科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

PFOAの「発がん性」とは

畝山 智香子

メディアがしばしば「発がん性が指摘されるPFAS」といったような見出しで報道することがあります。「PFAS」はフッ素を含む無数の化合物の総称であり、そのうち「発がん性が疑われている」といえるのはパーフルオロオクタン酸(PFOA)一つだけです。そしてPFOAに発がん性があると主張しているのは実質的には国際がん研究機関(IARC)だけです。

食品安全委員会は2024年に「ヒトでの発がん性があると明確に判断するまでの確からしさはないと考えます」と評価しています。

「有機フッ素化合物(PFAS)」の評価に関する情報 | 食品安全委員会 – 食の安全、を科学する

極めて慎重な表現ですが、PFOSとPFOAはヒト発がん物質とみなす必要はないというのが世界的にも科学的コンセンサスでしょう。発がん物質だからではなく、難分解性で環境中に長く残存することが主な規制理由です。

ではどうしてIARCはPFOAをヒト発がん性だと言うのでしょうか?

IARCはPFOAについて2014年のVOL 110でグループ2Bに分類しIARC Monographs Volume 110: evaluation of five chemicals – IARC、2025年のVOL 135ではグループ1に分類しましたIARC Monographs Volume 135: Perfluorooctanoic acid (PFOA) and perfluorooctanesulfonic acid (PFOS) – IARC

この二つの評価の違いを見ることによってIARCがPFOAの発がんハザードをどう評価したのかを少し詳しくみてみようと思います。

●IARCモノグラフによるハザード分類

IARCモノグラフ計画による発がん性ハザード分類については以下の記事でも触れられていますが、発がん性を示す根拠の程度によってグループ分けをします。
アスパルテームの安全性 畝山智香子さんに聞く – FOOCOM.NET

そのグループ分けは以下のようなものです。

グループ評価内容発がん性を示す根拠の程度
1Carcinogenic to humans
(ヒトに対して発がん性がある)
・ヒトにおいて「発がん性の十分な根拠」がある場合 ・実験動物において「発がん性の十分な証拠」があり、かつ、ヒトにおいて発がん性物質としての主要な特性を示す有力な証拠がある場合
2AProbably carcinogenic to humans
(おそらくヒトに対して発がん性がある) (可能性が高い)
以下のうち少なくとも2つに該当する場合
・ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」がある
・実験動物において「発がん性の十分な根拠」がある
・発がん性物質としての主要な特性を示す有力な証拠がある
2BPossibly carcinogenic to humans
(ヒトに対して発がん性がある可能性がある) (可能性が低い)
以下のうち1つに該当する場合
・ヒトにおいて「発がん性の限定的な証拠」がある
・実験動物において「発がん性の十分な根拠」がある
・発がん性物質としての主要な特性を示す有力な証拠がある
3Not classifiable as to its carcinogenicity to humans
(ヒトに対する発がん性について分類できない)
上記いずれにも該当しない場合

なお以前は「グループ4 おそらくヒト発がん性はない」という分類があったのですが、カプロラクタムしか分類されたことがなく、現在はグループ4 はなくなっています。

グループ2Bとグループ1では上記の表で2段階のランクアップであり、「発がん性の可能性は低い」、から「ヒト発がん物質(断定)」と大幅な評価の変更です。

【2014年 VOL110でのPFOAの評価】

PFOAについて、ヒトでの根拠は限定的limited evidenceで、精巣と腎臓で正の関連が観察されていると記述されています。そして実験動物での根拠も同様に限定的limited evidenceで、このことからグループ2Bと判断されています。

【2025年 VOL135でのPFOAの評価】

ヒトでの根拠は限定的limited evidenceで、精巣と腎臓で正の関連が観察されているという、VOL110と同じ記述です。そして実験動物での根拠が十分sufficient evidenceに格上げされています。さらにメカニズムについて、発がん性の重要な特徴を複数示す強い根拠があるstrong evidenceとされています。

