科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

シンガポール食品安全庁のウェブサイト 一度見てください

畝山 智香子

シンガポール食品安全庁(SFA)がホームページを刷新したのでこれを機会に是非一度見てください。
Home | Singapore Government Singapore Food Agency

シンガポールは東京23区よりやや大きいほどの面積の土地に人口564万人(2022年、外務省HPより)が暮らす、土地も資源にも恵まれない国です。水すらマレーシアからの輸入に依存しています。しかし豊かな国で科学技術のレベルも高く、食品安全に関する情報発信も大変洗練されています。

●約70項目のリスクを簡潔に解説

リニューアルしたサイトの中でも特におすすめなのが、一般向けに各種リスクを解説したサイトです。
Risk at a Glance

ここ数年かけて徐々に項目を増やしていて現時点(2024年10月)で70項目ほどあるのですが、基本的な構成は統一されていて、1)導入、2)背景説明、3)それはどんなもの、4)どんな健康影響が心配されているのか、5)それに対してSFAは何をやっていて、6)消費者はどうすればいいのか、が簡潔に記載されています。そして重要な文献と、その記事の執筆者名が明記されています。

情報提供にはいろいろなやりかたがあるのですが、短い文章で重要なポイントを適切に提示するというのは実は結構難しいです。話題になっているトピックスについて公的機関がこういうわかりやすい情報を出すのはとてもいいと思います。トピックスも国際的に注目されているものからローカルで関心が高いものなどを幅広くカバーしています。

●食料安全保障戦略 輸入相手国の多様化を進める

さて今回紹介したいのはもう一つ、シンガポールの食料安全保障戦略です。
毎年発表している年次報告書は以下のサイトに掲載されていますが、2023/2024年の報告を主に参照します。
Annual Reports

シンガポールは先述の通り土地が狭いので食料のほとんど(90%以上)を輸入しています。自給自足など最初からできるはずがないので誰もそんなことは言いません。そんなシンガポールの食料安全保障のための最重要戦略はできるだけ多くの国や地域から輸入できるようにする、つまり輸入相手国の多様化です。2019年には172の国と地域から輸入していましたが2023年には187か国から輸入しました。

感染症の流行や自然災害などにより特定の国や地域からの輸出入が困難になった場合には直ちに別の地域からの輸入で対応する能力こそが食料安全保障なわけです。

●少ない土地で国内生産量を増やすための科学技術の活用

一方、新型コロナ感染症パンデミックの際に苦労したことから、国内生産ももちろん推奨していて、2030年までに必要な栄養の30%を国内で生産したもので賄うという野心的“30 by 30”目標もたてています。

この数値は実際に達成するのは相当難しいですが、あまりにも非現実的でもない、絶妙なところです。耕作可能な土地が少ないシンガポールで国内生産を増やすために推奨しているのは科学技術を最大限に活用して、「最小限のリソースでより多くの収穫を得る」ことです。

人材不足は機械化やITで補い、土地の不足は垂直農業や屋上などの空間を活用する、屋内で育てられる野菜の品種改良を推進する、などの研究開発の推進はもちろんですが、世界で初めて培養肉の販売を認めたことで象徴されるように、新しい産業の育成のために積極的に規制を更新していっています。一部で誤解されていることがあるようなのですが、新しい分野を育てるためには適切な規制があることが重要なのです。特に食品のように安全性が必須のものに対してはそうです。シンガポールの新規食品規制枠組みの作成と運用は、変化する状況を反映した迅速なものでした。培養肉そのものが産業として成長するかどうかはともかくとして、新しいチャレンジにオープンで適切に対応できる市場であることを示したことは世界中から挑戦者が集まることを意味します。

●日本の政策と比べると…

人口当たりの耕作地面積が比較的狭い日本は、農産物を大量生産して輸出できる米国や伝統重視の欧州よりシンガポールからのほうが学ぶことが多いと思います。

特に「輸入相手国の多様化によるリスク分散」と「最小限のリソースでより多くの収穫を得る」は基本的考え方として合理的です。この考え方を採用すると非関税障壁のような各種輸入制限や資源の無駄遣いである有機農業の推進、などは望ましくないことになるのですが。

わが国では第50回衆議院選挙の期間中に、各党がどのくらい食料安全保障や食品安全に関する政策を提言していたでしょうか。個人的には気候変動や不安定な政治情勢の中で安定して食料を供給することと現在進行中の食品安全行政のリソース不足などに危機感を持っているのですが、政治にとってはほとんど争点ではなく、各党の公約の書きぶりもおざなりな、表面をなぞっただけのような紋切り型のものが多かったと思います。自給率100%を目指すなどという実現不可能なことを約束するのは論外ですが、そういう極論しか一般の人々の目に触れないのは残念なことです。

ちょっと愚痴になってしまいました。とにかくシンガポール食品安全庁を見てみてください。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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