野良猫通信
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。
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東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
COT(英国毒性委員会)が、EFSA(欧州食品安全機関)と異なる意見を公表した直近の事例は食品添加物の二酸化チタンです。
二酸化チタンはEUでは食品添加物E171として認可されて使用されてきました。それが2021年にEFSAが食品添加物として安全ではないと評価したため、2022年8月以降EUでは使用できなくなりました。しかし英国を含むEU以外の国では広く使われています。二酸化チタンは食品には白色色素として使われますが化粧品や医薬品にも使われています。
2021年のEFSAの評価では食品添加物の二酸化チタンに含まれるナノサイズの粒子に着目して、ナノ粒子の毒性影響を調べたin vitro実験などから二酸化チタンに遺伝毒性があるかもしれないという懸念が完全に解消できないために安全だとはみなせないと結論しました。
それに対してCOTは遺伝毒性の懸念を特に重点的に評価したうえで、以下のように評価しています。
実はこのEFSAの2021年の二酸化チタンの評価は世界中の評価機関から驚きをもって迎えられ、各国がそれぞれ再評価などを行っています。その結果は以下に示したようなものです。EFSAだけが、主にナノ粒子の不確実性を根拠に安全でないと言っているという状況です。
EFSAが食品添加物としての二酸化チタンを安全でないと評価したことによって最も困惑しているのが同じEUの医薬品を管轄する組織である欧州医薬品庁(EMA)です。二酸化チタンは医薬品の錠剤のコーティングとして広く使われています。着色というよりは光を遮り水や温度変化などから医薬品成分を守るために非常に優秀でかつ安価で安定であるため、代用できるようなものはみあたりません。
EMAはEUが食品添加物としての二酸化チタンの使用を禁止するにあたって医薬品の事情を考慮するよう文書を出していますが、その後どうなったのかはわかりません。食品より医薬品のほうが国際的に規制や規格を協調させていこうという動きは進んでいますから、上述の世界各国の評価を見る限り、欧州だけのためにグローバル製薬企業が医薬品の規格を変えるための膨大な試験を行う合理性はないと思います。
また二酸化チタンはおもちゃなどの消費者製品や建材などに広く使われていて、ナノ粒子の吸入リスクについては食品よりそれら由来のほうが圧倒的に大きいです。何か問題があるとしたら対策すべきは食品ではないでしょう。
EFSAの二酸化チタン評価からうかがえる「思想」は、食品添加物は完璧に安全でなければならないというある種の潔癖さです。食品そのものに含まれる種々雑多な化合物や汚染物質を考えると、食品添加物だけ極端に厳しくしても人々の健康にはあまり役に立ちません。はたから見ると食品添加物は嫌いなのだな、という印象を持ちます。そしてもし日本からEUに食品を輸出しようとするなら、既存添加物として日本でのみ使用できるようなものはほとんど認められることはないだろうと予想できます。既存添加物の安全性に関するデータは、指定添加物に比べると足りないことが多いからです。
食品をめぐる評価には、科学の話ではありながら科学だけではない部分があります。
そして二酸化チタンについて「欧州では食品添加物として使えない」という部分だけを強調して他の国の状況を伝えない、というような情報提供は不適切です。残念ながらそうしたやり方はしばしばみられます。適切な情報を届けることは難しいですが、読者の皆様とともにそれを目指したいと思います。
東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。
国内外の食品安全関連ニュースの科学について情報発信する「野良猫 食情報研究所」。日々のニュースの中からピックアップして、解説などを加えてお届けします。