科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

残留農薬よりも有害なデータの悪用―EWGのダーティ・ダズン

畝山 智香子

農薬は農作物を病害虫から保護することで、収量をあげて十分な量の食品を供給する食料安全保障と、ヒト健康に悪影響を与えるカビ毒などの発生を抑制して食品安全に貢献する重要なツールです。使用前にヒトや環境への安全性を確認して認可されたものだけが認可された使用条件で使えます。作物や栽培地域によって発生する病害虫は多様なため、世界中で膨大なリソースを費やして安全性の確認や使用条件の検討が行われてきました。安全性の確認作業の一つに、認可された使用条件がきちんと守られているかどうかを調べることが含まれます。残留農薬の検査です。

輸入食品や市販食品の検査というと真っ先に残留農薬の検査が思い浮かべられると思います。残留農薬の分析は、おそらく食品については世界中で最も多く行われている「検査」で、多くの食品安全監視機関が定期的に食品中の残留農薬の検査結果を報告しています。

米国で行われている残留農薬検査のうち、消費者が食べているレベルは安全であることを示す代表的なものが米国農務省による農薬データ計画Pesticide Data Program (PDP)です。
Pesticide Data Program | Agricultural Marketing Service

この計画の下で、米国に供給されている食品の約99%はEPAの設定した残留基準を守っていることを30年以上にわたって示し続けてきました。農薬はコストになるので農家が必要な量以上を使う理由はないのですが、データで示し続けることで消費者の信頼に役立つはずなのです。
Agricultural Marketing Service factsheet

ところがこの安全性を立証する膨大な努力の結果を、不安を煽るために悪用するのが有機農業団体から支援を受けて活動するNGOです。

米国の環境ワーキンググループ(EWG:Environmental Working Group)は、2004年からほぼ毎年春にダーティ・ダズン(Dirty Dozen、汚い12)リストを発表し、消費者に対して農作物の残留農薬に警告するプレスリリースを行ってきています。今年は6月11日でした。
EWG’s 2025 Shopper’s Guide to Pesticides in Produce | Summary
JUNE 11, 2025

EWGによるリストの作り方は、PDPのデータベースから有機栽培以外の農産物の直近数年分のデータをとりこみ、りんごやほうれんそうといった農産物ごとに以下をスコアに換算してランキングをするというものです。

  • 1つでも残留農薬が検出された割合
  • 1つの検体について平均何種類の農薬が検出されたか
  • 1つの検体で検出された農薬の濃度の合計の平均
  • 農薬の無毒性量と検出された濃度の比

毎年同じ方法で計算しているわけではありませんが、農薬はたとえ僅かであっても検出されること自体が問題だという考え方であれこれ数字を操作しています。農薬は微生物や昆虫、雑草などの生き物を殺したり抑制したりするものなのだから本質的に悪いものであるから、だそうです。

一般向けに公表されるのはランキングの上位12種類を「汚い12」、下位15種類を「クリーン15」としたリストです。このやり方だと、例えば検出される残留農薬が年々量が減っていたりより安全なものに変わっていたりしても全く安心材料になることはなく、常に何かが「最悪」として名指しされることになります。そしてEWGは「だから有機農産物を買いなさい」と主張するのです。

さらにEWGはこのダーティ・ダズンリストを発表するたびに、農薬がいかに危険かというほとんど根拠のない妄想を付け加えます。たとえば「今は安全だと評価されていても将来危険なことがわかるかもしれない」「EPAや政府は子供たちを守らない」といったような主張です。

結果的にEWGの情報に接する消費者は、有機農産物を売っている店が近くにあるお金持ちなら有機農産物を選ぶかもしれませんが、そうでない多くの場合、普通の野菜や果物を食べること自体が恐ろしくなり摂取量が減ると報告されています。それは健康にとっては望ましくないことです。

PDPは農薬の適正使用を監視するデータであり、カビ毒や天然の重金属などの有害物質は分析対象ではありません。有機農業の認証が正しいかどうかを調べるためのものでもないのですが有機農産物から使えないはずの農薬が検出されれば注意喚起にはなります。ただしEWGは有機農産物は最初から除外しているので問題視されることはありません。

PDPのデータは農作物の全体的な安全性情報の一部でしかなく、実際農産物による健康被害の多くは微生物を含む天然物によるもので残留農薬によるものではありません。ごく最近でもきゅうりのサルモネラによる大規模食中毒がおこっています。
CDC warns of Salmonella outbreak linked to whole cucumbers | CDC Newsroom
May 20, 2025

安全性が気になるならもっと包括的な情報をみるべきです。

●EWGの主張に賛同するMAHA関係者

食品の分析は目的があってその目的のために分析手法やサンプリングを慎重に検討して行っているもので、データはその文脈で読まれるべきものです。EWGのような本来の目的を無視したデータの濫用は数字をもてあそんでいるだけで科学ではありません。それなのにEWGはこれを科学的だと主張しメディアや医師、一部の大学教員までもが賛同してきました。その最大の勢力が第二次トランプ政権のHHS長官であるRFK.JrらによるMAHAムーブメント関係者です。MAHAは突然何もないところから出てきたわけではなく、EWGのような息の長い誤情報拡散の土壌の上に繁栄しているのです。

普通の農作物を食べて普通の生活をしている人たちは政府によって毒を盛られている、私たちにお金を払えば毒を避けられる、というメッセージは呪詛であり社会不安と分断を悪化させるもので、残留農薬による無視できるほどの小さいリスクよりはるかに有害です。その「毒」が現実の人々の生活を脅かしているのがアメリカの現状です。

普通の生産者は消費者に悪意など持っていないし私たちの生活に必要な、安全な農産物を供給しています。陰謀論をもとに政策が行われることにならないよう、農薬に関するデマは放置してはいけないと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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