食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食の安全にかかわる食品衛生法を改正する法律が6月7日、国会で成立し、6月13日に公布されました。15年ぶりの大改正で、国際的な衛生管理手法であるHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)の制度化や健康食品の規制強化、食品リコールの報告制度など、様々な観点から見直しが行われています。全体的に食の安全のレベルアップが期待できる内容で、国会でもすんなりと全会一致で決まりました。
法改正によって何がどのように変わっていくのか、まとめました。
●改正項目によって施行期日、経過措置期間が異なる
改正項目は大きく分けて6点です(下表)。そのスケジュールですが、項目によって施行日までの期間が異なります。たとえば一番上の「広域的な食中毒事案の対策強化」は、公布された2018年6月13日から1年以内に施行されます。これが項目によっては2年以内、3年以内のものもあります。さらにややこしいことに、官報の経過措置の項目を見ると施行日から経過措置があるものとないものがあります。
たとえばHACCPは2年以内の施行ですから、2020年6月13日までに施行され、その施行日から1年が経過措置期間です。当初は2020年の東京五輪・パラリンピック開催を見据えて、HACCP導入とされていました。しかし、このスケジュールでは、オリンピック開催時には法律は施行されているものの経過措置期間中となります。
一方、食品リコール情報の報告制度は3年以内の施行で、経過措置期間はありません。オリンピックが終わって世の中が落ち着いたころに、厚労省のウェブサイトで食品リコール情報が見られるようになるでしょう。
●改正項目は盛りだくさん 私たちのくらしに直結するものも
今回の改正は、これまでの食品衛生の課題から多岐にわたって変更されているのが特徴です。私たちのくらしに直結する内容でもありますので、期待するポイントをみていきましょう。
1)広域的な食中毒事案への対策強化
2017年夏に広域で発生した腸管出血性大腸菌O157食中毒事件の反省を踏まえて、国や都道府県等が食中毒拡大防止のために相互に連携や協力を行い、厚生労働大臣が関係者で構成する広域連携協議会を設置して対応を行う。
現段階で法律はまだ施行されていないものの、食中毒の緊急対応は着実に進んでいる。たとえば、2018年5月25日~6月2日に福島、茨城、埼玉、東京の4都県の高齢者施設などでO157食中毒が報告されたが、この際に6件で患者からの菌の遺伝子型が同一であることがわかった。国が調査を進めた結果、共通食材が千葉県の農場のサンチュであることがわかり、いち早く自主回収、栽培中止を行うことで食中毒拡大を防いだ。食の流通が広域化する中で原因をいち早く突き止め、食中毒被害の拡大防止対策が行なわれることを期待したい。
2) HACCP(ハサップ:)に沿った衛生管理の制度化
原則として、すべての食品等事業者に、一般衛生管理に加え国際的な衛生管理手法であるHACCPに沿った衛生管理の実施を求める。事業規模や業種に応じて、2つのレベル「食品衛生上の危害の発生を防止するために特に重要な工程を管理するための取組み(HACCPに基づく衛生管理)」「取り扱う食品の特性等に応じた取組 (HACCPの考え方を取り入れた衛生管理)」に分けられる。法案を検討する段階では、2つのレベルが「基準A」「基準B」という名称で分けられてきたが、法案審議の際に「優劣を付けるような分類」と反対されて、A、Bの名称はなくなった。
このように2つのレベルを導入し、業界ごとに細かい手引書がつくられるようになり、近い将来、ごく身近な飲食店でもHACCPの考え方を取り入れた衛生管理が行なわれるようになるだろう。食品衛生のレベルアップに大きく貢献することになり、食中毒の防止にもつながる。
3) 特別の注意を必要とする成分等を含む食品による健康被害情報の収集
健康食品の規制強化の第一歩として位置づけられる。2017年夏に公表されたプエラリア・ミリフィカの健康被害を受けて、健康食品の被害発生を未然に防ぐため、特別の注意を必要とする成分等を含む食品について、事業者から行政への健康被害情報の届出を求める制度。
ここでいう「特別の注意を必要とする成分等」は、プエラリア・ミリフィカのように女性ホルモンのような作用をする成分や、アルカロイドなどが想定される。今後、薬事食品衛生審議会や食品安全委員会などで成分の指定が行なわれていく予定で、これらの製造にはGMPも義務付けられる。今後、健康食品によって健康を害するケースが少しでも減ることを期待したい。
