知っておきたい食肉の話
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます
食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。
日本の豚肉はおいしい。海外に行く機会が時々あるが養豚先進地域のヨーロッパや北米、豚肉消費の多い中国・台湾に比べても軟らかく風味があると思う。豚肉が嫌いな日本人はほとんどいないし、価格的にも手頃とあって、身近な動物性たんぱく源として定着している。
畜産関係者による品種改良、エサ、飼養管理などの研究成果といえるが、「昔の豚肉は味が濃かった」という年配者が少なくないし、また、若年層からは「水っぽい豚肉もある」との声も聞く。「もっともっとおいしい豚肉を食べたい」という消費者のニーズや国際競争力を強化するための手段としても、肉質を重視した豚肉生産の動きが目立つようになってきた。
●肉質を重視した日本の豚肉生産
日本で出回っている豚肉は3元交配豚(3 種類の純粋種を掛け合わせた雑種豚)など交雑種が一般的だが、単一品種によるブランド化を試みる養豚生産者も登場している。
代表的なのが「黒豚」(バークシャー種)だが、このほか「純粋金華豚」、純粋デュロック(「伊達の赤豚」、「ボーノブラウン」)、さらにハンガリーの“食べる国宝”といわれている「マンガリッツア」、ドイツの稀少品種「シュベービッシュ・ハル」、イギリス原産の「サドルバック」など、海外のおいしいとされる豚を生体で輸入し、日本国内で繁殖・飼育するケースもある。
特徴あるエサを給与したり、野山に放牧したり、長期肥育などで差別化を図る養豚生産者も出始めている。いずれも、赤身肉のキメの細かさや熟度、脂肪交雑の多さなどおいしさにこだわった豚肉生産を目指している。
●豚肉もサシが決め手 脂肪交雑の判定始まる
豚肉のやわらかさ、風味、ジューシーさなどの食味を決める重要な要因となっているのが筋肉内脂肪交雑(サシ、マーブリング)である。
アメリカ(2001年策定)、カナダ(2014年策定)にはロース(中央部)断面の脂肪交雑程度を客観的に評価する基準が存在するが、わが国にはそうした基準がなかったため、脂肪交雑が多い豚肉を取り扱う生産者等から「脂肪交雑の程度を評価してほしい」との要望が寄せられていた。
こうした背景に加えて、家畜改良増殖目標(2015年3月31日農林水産省公表)の中で、 種雄豚として活用されるデュロック種については、「差別化やブランド化に資するものとしてロース芯筋内脂肪の高い(筋肉内脂肪含量がおおむね6%)系統の作出・利用を図る」とされたことも踏まえ、(独)家畜改良センターと(公社)日本食肉格付協会が共同で3年がかりで独自の方法に基づいた豚肉脂肪交雑基準(ポーク・マーブリング・スタンダード(P.M.S.))を開発。
豚肉脂肪交雑の統一基準が2017年11月に策定され、これにもとづき2018年1月からその判定が始まった。アメリカ、カナダのスタンダードと違うのは、部分肉製造における分割面で適用できるよう考慮している点である。
●脂肪交雑の少しの違いで食味向上
この基準は、豚肉のロース断面(第 4-5 胸椎間の胸最長筋)における脂肪交雑程度を6段階で評価するもの。ただし、この判定はオプションで行うもので豚枝肉取引規格(後述)の改正ではない。P.M.S.の判定と証明書発行を合わせての費用が枝肉格付料とは別にかかる。
なお、豚肉中の筋肉内脂肪含量は、通常、少ないもので1~2%、多いもので4 ~6%位ある。この量は牛肉とは大きく違い鶏肉並みだが、わずか1~2%の違いが見栄えを良くするとともに、食味を向上させることが数多く報告されている。
スタート当初からP.M.S .判定の要望が宮城、山形、福島県下の生産農家などから相次ぎ、日本食肉格付協会の格付員がロース断面とスタンダードを照合して脂肪交雑程度を判定し、証明書の発行を開始。「その後も継続して判定を要請されている」(日本食肉格付協会)という。証明書を店頭に掲げてPRする食肉店もある。
