科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

フロリダ州のGM蚊試験放出騒動~解決法選択と経済性からの考察

宗谷 敏

キーワード:

 2015年1月5週目の全米メディアは、フロリダ州南部キーウェストへのGMM(Genetically Modified Mosquitoes:遺伝子組換え蚊)試験放出計画と近隣自治体や住民による反対運動を伝えて沸騰した。GMMは、GMOsに関心のある人にとって新奇なトピックではないが、メディアの「初物好き」を超えた米国各紙の狂乱振りは異常だった。各紙報道は似たり寄ったりで、例えばJapan Times紙もカバーしたAPが代表的だ。

 私の関心や疑問は、蚊が媒介するウイルス性疾患への対策として、米国政府(CDC:疾病予防管理センターとFDA:食品医薬品局)がGMMにプライオリティを与え、提案した経緯やその経済性、また、なぜEPA(環境保護局)ではなくてFDAがGMMを所掌しているのかなどだったが、2月15日の投資専門紙Motley Fool‎で答えを見つけたので、今回はこれを紹介する。

 尚、フロリダ州で問題となっている英国Oxitec社のGMMは、既にケイマン諸島、マレイシア、ブラジルとパナマで試験放出が実施されているが、ブラジルで話題になった昨秋一度書いているので、技術の概要説明など前回と重複する部分は今回省略する。

 

 CDC(原文にはないリンクを追加したが、情報充実振りはさすが)によれば、ネッタイシマカ(Aedes aegypti )が媒介するデング(dengue)熱チクングニア(chikungunya)熱の増加が観察されました。

 CDCとFDAには、対策として2つのオプションがありました:

(1)蚊の生息数をコントロールする
(2)ワクチンを開発する

 (1)に関しては、フロリダ州政府がネッタイシマカに対して6種類の殺虫剤を散布しましたが、ネッタイシマカはそれらの4種類に抵抗性を示し効率的ではありませんでした。

 (2)のワクチンでは、フランスSanofi社によって開発されたデング熱ワクチンが2014年9月に第III相臨床試験で有望な結果を出していますが、FDAはまだ認可していません。もし、FDAが認可したとしても、(一般的)ワクチン接種は(任意のままか、義務化かを巡って)現在米国では激しい論争になっており、今まで経験がない病気への予防接種は公衆からの抵抗に遭遇するでしょう。

 これらの理由から、FDAはOxitec社の革新的な手法であるGMMの採用に傾き、この春南部フロリダで予防的な試験放出のチャンスがあると考えました。

<迎え火で火事と戦う>

 蚊を抑制するために蚊を放つのは奇異に思われるかもしれませんが、GMMの致死遺伝子は世代をまたがないためこのアプローチは防疫管理者に高度の環境管理を与えます。絶え間なくGMMを放出することで蚊の生息数を健全なレベル(鳥や魚が蚊を捕食します)に維持するか、(素早く)放出を停めることで生息数を回復させることができます。Oxitec社 が、ヒトを刺さない雄の蚊だけを放出しようと努め、実績として放出したすべての蚊のたった0.03%が雌であったのを示したことも指摘する価値があります。そして、この雌にも個体群を越えて遺伝子を渡す能力がありません。

 もちろん、GMMを放出すること-あるいは、不幸にも、さらにワクチンをも受け取ること-について、米国人は複雑な気持ちを抱くかもしれませんが、 Oxitec社とSanofi社 は世界の最も貧しい人々に解決を提供することに焦点を合わせています。

<デング熱:国際問題>

 蚊が媒介とする病気とデング熱は、世界的な公衆衛生問題だという証拠として:

*毎年百万人以上の人々が、蚊が媒介する病気で亡くなります、そのうち25000人はデング熱です。

*これらの病気は、世界人口の40%以上にとって脅威です。

*毎年5千万人がデング熱にかかり、その大部分は子供たちです。それはフロリダ州の人口の2.5倍以上です。

 貧しい熱帯の国と南部フロリダだけが危険な状態にあると思わないで下さい。National Defense Resource Council(国家資源防衛審議会)による2009年の報告書は、デング熱を媒介するネッタイシマカが28州で見いだされたと述べ、高湿度の天候と結びつけられた南部フロリダにおける発生が病気流行のきっかけとなる可能性について警告しています。