つまり「実験動物」と「メカニズム」の二つの要素で二段階ランクアップされていて、ヒトでの発がん性の根拠が新しく出たわけではないです。

この二つの要因についてさらに見てみます。

●動物実験-ヒトに当てはまる可能性が低い実験を根拠に

新しく入手可能になったPFOAの情報は、2020年に発表されたNTP(国家毒性計画)のSDラットを用いた発がん性試験です。Abstract for TR-598

この試験では餌に最大80ppmまで混ぜて食べさせた雄では、肝細胞腺腫と膵臓腺房細胞腺腫の増加が確認され、明確な発がん性の根拠があると判断されています。一方雌では投与量が最大餌に1,000 ppmとけた違い多いにもかかわらず、発がん性はそれほど明確ではありません。雌は肝臓では発がん性はみられず、1,000 ppm投与群の膵臓の腺房細胞の腺腫が50匹中1匹に、腺がんが50匹中2匹に観察され、腺腫と腺がんを合計した50匹中3匹でようやく対照群と比べて有意差がついたため、NTPの報告では「発がん性に関する幾分かの根拠がある」と判断されています。

この試験の結果をIARCは「GLPに則った適切な試験でラットの両性で発がん性が確認されたので、明確な動物実験でのがんの根拠がある」と記述していて、NTPの判断より根拠が強いことになっています。

この実験に関しては、雄でのみ明確な発がん性があり、雌では大量に投与しても同じようながんは全くできないので、ラットの雄に特有の何かがあるのだろう、と考えるのが普通だと思います。そしてラットの雄にしかみられないようながんがヒトにあてはまる可能性は低いでしょう。実際マウスでの発がん性試験も行われていますががんの増加は確認されていないのです。そしてヒト疫学研究で観察されているがんとの整合性もありません。

食品安全委員会はこのラット試験の結果はヒトにあてはめるのは困難だと判断していますが、それが妥当だと思います。

●メカニズム―IARCの評価は科学的コンセンサスから外れている

実はここが2014年と2025年の評価で大きく判断基準が変わっているところです。そしてIARCの評価が科学的コンセンサスから外れていく部分です。

IARCは2016年にEnviron Health Perspectに発表した論文(Smith MT et al.,; 124(6): 713–721)で、これまでグループ1に分類してきたヒト発がん物質には以下の10の特徴がよくみられると主張しています。

  1. 求電子剤 として作用する
  2. 遺伝毒性
  3. DNA 修復に影響あるいはゲノム不安定性誘発
  4. エピジェネティック変化
  5. 酸化的ストレス
  6. 慢性炎症
  7. 免疫抑制
  8. 受容体を介する反応に影響
  9. 不死化
  10. 細胞の増殖、細胞死、栄養供給に影響

そして、だからこの10の特徴のあるものは発がん性メカニズムの根拠になると主張するのです。これに合意しているのはIARC関係者だけだと思います。

例えば培養細胞に何らかの化合物をある程度大量に与えることができれば、これら10種類の影響のうちのいくつかは観察できるでしょう。発がん以外の毒性影響でも活性酸素種の増減や受容体を介した反応は観察できますし、特定のサブセットの免疫系細胞は増えても減っても免疫抑制だと主張できます。

一般的に培養細胞を使った実験は、生きた動物を使った試験より現実的でない条件が多いため信頼性は低いと判断されるのですが、IARCは細胞がヒト由来、あるいはヒトの受容体を発現させるなどのヒト化操作をした培養細胞での実験を、動物よりヒトに近いという理由で信頼性が高いとしています。

これもかなりトリッキーな主張で、ヒトだろうと動物だろうと調べたい項目や実験条件によって妥当性は異なり、ヒト細胞だから一律に優れているわけでもないです。こうした様々な、総合的に考慮すべきことがらをばらばらにして全てを加点システムにすることで、実際にヒトでのばく露量とはかけ離れた用量であっても、ハザード評価だから構わないとして、どんなものでも発がん性ありと言えるようにするための条件にしかみえません。