東京都が開発した銘柄豚「TOKYO X」の流通組織・TOKYO Xアソシエーションでも、「近くP.M.S .判定を依頼する予定で、TOKYO Xのおいしさのひとつである霜降りの多さをアピールしていきたい」(TOKYO Xアソシエーション事務局)という。
●豚肉の規格は5段階
実は、食肉業界の豚枝肉の格付け・規格は全く違う基準で決められている。生きた豚はと畜場でと畜して皮を剥ぎ(沖縄や鹿児島、北海道の一部など皮を剥がない地域もある)、頭部と内臓と肘・膝から下の肢を切り離す。さらに背骨を中心にして左右に引き割いた半丸枝肉の状態で格付けされる。牛肉同様に、公益社団法人日本食肉格付協会が枝肉取引規格にもとづき、格付業務にあたる。
格付は、品種・年齢・性別には関係なく半丸枝肉重量と背脂肪の厚さの範囲を定めた判定表(下表・下図)にもとづいて、極上・上・中・並・等外に分けられる。
ついで、外観(均称=つりあい、肉付き、脂肪の付着、仕上げ)および肉質(肉のきめ・しまり、肉の色沢、脂肪の色沢と質、脂肪の沈着)についてチェックされ、各項目を極上、上、中、並、等外の5段階で評価される。豚枝肉の格付等級は食肉卸売市場におけるセリや養豚農家と流通業者間の取引価格を決める大きな要素になるが、小売店や飲食店段階で表示されることはまずない。
なお、国内生産の豚出荷頭数の4分の3にあたる年間1200万頭が格付けされているが、ここ20年間の等級別割合をみると、極上0.2%、上49%、中33%、並13%、等外5%とほぼ一定で推移している。
このうち精肉として小売り店頭に並ぶのは「中」規格以上の豚肉が多く、全体の8割以上を占める。並、等外は重量が極端に小さいか大きいか、脂肪が極端に薄いか厚いかの枝肉が多くを占めるが、なかでも等外はそのほとんどが繁殖用に供された雌豚あるいは雄豚で、これらは小売り店頭にテーブルミートとして並ぶことはほとんどなく、加工原料用に仕向けられる。
「中」は発育良好で出荷適齢期を見逃して重量オーバーしたものや背脂肪がやや厚くて“格下げ”されたものがかなりあり、そうした豚は「肉のうま味が濃く、脂肪をトリミングすれば上規格の肉よりおいしいものが多い」と評価する食肉流通業者も少なくない。
ちなみに、EU諸国や北米では、徹底したリーン(赤身)重視の格付けで、1頭の豚からどれだけ赤身肉をとれるかで取引価格が決まる。欧米で豚肉はテーブルミート(調理用食肉)として利用されるよりも、ハム・ソーセージや生ハムなどの加工品として需要が強いことが影響しているようだ。
●肉質評価を格付けでも再考を
いま養豚業界は生産効率や産肉性を追求する一方で肉質重視を志向する流れもある中、今後、脂肪交雑基準が後者を後押しするツールとして鍵を握りそうだ。日本食肉格付協会の青島正泰専務理事は「国産豚肉の差別化やブランド化の一助となり、ひいては種豚の改良や畜産業の発展に寄与してほしい」と期待する。
現行の豚枝肉取引規格は1961年に制定されて以来、過去5回にわたり枝肉重量や背脂肪厚の改定がなされてきたものの、評価方式など基本的な部分は約60年にわたり変わらず運用されてきた。
かつて(2011年)、豚肉も牛肉と同じように「歩留等級」と「肉質等級」の「分離評価方式」を採用する案が業界団体内部から提案されたことがあるが、脂肪交雑のような“おいしさの指標”となる肉質を評価する格付システムが再考されても良い時期に来ているのではないか。
さらに、それを消費者にも開示する仕組みができれば、消費者の商品選択に役立ちそうだ。
【参考文献】
『ゼロから理解する食肉の基本』( 株式会社誠文堂新光社 2013年5月)
『豚枝肉格付結果』(平成29年次)(公益社団法人日本食肉格付協会)
『食肉の知識』第2版(公益社団法人日本食肉協議会 平成25年11月)
食肉加工メーカー、養豚企業勤務、食肉・畜産関連の月刊誌等の記者を経て、現在はフリーの畜産ライター。
世の中は空前の肉ブーム。でも生産や流通の現場はあまり知られていません。食肉一筋の畜産ライタ―が、お肉のイロハを伝えます