科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

亜硝酸に関する誤解をなくそう~香港トータルダイエットスタディから~

畝山 智香子

2025年6月10日、香港が第二回香港トータルダイエットスタディ(TDS)での硝酸と亜硝酸の摂取量推定の結果を発表しました。
その内容と、そこから是非広く知っておいてほしいことを紹介します。

香港の食品安全センターからのプレスリリースは以下です。
Press Release – CFS announces Second Hong Kong Total Diet Study findings on nitrate and nitrite
June 10, 2025

報告書は以下からダウンロードできます。https://www.cfs.gov.hk/english/programme/programme_firm/files/2nd_
HKTDS_Nitrate_and_nitrite_report_e_final.pdf

結果の概要は以下です

【硝酸】

TDSで187食品の硝酸を測定し、97%から検出された。食品群としては「野菜及びその製品」中の平均濃度が最も高く690 mg/kgであった。ほとんどの人の硝酸の摂取源はこのグループで、硝酸の総摂取量のうち成人では91%、若い人では87%になった。中でも葉物野菜だけで総硝酸摂取量の70-80%になる。成人の推定食事摂取量は平均的消費者で3.8 mg/kg bw/day、高摂取群で8.0 mg/kg bw/dayである。若い人ではそれぞれ4.1 mg/kg bw/dayと8.9 mg/kg bw/daydであった。

【亜硝酸】

亜硝酸については187のTDS食品のうち検出されたのは59のみで、最も平均濃度が高かったものから、さやつき緑のインゲン豆(12 mg/kg)、野菜及び/または果物ジュース(9.9 mg/kg)、turnip cake(大根餅)(8.2 mg/kg)、カイラン(6.8 mg/kg)、キャベツ(6.7 mg/kg)、スイカ(6.4 mg/kg)の順だった。成人の平均的消費者の推定食事摂取量は0.014-0.018 mg/kg bw/day (下限-上限)、高摂取群では0.025-0.029 mg/kg bw/day (下限-上限)だった。若年層ではそれぞれ0.019-0.025 mg/kg bw/day (下限-上限) および 0.038-0.045 mg/kg bw/day (下限-上限) だった。

【結論】

この値は、硝酸についてはEFSAが2017年に導出した硝酸のADI  1.05 – 9.4 mg/kg bw/day (硝酸イオンとして)の範囲内なので、急性の健康リスクとはならない。
Re‐evaluation of sodium nitrate (E 251) and potassium nitrate (E 252) as food additives – – 2017 – EFSA Journal – Wiley Online Library

亜硝酸についてはJECFAやEFSAの設定したADI  0.07 mg 亜硝酸イオン/kg bw /day以下なので健康リスクは低い。

一方、野菜や果物は健康的食事の重要な構成要素であり、摂取不足が非伝染性疾患リスクの増加に関連することから、多様な野菜果物を、適切な調理をしたうえで食べることを推奨する。

以上、詳細データは報告書に記載されていますが、食事からの摂取量推定は年齢別に6-11才、12-17才、18才以上(成人)、18-49才、50-64才、65才以上と分けたうえで男女別に推定しています。

EFSAの設定した硝酸のADIに幅があるのは、毒性のエンドポイントとして経口摂取した硝酸が亜硝酸に変換されてメトヘモグロビンを形成することとしていて、硝酸から亜硝酸への変換率を1-9%の間と推定しているためです。

● 加工肉由来の亜硝酸、総摂取量への寄与率はほぼゼロ

さてここまでの内容を何の疑問もなく理解できた人はどのくらいいるでしょうか。

まず香港のTDSは、欧米などに比べると日本人の食生活により近いと考えられるので参考にする価値はあると思います。

次に硝酸と亜硝酸の関係ですが、硝酸(NO3-)は口の中で硝酸還元細菌によって亜硝酸(No2-)に変換されます。その変換の割合が口内の微生物や各種条件によって変わり一定ではありません。私たちの摂取する硝酸の由来は主に野菜ですが亜硝酸は食品添加物として使われるものよりはるかに多くの量を硝酸からの変換で摂取しています。

TDSではあくまで食品由来の摂取量を推定します。ただリスクを考える場合には由来が何であろうと総ばく露量を考える必要があります。

そしてHK TDSで得られた興味深い結果の一つは、ソーセージやハムなどの加工肉製品は、加工していない肉に比べると硝酸濃度は高かったものの、亜硝酸は全て不検出だったということです。食品添加物として使用した亜硝酸塩は保存期間中に硝酸に酸化され、さらに茹でたり炒めたりする調理の工程でなくなってしまったと考えられます。TDSでは、食品は実際に食べる状態に調理したものを分析するので、市販の流通品を分析するのとは違う結果が出ることがありますが、私たちの実際の摂取に近いのはTDSのほうです。

そして「亜硝酸濃度の高い食品」として挙げられているのは野菜類です。HK 当局の調査によると、もともと硝酸含量の多い野菜は不適切な状態で保存されると亜硝酸濃度が高くなることがあるとのことで、野菜は新鮮なうちに適切に調理して食べることを薦めています。

ところで日本語で「食品と亜硝酸」に関する情報を探すと、「食品添加物の亜硝酸ナトリウムを使っているハムやソーセージ」の話ばかりになります。

亜硝酸の有害影響の可能性についてはともかく、亜硝酸の摂取量を減らすために「ハムやソーセージを食べる前に下茹でする」「亜硝酸ナトリウム不使用の商品を選ぶ」といった「助言」をしている場合がとても多いです。食品添加物についてのデマ情報で稼いでいる典型的な人たちだけではなく、国家資格である栄養士や管理栄養士を名乗る人たちですらそのようなことを真顔で推奨していたりします。

でもHK TDSで明らかなように、そんなことをしてもほとんど意味はありません。加工肉由来の亜硝酸の摂取量は、亜硝酸総摂取量への寄与率はほぼゼロです。

改めて、亜硝酸の摂取量を減らすために香港食品安全センターが勧めていることは以下です。

・多種多様な野菜や果物を食べる

・野菜を茹でるなどの下処理や調理は適切に行う

・野菜は新鮮なうちに使い、調理後もあまり時間をおかずに食べる

亜硝酸対策としてではなく、実践できている場合も多いとは思いますが、どうでしょうか。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

FOOCOMは会員の皆様に支えられています

FOOCOM会員募集中

専門誌並のメールマガジン毎週配信

野良猫通信

国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。