科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

福島のお米「天のつぶ」とメディアツアー

森田 満樹

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 福島県は現在、農林水産物の風評被害対策として「新生!ふくしまの恵み発信事業」と名付けた広報事業を行っています。その一つに位置付けられているのがメディア向けセミナーとツアーで、夏はきゅうり、秋はお米を取り上げて開催されました。今回、私は食生活ジャーナリストの会からの案内で、お米のセミナー(9月27日)、生産現場を巡るメディアツアー(10月15日)に参加しました。

 ここで出会ったのが、福島のブランド米「天のつぶ」です。「天のつぶ」は、福島県が15年の歳月をかけてつくった新品種。稲がコシヒカリやひとめぼれよりも短く背が低く、倒れにくいのが特徴だそうです。いもち病に強くて粒も大きくたくさんとれる、この話が県内に広がって、福島県のお米として去年から今年にかけて少しずつ栽培が増えています。試食をしてみると、粒が大きくておいしいお米です。

倒れにくい新品種「天のつぶ」(広報事務局提供)

倒れにくい新品種「天のつぶ」(広報事務局提供)

 中でも特に浜通り、相馬地区は「天のつぶ」を震災復興の切り札にしようと力を入れています。この地域は、津波によるかん水と原発災害の被害を受けて、2010年には8,539haあった水稲作付面積が、震災後2012年度には1,884haまで落ち込みました。今年度も2,008haと復活はしていませんが、そこでは「天のつぶ」の栽培面積が一気に2割まで増えています。

 「天のつぶは、穂がでるときには天に向かってまっすぐ伸びる力強さがあり復興のシンボルと実感できる」「今年は天候が不順で多くの水田が突風と大雨で稲が倒れたが、天のつぶだけは倒れずピンと立っていてくれた」と、生産者の方から聞いたことがあります。福島のお米づくりが今、どんな現状にあるのか知りたくて、ツアーに参加しました。

 今回のメディアツアーは、東京からは一般紙、専門誌の記者やフリーランスのライターが、地元福島からもこのツアーを取材するために記者が参加し、郡山からバス2台で現地を案内してもらいました。当日のプログラムは、午前中は福島県農業総合センター、午後は中通りに位置する安達地区の生産者、全量全袋検査の検査場、精米工場を見学するというものです。

 福島農産物の広報事業の多くは東京で開催されることが多く、検査の実態が強調されることがほとんどですが、このメディアツアーは検査だけではない、現地で生産現場全体の取り組みを見てもらいたいという主催者の意図が感じられるプログラムでした。震災後2年半で放射性物質汚染対策のためにどのような土壌対策を行っているのか、様々な試験研究が進んだことをまずは学び、それを生産者が水田でどのように実践しているのか、さらに玄米を検査する取組みを見学して、精米工場を経て出荷するという一連の流れをみて、理解が深まりました。

 生産者団体のJAみちのく安達の担当者は「今年は目線を変えて、おいしいお米作りという原点に戻って、生産者のやる気を起こすことに力を入れている。放射能対策は当たり前として捉えている」と話します。この安達郡は、おいしいお米づくりができる気候に恵まれコシヒカリが有名ですが、「天のつぶ」の栽培も始めて、ブランド化に力を入れています。

 この地域では十年以上前から特別栽培米の生産に注力し、栽培管理日誌の全戸記帳と内容確認、残留農薬の自主検査など栽培工程の管理については特に力を入れてきたそうです。こうした技術指導が、原発事故後の放射性物質吸収抑制対策においても力を発揮し、農家全戸に徹底できたのです。

 昨年度は水田の除染を徹底的に行い、深耕、反転耕をして全量全袋検査を行って出荷し、今年度はカリウムの施肥だけで収穫の秋を迎えることになりました。当日は現場を訪れて、たわわに実るコシヒカリを見せてもらいました。お伺いしたのは安達郡大玉村の鈴木武市さんの水田です。

鈴木武市さん(左)

鈴木武市さん(左)

 多くの記者の質問は土壌対策に集中しました。ちょうど午前中に福島県農業総合センターで、「放射性セシウム濃度の高いコメが発生する要因とその対策について」とする調査結果について説明を受けたところだったのです。そこでは、放射性物質吸収抑制対策として、カリウム施肥をはじめとした吸収抑制対策が非常に効果的なこと、特に生育初期に即効性の塩化カリを基肥中心に与えるタイミングが大事なことなどが様々な実験データをもとに紹介されました。

 鈴木さんは、昨年はゼオライトや土壌改良剤を散布したこと、その後もカリウムを追肥したことを丁寧に説明してくれました。そして「原発で汚染されて作物が作れなくなり、藁も牛にやれなくなった。それでも2年間苦労して土壌対策をして収穫の時期を迎えることができた、先が見えてきた」としみじみ語ります。

