有機産物では検出率(定量限界を超える)はほぼ10%未満に収まっています。つまり、よく管理された状況が推測されます。しかし、ゼロではありません。

もう一つ問題なのは、塩素酸、亜リン酸、4級アンモニウムイオン類等外からの汚染をどう評価するかです。塩素酸、過塩素酸は水などの殺菌由来、亜リン酸は生育向上のための肥料などいろいろな汚染原因から混入し、残留するものです。塩素酸類等0.01ppmを超えて検出された場合は、原因解決まで有機の表示がペンディングとなる場合もあるとのことでした。

イタリアの有機産物の農薬基準も0.01ppmです。農薬ではありませんが、亜リン酸も有機ワインを測ってみると基準内ですが8割が20ppmを超えており、その結果エタノールと反応して生成するホセチルも0.01ppmを超えるものが多くあるとの発表でした。通常産品のワインならホセチルのEU基準はブドウで100ppmなので、そこから作られるワインなら何ら問題にはなりません。

いろいろな実験の結果、亜リン酸が20ppm以上ではホセチルは、0.03~0.05ppm程度は生成します。保存中の温度が20℃に保たれていれば、ホセチル生成はある程度抑えられますが、40℃では20倍を超える生成量となり、さらにpHは3~3.5では生成が増加するなどのデータが得られたと報告されました。

国際放射線防護委員会ICRP1977年度の勧告では、放射線防護の最適化としてALARAの原則、すなわち「社会的・経済的要因を考慮に入れながら合理的に達成できる限り低くALARA(As Low As Reasonably Achievable;ALARA)被ばく線量を制限する」ことが求められています。「合理的に達成できる限り低く」というのは機器分析技術的、ゼロリスク的観点ではなく、社会的・経済的バランス、リスクバランスを取りながら対処しなさいというのが本来の意味の様です。

そういう点から、有機ワインのホセチル0.03ppmはどう対応していったらいいのか悩むところです。ゆったりとした雰囲気でワインを飲みたい方には失礼な情報かもしれません。芳醇なワインの味と香りには全く関係ない話として。

参考文献:Food Chemistry Volume 256, Pages 297-303(2018)First evidence of ethyl-hydrogen phosphonate ( fosetyl ) formation in winemaking;   LorisTonidandel et al

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。