2014年のPFOAの評価でも各種ヒト培養細胞の実験系で酸化的ストレスが増加する、抗酸化能が減少する、受容体を介した遺伝子発現が変化する、炎症に影響するといった実験結果には言及されています。

しかし、発がんメカニズムといえば遺伝毒性があるかないかが最も重要な検討事項であり、つまりin vivoやin vitroでの突然変異誘発性や染色体異常誘発性、小核形成、DNAとの結合性やDNA傷害性を評価することです。PFOAには直接的な遺伝毒性はないという圧倒的なデータがあります。そのためこうした遺伝毒性以外の実験データについては中程度の(moderate)根拠にしかならないと結論していました。

2025年のPFOA評価書ではPFOA に遺伝毒性の根拠はないことを認めながらも2016年のEHP論文を引用し、ヒトにおいて予防接種後の抗体量の差などが観察されていて免疫系への何らかの影響はありそうだということから、発がんメカニズムの強い(strong)根拠があるとしているのです。

通常、免疫系への影響は発がん性とは別の影響として評価されるのですが、IARCの新しいやりかたでは免疫毒性はそのまま発がん性の根拠とされるのです。

そして、PFOAの事例は遺伝毒性の根拠も受容体を介した発がん性の根拠もなしに、発がんメカニズムをもとにグループ1に分類した初めての化合物であると自慢しています*。
まるで今後遺伝毒性試験陰性のものでもどんどんヒト発がん物質(グループ1)として認定していこうという決意表明のようです。

(*注:これまでの評価では動物実験で明確に発がん性があり、それが遺伝毒性によるものである場合にはグループ1に分類することはありました。多環芳香族炭化水素などがそうです。受容体を介した発がん性の例としてはエストロゲン受容体の活性化を介してエストロゲンが女性生殖器のがんを誘発するため各種ステロイドエストロゲンをグループ1に分類した事例があります。)

食品安全委員会の評価では遺伝毒性の根拠がないため発がん性のメカニズムの強い根拠とはならないと判断しています。IARCの2014年評価と基本的には同様です。

まとめると、IARCのPFOAの発がん性評価がグループ2Bからグループ1に変わった理由は、主にヒトにはあてはまらない可能性の高い動物での発がん性を示すデータが新たに入手可能になったことと、IARCの判断基準がより多くのものを発がん性の根拠にすることに変わったことです。この判断基準の変更はIARCの評価を利用する場合には極めて重要な情報であるにも関わらず、あまり認識されていないようです。

なおPFOSについては発がん性を直接示すような根拠はほとんどなく、培養細胞での実験結果と明確ではない動物実験を根拠にグループ2Bに分類しています。

私はこうしたIARCの新しい方針は科学的とは言い難いものだと考えます。

●今後予想されること

発がん性試験を含むどんな試験でも偽陽性は避けられないので、人々の関心が高く多くの試験が行われるようなものだと、何らかの毒性影響を示すin vitro試験の結果と組み合わせればかなりの高確率で発がん性があると判断される可能性があります。リスク評価ではなくハザード評価なので極端な条件での実験でも根拠とできます。

つまりIARCは今後、科学的コンセンサスとはいえない判断基準を使ってあらゆるものの発がん性を以前より「根拠の確実性が高い」と評価し続けるだろうと予想されます。それによってヒトのがんが減ることはなく、混乱が増えるだけだと思います。

そうした事態を避けるためには、IARCの評価は新しいものと古いものでは意味が違う可能性があることに注意し、IARCだけがヒト発がん性ありと評価しているようなものについて心配するのはやめる、のがよいと思います。

●最後に

「発がん性が指摘されるPFAS」という見出しは、たった一つの機関による、たった一つの化合物であるPFOAへのあまり妥当ではない判断を、膨大な数の一連の化合物全部にあてはまるかのようにミスリードするものです。正確な情報を伝えたい、のであれば使うはずがないものであり、こうした表現を使うかどうかはメディアの質の判断基準になるかもしれません。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

FOOCOMは会員の皆様に支えられています

FOOCOM会員募集中

専門誌並のメールマガジン毎週配信

野良猫通信

国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。