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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

国や機関によって評価が異なる化合物(2)二酸化チタン

畝山 智香子

COT(英国毒性委員会)が、EFSA(欧州食品安全機関)と異なる意見を公表した直近の事例は食品添加物の二酸化チタンです。

●EU(EFSA)と英国(COT)で異なる評価

二酸化チタンはEUでは食品添加物E171として認可されて使用されてきました。それが2021年にEFSAが食品添加物として安全ではないと評価したため、2022年8月以降EUでは使用できなくなりました。しかし英国を含むEU以外の国では広く使われています。二酸化チタンは食品には白色色素として使われますが化粧品や医薬品にも使われています。

2021年のEFSAの評価では食品添加物の二酸化チタンに含まれるナノサイズの粒子に着目して、ナノ粒子の毒性影響を調べたin vitro実験などから二酸化チタンに遺伝毒性があるかもしれないという懸念が完全に解消できないために安全だとはみなせないと結論しました。

それに対してCOTは遺伝毒性の懸念を特に重点的に評価したうえで、以下のように評価しています。

  • 食品添加物としての二酸化チタンは乳白剤、白色色素として使われるので200-300nmの小粒子が凝集した形態でなければ機能を果たさない。一方工学的に作られた二酸化チタンナノ粒子は全ての粒子径が100nm以下で無色であり、そのため食用色素には適さない。
  • COTの評価対象は食品グレードの二酸化チタンである。多様なサイズの二酸化チタンを使った実験の報告があるが食品グレードの二酸化チタンを経口で投与した実験を最も重視する。
  • COTはFSAが委託して二酸化チタン製造業者協会がガイドラインに従って実施した拡張一世代生殖毒性試験(EOGRT)を、毒性評価のための適切な試験だとみなす。この試験の最高用量(1000 mg/kg bw per day)まで、毒性は観察されなかった。従ってこの最高用量を無毒性量(NOAEL)とする。
  • EFSAが懸念が残る原因としてあげた遺伝毒性試験の一部は、食品グレードではなくナノ粒子を使ったもので再現性もない。食品グレードの二酸化チタンに含まれるナノ粒子画分については不確実性が完全に排除できないものの、遺伝毒性リスクは低いと考えられる。
  • 結論として1000 mg/kg bw per dayに不確実係数100を採用して健康に基づくガイドライン値(HBGV) (つまりADIのこと) 10 mg/kg bw/dayを設定。この値は相当保守的である。
  • 食品からの二酸化チタンの摂取量は平均で3.3から11 mg/kg bw per dayと推定された。
  • HBGVが相当保守的であることと推定摂取量が過剰であることなどから健康への有害影響はないだろう。

●他国の評価

実はこのEFSAの2021年の二酸化チタンの評価は世界中の評価機関から驚きをもって迎えられ、各国がそれぞれ再評価などを行っています。その結果は以下に示したようなものです。EFSAだけが、主にナノ粒子の不確実性を根拠に安全でないと言っているという状況です。

表:食品添加物としての二酸化チタンの2024年8月時点での評価

●食品以外への影響

EFSAが食品添加物としての二酸化チタンを安全でないと評価したことによって最も困惑しているのが同じEUの医薬品を管轄する組織である欧州医薬品庁(EMA)です。二酸化チタンは医薬品の錠剤のコーティングとして広く使われています。着色というよりは光を遮り水や温度変化などから医薬品成分を守るために非常に優秀でかつ安価で安定であるため、代用できるようなものはみあたりません。

EMAはEUが食品添加物としての二酸化チタンの使用を禁止するにあたって医薬品の事情を考慮するよう文書を出していますが、その後どうなったのかはわかりません。食品より医薬品のほうが国際的に規制や規格を協調させていこうという動きは進んでいますから、上述の世界各国の評価を見る限り、欧州だけのためにグローバル製薬企業が医薬品の規格を変えるための膨大な試験を行う合理性はないと思います。

また二酸化チタンはおもちゃなどの消費者製品や建材などに広く使われていて、ナノ粒子の吸入リスクについては食品よりそれら由来のほうが圧倒的に大きいです。何か問題があるとしたら対策すべきは食品ではないでしょう。

●背景にあるのは?

EFSAの二酸化チタン評価からうかがえる「思想」は、食品添加物は完璧に安全でなければならないというある種の潔癖さです。食品そのものに含まれる種々雑多な化合物や汚染物質を考えると、食品添加物だけ極端に厳しくしても人々の健康にはあまり役に立ちません。はたから見ると食品添加物は嫌いなのだな、という印象を持ちます。そしてもし日本からEUに食品を輸出しようとするなら、既存添加物として日本でのみ使用できるようなものはほとんど認められることはないだろうと予想できます。既存添加物の安全性に関するデータは、指定添加物に比べると足りないことが多いからです。

食品をめぐる評価には、科学の話ではありながら科学だけではない部分があります。

そして二酸化チタンについて「欧州では食品添加物として使えない」という部分だけを強調して他の国の状況を伝えない、というような情報提供は不適切です。残念ながらそうしたやり方はしばしばみられます。適切な情報を届けることは難しいですが、読者の皆様とともにそれを目指したいと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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