食情報、栄養疫学で読み解く!
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
児林 聡美野菜は、健康維持のためには積極的に食べておきたい食品のひとつであるというイメージをお持ちの方は多いかなと思います。
実際に、野菜には様々なビタミンやミネラルが含まれていますし(文献1)、それらの栄養素の供給源として寄与する割合が比較的大きな食品でもあります(文献2)。
そんな野菜に関して、「野菜を1日に350 g食べましょう」という目標を耳にすることはあるでしょうか。
国が掲げている目標なのですが、なぜ350 gなのか、ということを探っていくと、実はうまく説明ができていないようなのです。
この350 gの数値はどこから出てきたのでしょうか。
そしてこの目標をどう捉えればよいのでしょうか。
解説してみたいと思います。
「1日に野菜350 g」がいつごろから言われるようになったのか、一度確認しておきたいと思います。
これは、厚生労働省、つまり国が掲げている健康づくり運動である「健康日本21」の中にある目標なのです。
国が旗を振って実行しているということは、日本の中で最も優先される、健康づくりのための目標なんです。
この健康日本21は、「21世紀」の健康づくりとして、進められているものです。
その歴史を遡ると、国の健康づくりの取組みは、1978年からおおよそ10年ごとに進められていました。
最初が1978年からの「第1次国民健康づくり対策」、次が1988年からの「第2次国民健康づくり対策」、そして2000年から始まった「第3次国民健康づくり対策」のことを「健康日本21」と言っています。
さらに2013年からは健康日本21(第二次)が、そして2024年からは健康日本21(第三次)が始まり、現在は第三次の健康日本21が実施中ということになります(文献3)。
そんな健康日本21は、おおよそ10年間の中で達成したい様々な健康上の目標を、数値で立てています。
肥満の人をどのくらいの割合に減らすか、喫煙している人をどのくらいまで減らすか、運動は…、睡眠は…といった具合です。
その中に食事の目標もあります。
ここで「日本人の野菜摂取量の平均値を1日に350 g以上にする」とか「果物摂取量の平均値を1日に200 g以上にする」というものが出てくるわけです。
この「1日に野菜350 g」の根拠をどう説明しているのか、健康日本21(第三次)の資料(文献3)を見てみます。
すると、直接的なエビデンスに基づいた説明がないんですよね。

健康日本21(第二次)の目標に達しなかったために、今回も同じ目標にする、という説明があります。
一方で、果物に関しては「1日に果物200 g」の根拠として「冠動脈疾患、脳卒中、全死亡のリスクが、果物摂取量200 g/日以上で低くなり、高血圧、肥満、2型糖尿病の発症リスクも、この程度の摂取量までは減少している」といった説明が、根拠論文も示しながら、資料(文献3)中に書かれています。
野菜とは状況がかなり異なりますね。

野菜のほうが目標になった歴史が古く、2000年の健康日本21の開始時から目標として挙げられていることも分かりました(文献4)。
この資料を確認して、目標設定当時にどのようないきさつでこの値が掲げられたのか確認してみました。
すると、こんなふうに書かれています。

「カリウム、食物繊維、抗酸化ビタミンなどの摂取は、循環器疾患やがんの予防に効果的に働く」ことは、文献を引用して説明されているのですが、それを野菜としての目標値にするために「それらの栄養素を十分に摂取できる野菜量をシミュレーションすると、だいたい野菜量として350~400 gになった」と説明しているんです。
この根拠としている文献は、この調査報告書を書くために実施した、シミュレーション調査であり、人が食べたものを分析したような疫学研究の結果ではなく、論文化もされていないようです。
つまりこれは、野菜350 g程度食べた人たちの研究結果でもなく、この野菜摂取量で健康効果があることも確認していない状況なのです。
それでは、最近の栄養疫学研究では、どのように言われているのでしょうか。
その前にお伝えしておくと、「野菜」と「果物」にわけて摂取と健康のことを考えるのは、日本独自でけっこう珍しいことのようです。
海外では「Fruits & Vegetables」という表現が一般的で、野菜と果物は合計して考えることが多いです(しかも果物が先)。
ビタミンやミネラルを豊富に含む植物性食品、という意味では、野菜と果物はセットで同じグループでとらえるほうが便利なのでしょうか。
そういう背景があり、研究も、野菜と果物の摂取量の合計と健康の関連を検討することが多いです。
そしてたとえば、野菜と果物の摂取量と総死亡率を調べた複数の研究を統合した研究では、このようになっています(図4;文献5)。