ベルトコンベア式検査機器によるスクリーニング検査

ベルトコンベア式検査機器によるスクリーニング検査

 続いて全量全袋検査の取り組みについて本宮市の本宮第二検査場を訪問し、県の担当者の説明を聞いて検査の様子を視察しました。昨年の平成24年度産米の検査は、福島県内全域で、出荷・販売する米だけでなく、自家用の米や縁故米など全てが対象であり、それは今年度も同様です。全量全袋検査は、スクリーニング検査と詳細検出器の両方を用いて行われます。

 スクリーニング検査は、ベルトコンベア式検査機器等が用いられます。このときのスクリーニングレベルは、基準値100 Bq/kg を確実に下回ると判定するための値として約50Bq/kgとしています。これを超えた米袋がすべてゲルマニウム半導体検出器で詳細に検査が行われるもので、基準値を超える米が流通・販売されることはない仕組みです。昨年度基準値を超えた米の割合は0.0007%でした。このスクリーニング検査機は福島県の全量全袋検査のために開発されたもので、県内全域で200台ちかく設置されているそうです。

 今回視察したのは島津製作所のスクリーニング検査機で、検査の原理や処理能力、検査フローについてお聞きました。現在は朝6時から夜中の2時まで2交替で、1分間に4袋の検査を行っているということです。検査の担い手は常に人手が足りず、委託されている会社はもともとは半導体メーカーで社屋と人材を提供しているのだそうで、大変な負担を地元に強いていることに気付かされます。ここで得られた検査結果は県に送られ、データベースで管理されてすぐに公表されます。

 最後は、JAパールライン福島の精米工場。県産米の精米袋には、検査実施済みのシールが貼られるのですがそのシールの貼付の様子を視察するというものです。県では「安全な福島県のお米 放射性物質検査を実施した玄米を使用しています」というシールを用意し、そこにQRコードが貼られ、携帯電話等で読み込めばそのお米の検査結果が表示され仕組みになっています。

精米所でみた天のつぶ

精米所でみた天のつぶ

 ここでちょっと残念だったのは、シールが貼られる位置。「天のつぶ」の2kg袋、5kg袋の両方の正面に貼られるのですが、「つぶ」の字のところに貼られるので「天の」しか読み取れないのです。ブランド化してこれから知ってもらいたい品種名のところに、このシールを貼るのは惜しい。せっかく、生産者がおいしいお米をアピールしたいと張り切っても、結局、検査シールがその上に貼られてしまうのは、何だか象徴的な気がして切なくなりました。

 ツアーが終わって家に帰る途中、イトーヨーカドーのお米コーナーに立ち寄りました。ちょうど新米が棚に並ぶ季節で、一番高い新潟県南魚沼産コシヒカリは5kgで3980円、北海道のゆめぴりかは2980円、新潟のブランド米が2200円~2500円と高めの米が並びます。その中で、福島県のお米として「ひとめぼれ」と「天のつぶ」が販売されていました。この時は特価だったようですが、新米なのに、1780円と1880円と安い。ツアーでJA担当者が「おいしいお米を食べてもらいたいと努力をしているのだが、震災前の1~2割ほど価格は落ちている」といった言葉を思い出します。早く本来の価格に戻ってもらいたいと思いながら、さっそく買って帰りました。

イトーヨーカドーで購入した天のつぶ

イトーヨーカドーで購入した天のつぶ

 イトーヨーカドーで販売されていた「天のつぶ」は、表面にメディアツアーでみた福島県の「安全シール」は貼られておらず、「天のつぶ」とはっきり読めました。裏面に検査の概要が袋に印刷されていて、その説明も親切です。精米所のサイトから検索していき、検査の内容も確認できました。

 さっそく炊いてみると、粒がふっくら大きくて食感がしっかりしていて、とてもおいしいお米です。次の日の子どものお弁当に詰めてみると、つぶつぶ感があって見栄えもいい、「冷めてもおいしかったよ」と好評です。チャーハンにも向いていますが、私が今、はまっているのが、卵かけ納豆ごはんです。卵と納豆のネバネバの中に、ちゃんとお米のつぶが主張して立っている。見た目も食感も素晴らしく、今日も「ごちそうさん」とおいしく頂きました。

天のつぶの卵かけ納豆ごはん

天のつぶの卵かけ納豆ごはん

 メディアツアーで出会った様々な人たちの努力のおかげで、農場から出荷まで、安全性がバトンリレーされていることがわかりました。最後のバトンを受け取るのは私たち。今の私たちにできることは、まずは買って支えることだと改めて思います。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

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食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。