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執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

GMOワールドⅡ

GM高オレイン酸ダイズ油のマウスへの摂食試験~その健康効果は?

宗谷 敏

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 2015年3月5~7日、カリフォルニア州サンディゴで開催された内分泌学会第97回年次総会において、カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)から興味深い発表が行われた。米国の大豆産業が期待しているGM(遺伝子組換え)高オレイン酸ダイズ油の健康訴求に関するマウスへの摂食試験だ。

<背景の説明>

 世界で年間約4,000 万トン生産されているダイズ油は、米国においては857万トン(2011/12年、USDA)と油糧種子から得られる植物油の90%以上を占める。しかし、ダイズ油摂取を巡る最近の健康情報は、トランス脂肪酸(TFA)問題をはじめあまり好もしいものではない。

 高脂肪食は、心臓疾患を招く肥満、糖尿病、インスリン抵抗性、脂肪肝などを助長し、それらの否定的な新陳代謝の影響はリノール酸(n6系多価不飽和脂肪酸)に主な原因があると指摘された。こうして一昔前は必須脂肪酸として花形だった植物性油脂のリノール酸健康神話が崩壊しはじめる。但し、この手の話は、ゼロ-100ではなくてあくまでバランスの問題だということは、常に留意する必要がある。

 そのため、リノール酸50~57 %、オレイン酸(一価不飽和脂肪酸)20~35 %などの脂肪酸組成を持つダイズ油が槍玉に挙げられた。逆風を受けた米国大豆産業が、起死回生の対策商品と期待するのは、この分野での老舗DuPont/Pioneer社がGM技術で脂肪酸組成をリノール酸約6%、オレイン酸約76%に改変した「Plenish」などの高オレイン酸ダイズ(油)の投入である(Monsanto社にも同じ開発コンセプトの「Vistive Gold」があるが、脂肪酸組成は「Plenish」とは異なる)。

 ウリは、米国で2013年11月7日にFDA(食品医薬品局)が規制強化を発表したTFA発生の低減、酸化反応の安定化による長い品質保持期間、心臓健康に良いという健康訴求などであり、米国大豆産業は従来のダイズから高オレイン酸ダイズへの栽培置き換えに熱心だ。

 また、高オレイン酸ダイズ油は、健康効果ではお墨付きの地中海式ダイエットの主要素であるオリーブ油(オレイン酸70~85%、リノール酸4~12%)と似た脂肪酸組成を持つという理由から、従来のダイズ油より健康に良いとも喧伝されている。しかし、この点については長期の摂食試験などにより公式には証明されていないのではないか、というのがUCR研究の出発点だ。

<試験の目的、概要と結果>

 UCRチームは、GM高オレイン酸ダイズ油(「Plenish」が用いられた)と従来のダイズ油を摂取した場合に、各々の長期新陳代謝に影響があるかどうかをマウスへの給餌試験から確認しようと試みた。

 マウスは、各々12匹ずつの4つのグループに分けられ、コントロールグループが低脂肪食(脂肪からのカロリーを毎日5パーセントに制限)を与えられたのに対し、3グループは米国の通常の食生活(米国人の脂肪摂取は、カロリーの34~37%)に合わせて、カロリーの40%相当の脂肪が毎日与えられた。油種は従来のダイズ油、GM高オレイン酸ダイズ油、ヤシ油(coconut oil、良く混同されるpalm oil=油ヤシ油ではない)の3種に分けられた。給餌期間は6カ月である。

 尚、ヤシ油の脂肪酸組成はラウリン酸45~52%、ミリスチン酸15~22%、パルミチン酸4~10%と飽和脂肪酸に富む。従って、このグループが加えられた意図は、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸を摂取した場合の代謝上の比較を見るためだ。各グループの全てのマウスについて、体重、飼料摂取量、耐糖能とインスリン感受性などが追跡調査された。マウスの肝臓と血液サンプルの詳細分析には、カリフォルニア大学ディビス校(UC Davis)が協力している。

 この結果明らかになったのは、いずれのダイズ油を与えられたマウスも、ヤシ油グループに比べ脂肪肝、耐糖能障害(glucose intolerance)と肥満などを示した。コントロールグループとの体重増加比率では、ヤシ油13%、GM高オレイン酸ダイズ油30%、従来のダイズ油38%であった。また、従来のダイズ油に対し、高オレイン酸ダイズ油はインスリン抵抗性を示さなかった。

 これらが意味するところは、リノール酸や他のPUFAs(多価不飽和脂肪酸)を含まず、飽和脂肪酸(主に中鎖トリグリセリド)で構成されるヤシ油は、ダイズ油より(マウスに対し)かなり健康的であること、GM高オレイン酸ダイズ油は、従来のダイズ油に比べ若干健康上のメリットがあるが、それは脂肪酸組成の類似性から想定されたオリーブ油ほどではなく、ヤシ油には及ばない(むしろこちらの方が大豆業界にとってはショックかもしれない)こと、米国人の食事で加工食品や外食に偏在するダイズ油の存在が、肥満の流行の要因になっている可能性は高いこと、などである。

<今後の展開は?>

 このようにGM高オレイン酸ダイズ油のマウスモデル摂食試験は、その売り込みに熱心な米国大豆業界にとっては水を差す、ちょっと残念な結果になってしまった。もちろんUCRの研究は学会発表されただけで、ピアレビューされたジャーナルにも未掲載のようだし、ヒトの食生活はずっと複雑なものだから、この研究結果については今後反論が出されるかもしれない。

 また、GM高オレイン酸ダイズ油の品質特性に絞れば、水素添加を不要にし、これに伴うTFA発生をゼロレベルにしたことは◎、ロング・シェルフライフも○だから、UCRの試験で肥満度が△、インスリン抵抗性が○でも、従来のダイズ油に対する総合評価では○を与えても良いように思える。それならUCRの試験結果は、業界による「誇大宣伝への戒め」とも解釈できよう

 UCRのFrances M. Sladek博士は、こう総括している。「過去にないダイズ油の消費量レベルにある米国では、それが私たちの新陳代謝に何をするのか知ることは重要です。ダイズ油の否定的な新陳代謝への影響が(「Plenish」で減らされた)リノール酸以外のどのような成分にあるか決定する必要があります。その知見から、健康に本当に有益であるように、さらにダイズの遺伝子を組換えることは可能かもしれません。結局のところ、肝臓以外の臓器の組織が主にダイズ油によってどのような影響を受けているのかを決定する必要があります」このコメントは、細胞生物学と毒性の研究者として、メタボリック・シンドローム(内臓脂肪型肥満)への重視を窺わせる。

 米国においてダイズ油は、家畜・家禽飼料用タンパク源であるダイズ粕の副産物という位置にあるから、畜産・養鶏業界のためにダイズを搾油せざるを得ず、ダイズ油はイヤでも大量に発生する。「一物(豆)二価(粕と油)」の産業が持つ宿命だ。従って、Sladek博士の激励を待つまでもなく、農場シーン、食卓シーンともにダイズの育種改良研究に米国は熱心だ。油糧・油脂業界に関係した者としては、GM高オレイン酸ダイズ(油)を一里塚としてダイズ品質改良のさらなる進化に期待したい。

(参考)
2015年3月5日付UCRリリース「How Healthy Is Genetically Modified Soybean Oil?」

執筆者

宗谷 敏

油糧種子輸入関係の仕事柄、遺伝子組み換え作物・食品の国際動向について情報収集・分析を行っている

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一般紙が殆ど取り上げない国際情勢を紹介しつつ、単純な善悪二元論では割り切れない遺伝子組 み換え作物・食品の世界を考察していきたい