1日におおよそ5皿分、つまり80 g×5皿で400 gほどを1日に食べると死亡率が下がり、それ以上食べても効果は一定という様子が伺えます。
野菜と果物の摂取を「5 a day」にしよう、ということを聞くことがあるでしょうか?
野菜と果物を合わせて、1日に5皿ほど、というのが世界のスタンダードなのは、こういった研究が背景にあるためのようなのです。
一方で、野菜と果物を分けて検討した研究結果もあります(文献6,7)。
これらの研究では、総死亡率の低下は、野菜も、果物も、それぞれ、おおよそ200 gから250 gくらいを1日に摂取すると、総死亡率が低下しています。
合わせるとだいたい400 gくらい、という感じですよね。
日本の健康日本21の目標では、1日に野菜350 g、そして果物が別に200 gです。
合わせると500 gを超える量を1日に食べることになります。
世界の流れや、研究結果を根拠にして説明できる量から考えると、どうも多いようです。
実際にそれだけの量を食べるのは、かなり意識しないと難しいと思われます。
最近では果物の価格がかなり上がっているような印象もありますしね。
自治体や施設で働いている、栄養業務に関わっている人たちと意見交換してみると、野菜350g/日と果物200 g/日をそれぞれ達成するのは難しいという声がありました。
そして、達成できていないことを問題視されてしまう場合もあるということです。
「この目標は厳しい、けれども国が掲げている以上、それを覆す力は私たちにはなくて、どうしたらよいのでしょう」と言われてしまい、私も答えに詰まってしまいました。
そこまで「1日に野菜を350 g」にこだわらなくてもいいのでは、と私個人としては思います。
国の立てた目標で、そして以前より掲げられている目標のため、変更するのが難しいのかもしれません。
けれども、こういった目標値は、どんどん新しく発表される研究論文の結果や、現実の状況を考慮しながら、柔軟に運用できるようになってほしいなと感じます。
野菜を1日に350 g以上、という目標の数値にはとらわれないでほしいのですが、とはいえ、野菜はビタミン、ミネラル、食物繊維など、積極的に摂りたい栄養素を比較的多く含みます。
そして、図4やその他の研究結果(文献5-7)からは、多く摂りすぎたからといって、健康に害があるとは考えにくい状況です。
野菜を多く摂取することで、摂りすぎると健康に好ましくない影響を与える食品を多く食べることを防ぐ役割もあると思い、私も健康的な食事の3つのポイントのうちのひとつに「野菜はなるべく多めに」を挙げるようにしています(「栄養学の専門家がお勧めする3つの食事のポイント」参照)。
ただし、野菜をたくさん食べると、食塩の摂りすぎにつながる可能性がありますので、減塩をセットで意識しておきたいですね(「知らずに食塩摂取量は増えていた!?その行動とは?」参照)。
「1日に野菜350 g」の根拠は、疫学研究からは乏しいですが、可能なら350 g食べることは、健康上問題はなく、しかもだいぶ安心だと思ってもらっておいて構いません。
そして、それがどのくらいの量か実際に目で見て知っておくことは、知識としても役立ちそうです。
一方で、栄養業務の現場では、この根拠が乏しい目標値に翻弄されて困っている、という事実もあるようです。
このことをこうして知らせることで、状況が改善に向かえばいいなとも思っています。
参考文献:
※食情報や栄養疫学に関してヘルスM&Sのページで発信しています。信頼できる食情報を見分ける方法を説明したメールマガジンを発行しています。また、食事摂取基準の本文全文を読んで詳しく学びたい方向けに、オンライン講座も開講しています。ぜひご覧ください。
九州大学で農学修士、東京大学で公衆衛生学修士、保健学博士を取得。現在はヘルスM&S代表として食情報の取扱いアドバイスや栄養疫学研究の支援を行う.
知らずに食塩摂取量は増えていた!?その行動とは? 栄養疫学って何?どんなことが分かるの?どうやって調べるの? 研究者が、この分野の現状、研究で得られた結果、そして研究の裏側などを、分かりやすくお伝えします