4) 国際整合的な食品用器具・容器包装の衛生規制の整備
食品用器具・容器包装の安全性を確保し、安全性を評価した物質のみ使用可能とするポジティブリスト制度の導入を行う。ポジティブリスト制度とは、規格が定まっていない原材料の使用を禁止して、安全が担保された者のみが使用できる制度。欧米ではすでに導入されており、国際整合性のためにも導入が求められてきた。
施行は公布から2年以内で2020年の6月までだが、経過措置として施行日の時点で販売され製造もしくは輸入されて使用されている器具及び容器包装については、改正後の規定は適用しないとされている。つまり、施行の時点で流通しているものは新法の違反とはならいため、すぐに切り替えられるわけではない。耐用年数を経過した後,順次適合製品へと切り替わることになる。
現在、国内で製造されている容器等は、関連団体が進めてきた独自ポジティブリストに合致したものが多く、今後問題になるのは輸入品に用いられる容器包装になるだろう。輸入段階でリストに掲載されていないものは、違反となる場合も出てくることが予想される。ひとまずは合成樹脂を対象に制度化されるが、安全が担保されたもののみが使用できることになるため、消費者にとっては安全のレベルが上がることにつながる。
5)営業許可制度の見直し、営業届出制度の創設
HACCPの制度化に伴って、都道府県等はその地域でどんな食品事業者がいるのか、その所在の実態を把握する必要が出てくる。これまで事業者に求めてきた営業許可業種はあるが、その制度の見直しや、現行の営業許可業種(政令で定める34業種)以外の事業者の届出制度を創設する。
届出制度は消費者に直接関係するものではないが、どんな事業者がどこで何を製造、加工、販売しているのかが届出されることで、HACCPが漏れることなく導入されることが期待できる。データベースによる届出が予定されているため、その準備に時間を要するため施行期間は3年以内となっている。
6)食品リコール情報の報告制度の創設
現在、食品のリコールは年間1000件を超えている。これらの食品が健康被害の発生につながる場合は、行政がその情報を確実に把握して指導を行うとともに、消費者にもきちんと情報提供が行なわれることが重要となる。今後、事業者が食品等のリコールを行う際に行政への届出が義務付けられるもので、具体的には国のデータベースシステムに事業者がリコール情報を入力して届出を行う。
たとえば、食品衛生法違反となる原因となった原材料を使用したようなケース、製造ラインで硬質部品が破壊して異物混入につながるケースなどが想定される。また、アレルギー表示の欠落や消費期限の印字ミスなど、食品表示の不備も健康被害につながることから、食品表示法違反の場合も届出が行なわれる。これにあわせて、ちかく食品表示法の改正も行なわれる予定だ。
消費者にとっては、現在何がリコールとなっているのか、厚労省のウェブサイトでデータベースにアクセスすると一目で確認できるようになる。これまでは民間のサイトや都道府県などの情報がバラバラに掲載されていたが、リコール情報が一元化されることで健康被害の拡大防止が期待できる。
●食品安全に直結する食品衛生法改正にもっと関心を
以上のように各項目を見ていくと、国際化の流れに沿って見直しが行なわれ、食の安全レベルの向上が確実に期待できる内容が多いことがわかります。しかし、残念ながら今回の法改正は消費者にはあまり知られていないようです。
15年前の食品衛生法改正時を振り返ると、その当時は消費者の関心は非常に高いものでした。2000年の大規模食中毒事件、腸管出血性大腸菌O157による食中毒事故の多発、BSE問題、輸入食品の残留農薬問題が相次ぎ、消費者の食の安全を求める声が相次いで、食品衛生法改正の署名は全国で1400万筆を超えました。
その後、日本の食品安全行政にリスクアナリシスの考え方が導入され、食品安全委員会が設立されて食の安全の仕組みは大きく様変わりしました。そして今回の食品衛生法改正では、さらにレベルアップしています。その内容を知ると、私たちのくらしに役立てることもできます。
たとえばHACCPの考え方を理解すれば、家庭における食中毒予防の意識も高まります。また、健康食品で健康被害が起こる可能性があることを知れば、その取扱いにも注意するようになるでしょう。今後一元化されるリコール情報にアクセスすれば、今、どんな食品が回収されているのか、すぐにわかるようになります。食品衛生法改正を契機に、食品安全についてどんな取り組みが行なわれているのか、まずは知ることから始めてみてはいかがでしょうか。(森田満樹)
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。