食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
週刊現代(講談社発行・2017年11月4日号)に、特集記事「危ない食品添加物『リン酸塩』が入っている食べ物はこれだ」が掲載されました。見出しには「それでも、まだ食べますか」「血管を詰まらせ、骨が脆くなり、腎臓にもダメージが!」とあり、リン酸塩の危険性を訴えたうえで、コンビニ各社や食品メーカーの対応を紹介しています。
記事にはリン酸塩から摂取するリンは危ないとありますが、リンは普通の食品にもたくさん含まれます。リン酸塩を含む加工食品をどのくらい摂取すると危ないのか、その記述もありません。食品のリスクは「ハザード(危害)×量」で決まります。ここでは量について、考えてみたいと思います。
●食品には、もともとリンが多く含まれている
食品添加物のリン酸塩は、ハムやソーセージの結着剤やプロセスチーズの乳化剤、pH調整剤、酸味料、製造用剤などに使われ、加工食品の食感や見た目、味を向上させるはたらきがあります。一口にリン酸塩といっても20種類以上あり、国によって安全性が確認されたものだけが食品添加物として使用できるとして、食品衛生法で定められています。
よく問題となるのは、リン酸塩からのリンの過剰摂取です。国立健康・栄養研究所のデータベースの【リン解説】を見ると、加工食品の取りすぎはリンの過剰摂取につながり、カルシウムの吸収を阻害するなどの健康影響があるので注意が必要とされています。
リンは普通の食品、動植物食品にも広く含まれています。豆類、魚類は特に多く含みます。リン含有量が多い食品として、可食部100gあたり焼きのり700mg、きな粉660mg、するめ1100mg、脱脂粉乳1000mg、しらす干し860mgなどがあげられます。
このようにさまざまな食品に含まれているため、通常の食生活でリンが不足することはほとんどありません。日本人の食事摂取基準でリンの目安量は、成人男性で1000mg/日、成人女性で800mg/日ですが、2015年国民健康・栄養調査のリン摂取量は男性で平均1063mg、女性で925mgと、目安量を上回っています。
国民健康・栄養調査のリン摂取量は、加工食品に添加されているリンの量を加算しておらず、実際のリンの摂取量はこれよりも多いとされています。それでは、どのくらい摂取すると過剰摂取となるのでしょうか。
ここで参考になる数値が「耐容上限量」です。日本人の食事摂取基準で定められたもので、この値を超えて摂取した場合、過剰摂取による健康障害が発生する(リスクがゼロではなくなる)ことを示す値です。リンの耐容上限量は、18才以上の男性・女性とも3000mg/日となっており、この量にできるだけ近づかないように注意が必要です。
●リン酸塩からのリンの推定一日摂取量は、200―300mg程度
それでは、加工食品のリン酸塩からのリンの摂取はどのくらいでしょうか。食生活は人によって異なりますが、大まかなところは厚生労働省が継続して行っている摂取量調査(マーケットバスケット方式による年齢層別食品添加物の一日摂取量の調査)が参考になります。
2013年度調査結果を見ると、総リン酸塩類のリンとしての一日摂取量は、265.6mg(20歳以上の平均値)と見積もられています。この量は、食品由来のリンの平均摂取量(男性1063mg、女性で925mg)よりも、少ない量です。ここに加算しても、耐容上限量の3000mg/日までにはかなり余裕があります。
マーケットバスケット方式とは、食品添加物や農薬などを実際にどの程度摂取しているかを把握するため、スーパー等で売られている食品を購入し、その中に含まれている食品添加物等の量を測り、その結果に国民健康・栄養調査に基づく食品の喫食量を乗じて摂取量を推定するものです。調査手法は1980年代から確立されています。
マーケットバスケット調査で分析された総リン酸塩類は、「縮合リン酸(ピロリン酸四ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウムなど9品目)」「オルトリン酸(リン酸、リン酸水素二ナトリウムなど14品目)」の合計です。リン摂取量の内訳は、縮合リン酸塩が15.2mg/日、オルトリン酸が250.4mg/日となっています。
オルトリン酸の量が多いのは、オルトリン酸は天然由来の成分として食品にも含まれており、マーケットバスケット方式で購入した食品の食品由来と食品添加物由来の量をあわせた数値となるからです。縮合リン酸は天然に存在しないので食品添加物由来の量そのままです。オルトリン酸は食品添加物からの摂取量としては正確な数値ではありませんが、多く見積もってもこの程度と参考になると思います。いずれにしても、豆類などリンの多い食品の含有量に比べると、少ない数値です。
●最大耐容一日摂取量と比較しても、安全性上の問題はない
ちなみに2013年度の調査結果では、リンの最大耐容一日摂取量(MTDI:摂取し続けても健康への悪影響がないと推定される一日当たりの体重1kg当たりの量で70mg/kg体重/日)のどのくらいにあたるのか、比較しています。その結果、20歳以上の平均体重の場合、総合リン酸塩類の摂取量の割合は6.47%と、MTDIを大きく下回っていることも示されています。報告書は「本調査の結果、これらの食品添加物については安全性上、特段の問題はないと考えられた」とまとめています。
なお、2014年のマーケットバスケット方式による調査結果では、総リン酸塩類からのリン摂取量は203.4mgです。こちらは、安全側にたって小児における対MTDI比を算出しており、17.6%と高めにでています。こちらも「これらの食品添加物については、安全性上、特段の問題はないと考えられた」と結論づけています
リンの最大耐容一日摂取量は体重50kgの人では3500mg/日となり、これは食事摂取基準の耐容上限量3000mg/日に近い数値です。過剰摂取を注意するのはこのあたりだということです。食品添加物の過剰摂取ではそこまでの量に至ることはまずなく、ふつうの生活ではそれほど気にすることはないでしょう。
●ハムやソーセージに含まれるリン酸塩はどのくらい?
マーケットバスケット調査で1日の推定値は算出できますが、実際に加工食品に含まれる食品添加物由来のリン含有量はどのくらいでしょうか。食品の種類、用途、メーカーによって異なりますが、概ね0.05~0.5%のリン酸塩の使用量(リンの摂取量としてはさらに低い)と言われています。
実際にどのくらいなのか、興味深いデータが見つかりました。2015年に川崎医療福祉大学の武政睦子氏らが発表した「市販ソーセージ類のリン含有量の実態について」の調査で、5種の魚肉ソーセージと22種類のウインナーソーセージリン含有量を調査したものです。
この調査では、リン酸塩とpH調整剤の両方を含むソーセージ15種と、含まないソーセージ2種のリン含有量の比較をしています。前者の平均が180.3mg/100g、後者が84.1mg/100gとなっており、添加した前者後者(*)の方が数値は高くなっています。添加物を使っている商品でもリン含有量が100mg/100g以下のものもありました。
そして、一番リンの含有量の多いソーセージが250mg/100g程度でした。こういったソーセージを毎日数百g食べるような生活であれば、加工食品によるリンの過剰摂取にはもちろん注意する必要があるでしょう。それ以前にそのような食生活は、脂肪や塩分のとりすぎも問題となるでしょうが…。
また、調査ではソーセージを切ったり茹でたりすることでどのくらい減少しているのかも実験していますが、いずれも10%前後の減少率でわずかなものでした。リンの摂取を気にする人は、リン酸塩不使用のハム・ソーセージを使ったり、小さく刻んで茹でるなどすると減らすことはできるかもしれません。しかし、もともとリンが食品に多く含まれることを考えると、あまり神経質にならず、偏食せずにおいしく食べるほうが長生きできそうです。
●コンビニやメーカーの対応もいろいろ
週刊現代の記事では、サンドイッチのハムをリン酸塩不使用して取り組んでいる大手コンビニの事例を紹介して「消費者の健康を気遣い、リン酸塩を減らそうとしている企業があるのも事実だ」とほめています。しかし、サンドイッチのハム1枚をリン酸塩不使用にすることで、1日のリン摂取の減少量はどの程度か、その点も冷静に判断したいものです。
一方、記事でアンケートに答えた食品メーカーのほとんどが「食品添加物は、厚労省が定めた法令にのっとり、適正に使用しているため安全面は問題ない」とこたえています。食品にもともと含まれる量や、耐容上限量を考えれば納得のいくところ。過剰摂取はもちろんよくないけれども、食のリスクを考える時は、量の概念を忘れずにいたいと思います。
*記述が誤っており、2017年11月22日に修正いたしました。申し訳ありませんでした。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。