野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
コメのカドミウムについて日本国内でも基準超過があったことが報道されました。
カドミウム基準値超過米の流通について | 美の国あきたネット
日本の食品衛生法で定める基準である0.4 ppm(mg/kg)以下のところ、0.47~0.87ppmが検出されたため回収するという発表です。
ちょうどコメが不足気味で値段が高どまりしているという状況で、ブランド品種のあきたこまちが回収されると聞いて、もったいないと思ったのは私だけではないでしょう。
ただ「前編」で回収対象となった台湾の乳幼児用せんべいのカドミウム基準値0.04 mg/kgに比べると、水分量の違いを考慮しても0.87 mg/kgが多いと感じる人もいるかと思うので、ここでは基準値について少し説明します。
カドミウムはイタイイタイ病の原因となる有害重金属として有名ですが、安全性評価で指標にしたのはそのような重い病気ではありません。食品などから摂取した微量のカドミウムは加齢とともに徐々に腎臓に蓄積して腎機能障害をおこすと考えられていますが、そもそも高齢化によっても腎機能は低下するのでカドミウムの影響だけを識別するのは難しいです。
それでも食品安全委員会はカドミウム摂取量と近位尿細管機能障害の有病率との関連を調べた疫学研究からカドミウムの耐容週間摂取量(TWI)を7 μg/kg 体重/週と設定しています。この値はJECFAのPTMI 25µg/kg bw とほぼ同じ、EFSAのTWI 2.5 µg/kg bwよりはやや大きいです。
7 μg/kg 体重/週は体重50kgのヒトなら1日50μgまで、に相当します。これは0.4 mg/kg(400μg/kg )のコメなら125gで到達します。コメ1合約150gなので軽くお茶碗2杯分といったところです。
コメ以外からもカドミウムを摂取するので食べられるコメの量はもう少し少なくなります。意外と少ない、と思うかもしれませんがこれは毎日上限の濃度のコメをこの量食べる計算だからで、流通しているコメの多くは基準値よりずっと低濃度です。
ただ、残留農薬や食品添加物のような意図的に使用されているものの基準に比べると安全側への余裕はあまりありません。汚染物質はその性質上、食料確保と安全性確保のバランスをとって設定することが多いからです。
では基準値違反のコメですが、最も高濃度のものが基準の約2倍の濃度なので、標準濃度のコメと半々でブレンドすれば問題なく食べられます―と言ったらどう思いますか?今の日本ではそんなことは許されず、食用にはできないのですが、もしも深刻な食料危機になって本当にコメがない、という状況だったらそういう選択肢も必要になるかもしれません。
個人のレベルだと、基準値を超えたコメでも二日に一回程度しか食べないのなら安全基準は超えないでしょう。逆に、基準を守っているコメであっても毎日コメばかりたくさん食べる、という食生活だとカドミウムの安全基準を超過する可能性があります。
ここでは個々の食品に設定されている「基準値」と、安全性の目安量であるTWIとの違いを意識してください。結局のところ個々の食品で基準値以下かそれを超えたかで安全か安全でないかが分かれるわけではなく、どんな食べ方をするのか、のほうが重要なのです。
前編の台湾の食品基準を紹介しましたが、その基準の多くは日本では設定されていません。そのことについては敢えて触れませんでした。基準はあればあるほど、厳しければ厳しいほど良い、という考えは結構根深いのですが、基準値は安全性を確保するための手段のひとつにすぎません。
私たちの目標は「基準を守ること」ではなくて、食料安全保障を損なうことなく安全性を確保することです。もし消費者が特定の産地・銘柄のものだけを食べずにいろいろなものを食べるので基準値を設定しなくても安全性が確保できている、のであれば、そのほうがいいのです。もちろん貿易などが絡むと基準は必要にはなるのですが。
そして最後に、あきたこまちは今年からカドミウムを吸収しない品種に変わることになっています。これは本当に幸いなことで、農家にとっても消費者にとっても歓迎すべきことです。残念ながら秋田県が「SNS等で、カドミウム低吸収性品種「あきたこまちR」に関して不安を煽る情報や、県内農業者など個人に対して誹謗中傷と受け取れる発信を確認しております。」と警告せざるを得ないような状況があるようです。
水稲新品種「あきたこまちR」を紹介します! | 美の国あきたネット
あきたこまちだけではなくコシヒカリ環1号をベースにしたカドミウム低吸収品種は今後他県でも採用されていくはずです。
国際的動向とも歩調をあわせ、次の世代のためにより安全な食品を供給できるようになることでしょう。
食の安全と食料安全保障においてはまさに「その場にとどまるためには走り続けなければならない」ので、誤情報に惑わされることなく冷静に判断していきましょう。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。