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執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食品表示・考

食品添加物「人工」「合成」の用語を削除へ 消費者庁がパブコメへ

森田 満樹

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食品のパッケージに、「合成保存料無添加」「人工甘味料不使用」などと書いてあるものを見かけます。わざわざ使っていないと強調していることから、「合成」や「人工」を冠した食品添加物はからだに悪いのだろう、と思われがちです。一方、「天然香料使用」などと書いてあると良いイメージがあります。

しかし、「合成」だから危険、「天然」だから安全ということはありません。「天然」でも毒素を含む食品もあり、注意を要することもあります。このため、食品添加物は合成、天然を問わず、国が安全性を確認したものだけを使ってもよいとする制度となっています。また、表示制度は1989年、当時の厚生省が大改正を行い、合成、天然の区別なく全ての添加物を表示対象とすることとしました。

それから30年以上たった2020年4月、消費者庁は食品表示法の食品表示基準の中にある「人工」「合成」という文言を削除する方針を決めました。具体的には、人工甘味料、合成甘味料、合成保存料、合成着色料です。改正案の意見募集(パブコメ)期間は4月17日(金)〜5月16日(土)となっています。

なぜ今、「人工」「合成」の文言を削除することになったのか。表示制度の歴史を振り返り、考えてみます。

●1989年、合成と天然は区別しないことに

最初に食品添加物の表示が定められたのは1948年、タール色素やズルチン、合成保存料等でした。1960年代に合成甘味料のズルチンなどの事故が相次いで使用禁止となると、化学合成品である食品添加物に対する消費者の不安は高まります。安全性に関する審査は厳しくなり、表示については「合成」「人工」を冠した用途名が追加されていきました。(下図:消費者庁「食品表示制度に関する検討会」第1回資料より)。

食品添加物表示制度の概要(「消費者庁食品添加物表示に関する検討会」資料より)

1980年代になると、化学的合成品が厳しく審査される一方で、天然のものから抽出される添加物は十分な審査は行われていない点が問題視されるようになりました。国際的な動向も踏まえると、食品安全において天然と化学的合成品を分けることに合理性はないとされ、1989年の制度改正では「合成、天然を問わず、使用した全ての添加物を表示対象とする」ことになりました。

この考え方を踏まえて、用途名にあった「合成」「人工」は不要とされ、改正前は用途名か物質名のどちらかを表示するルールでしたが、改正後は消費者の関心の高い8種類(甘味料、着色料、保存料、増粘剤、酸化防止剤、発色剤、漂白剤、防かび剤)について用途名併記が義務付けられました。あわせて一括名や表示免除のルールもでき、現在の添加物表示の形がつくられました。

さらに「天然又はこれに類する表記の使用は認めず、合成品と差を設けることなく表示すること」とされました。こうして用途名からは合成、人工の名前は削除されましたが、食品衛生法では、表示方法に「甘味料、人工甘味料又は合成甘味料」「着色料又は合成着色料」「保存料又は合成保存料」と「合成」「人工」の文字が残っており、矛盾した状態となっていました。

この表記はそのまま、2015年に施行された食品表示法の食品表示基準に引き継がれました。消費者庁が2019年度に開催した「食品添加物表示制度に関する検討会」ではこの点を問題とし、消費者の誤認を招くことから削除を求めました。この度、ようやくパブコメの運びとなったのです。

●30年前の東京都のパンフレットにも明記

東京都作成の小冊子(1990年8月31日発行)

ところで1989年の大改正の時は、どのような状況だったのでしょうか。現在、外出自粛中で資料を整理していたところ、1990年8月に東京都衛生局が作成した「食品添加物表示Q&A 添加物表示が変わります」の小冊子が出てきました(国の法改正を受けて、東京都がわかりやすい冊子を作成するのは今も昔も同じです)。

最初のこれまでの表示との違いが示され、食品添加物表示対象の80品目(化学的合成品78品目、天然添加物2品目)がすべての食品添加物に拡大したこと、用途名併記、一括名の表示、表示免除の考え方が解説されています。

ここに出てくる表示例を見ると、下図のようにたとえば食パンは「合成保存料使用」の表示だけだったものが、「保存料(プロピオン酸Ca)」となって「合成」の文字がなくなり、イーストフード、乳化剤の一括名の表示などが必要となっています。ソーセージの表示を見ても表示項目の文字は大幅に増えており、消費者への情報開示が進んだことがわかります。

東京都食品添加物表示Q&A(1990年8月発行)2pより

また、留意点もまとめられており、下記のように「化学的合成品を使用しても、『人工、合成と表現する必要もないかわり、天然添加物も『天然、自然』という表現はできません』とあります。これは30年前に書かれた文章ですが、今はどうでしょうか。

東京都食品添加物表示Q&A(1990年8月発行)14pより

 

●任意表示の「合成」「人工」の用語が、消費者の誤認を拡大

この留意点は「義務表示」に係るので、確かに一括表示の原材料名欄に「合成」「天然」を冠した用途名は表記されることはなくなりました。しかし、パッケージの表側に「任意表示」には、人工甘味料や合成着色料の無添加・不使用表示が堂々と書かれています。また、天然着色料使用や天然香料使用というキャッチコピーを見ることもあります。

たとえば最近、あるお菓子に「合成着色料ゼロ」と書いたら、たちまち売り上がV字回復したとマスコミが取り上げた事例がありました。天然着色料を用いて安全性をアピールしているそうです。こうした事例を見るにつけ、30年前に合成と天然を区別しないという基本的な考え方はずっと伝わってこなかったとつくづく思います。

今回、消費者の誤認の一因ともなる「人工」「合成」の用語がようやく食品表示基準から削除されます。しかし、任意表示の用語を規制するものではないので、これだけでは現状は変わらないでしょう。

30年前の原理原則から考えれば、任意表示であっても「合成」「人工」「化学」などの用語が氾濫していることは問題です。表示によって消費者を誤認させることがあれば、見直す必要があると思います。その一方で、どこまでを「消費者の著しい誤認」として規制できるのか。その議論は今年度の無添加・不使用表示に関するガイドライン策定に委ねられます。

振り返れば1970年代、私たちの暮らしの中に農薬、添加物、容器包装など化学合成品が使われるようになり、それぞれの分野で規制が強化されてきました。2003年にはリスクアナリシスが導入されて食品安全委員会ができ、さらに信頼できる形になったはずです。しかし、リスクコミュニケーションがうまくいかず、添加物の安全性が伝わらないところに問題の根っこがあるとも思います。

今回、パブコメの趣旨を読むと、「『食品添加物表示制度に関する検討会報告書』を踏まえ、消費者の誤認防止の観点から、『人工』及び『合成』の文言を削除する必要がある」と説明されています。もちろんその通り、反対する理由もないので同意します。また、これまでの経緯を踏まえると、任意表示に用いられている「人工」「合成」「化学」の用語も見直すべきと考えます。

パブコメは5月17日まで。皆さまもぜひご意見を出してはいかがでしょうか。様々な意見が私たちの将来の食品表示をつくります。GW中のステイホーム週間も24時間受け付けているので、私も家でじっくりと考えて意見を出そうと思います。(森田満樹)

(FOOCOMメールマガジン第440号より改編して掲載しています)

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。