<ワクチンより良いでしょうか?>

 Oxitec社のGMMには、殺虫剤散布とワクチンに対し、いくつかの潜在的な利点があります。最初に、GMMはデング熱とチクングニア熱の両方に対して有効です。製薬的アプローチでは2つの個別のワクチンが必要になります。

 第二に、GMMの放出はワクチンほど開発、生産、販売コストがかかりません。 Oxitec 社は、1999年から1億ドル以下で、蚊を含み他の農業害虫を対象としたGMの技術プラットフォームを開発しました。それは、既に商業化間近のいくつかの製品を持っていさえします。

 対照的に、 Sanofi社 はデング熱ワクチン候補開発に20年と15億ドルを費やし、さらに年間1億人分の投薬を作れる製造設備建設に10億ドルかかりました。アナリストが、デング熱ワクチンの世界的な年間売り上げを最高14億ドルと見積もりますが、これを達成するためには貧しい発展途上国がワクチンを買うか、WHO(国連世界保健機関)による助成金を必要とするでしょう。

 第三に、 Sanofi社のワクチンの効率性には疑問があります。デング熱には4つのタイプがあります。同社のワクチンは、1つのタイプで罹患者の78%と高い効率を示しましたが、他の1つに対しては42%に留まりました。さらに、同社ワクチンは、(罹患する可能性が高い)子供たちと成人との比較で、さまざまな程度の効率を示しました。

 デング熱ワクチン開発分野でSanofi社は、ドイツMerck社、スイスNovartis社、英国GlaxoSmithKline社-まだいずれも第III相臨床試験に達していません-に対し大きなリードを持っていますが、その差は投資家が考えるほど大きくないかもしれません。将来的に、最も被害の大きな地域にGMMの放出が認可された場合、Sanofi 社は14億ドルの販売額を得るのに苦労するかもしれません。

<それは投資家のために何を意味するでしょうか?>

 正直になりましょう。重大なデング熱の流行や拡大と戦うためには、GMMからワクチン、殺虫剤まで多様な手段が必要とされます。しかし、投資的見地から Oxitec社は Sanofi社 のようなワクチン開発者にとってはリスクとなります。影響を数量化するのはあまりに時期尚早ですが、GMMは Sanofi 社の市場を侵食するでしょう。結局のところ、Oxitec 社によって行なわれたいくつかの試験放出が希望を抱かせる結果を示しましたが、連邦政府がGMMの商業使用を認可するためには、もっと多くのデータが必要とされます。

 もしFDAが Oxitec社のツールを認可するなら、米国はデング熱あるいはチクングニア熱の潜在的な流行に一歩先んじます。皮肉なことに、これらの病気を完全に防ぐことがバイオテクノロジーによる最新の勝利であるとは殆どの米国人に気付かれないでしょう。しかし、それはこれらの病気の1つにかかるよりはましだ、と私は思います。

 投資家目線のGMMとワクチンとのコスト比較などは、一般紙があまり扱わないテーマなので興味深く読んだ。今のところFDAはGMM試験放出に最終的認可を出していない。現地における反対の民意がFDAの認可にどの程度影響するのかは分からないが、2月21日の現地報道では、2月17日にフロリダキーズ蚊駆除区(Florida Keys Mosquito Control District)評議会が、約15万人の反対請願も考慮の上、FDAの承認を条件としてGMMの試験放出に満場一致で賛同したという。

 好き嫌いは別として、現地に孵化施設を既に準備済み(これは承認された)のOxitec社が主張するようにGMMは現時点でなかなかスマートな解決法であり、CDCやFDAが惹かれたのも無理はないように感じられる。

 小区画への試験放出は、反対派が懸念するような不可逆性を伴うものではなさそうだし、リスク評価や効果測定上(試験放出を先行した各地では削減効果は認められるものの、削減率にはムラがある)も必要だろう。また、専門家、非専門家が並べ立てている仮想リスクへの解もある程度得られる。従って、試験放出と商業化とはそもそも分けて論じられるべきだと思うが、多くの立論はそこの線引きが曖昧なままだ。

 環境は土地や国で固有のものだから環境影響評価はその都度必要だろうが、ともかく「世界に冠たるFDA」が認可したとなれば、Oxitec社は以後の(途上国などへの)GMM販売展開にかなりのアドバンテージを得るだろう。しかし、それがワクチン開発メーカーにとっては仇になる、という競合分析も面白かった。

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい