科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

食品安全委員会の10年を振り返る

森田 満樹

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 食品安全委員会が内閣府に設置された2003年7月1日から、10年が経ちました。リスク管理とリスク評価を分離、独立させることで、何ができて、何ができなかったのか。食品安全委員会の10年間を振り返り、今後の課題を考える機会はないものかと思っていたところ、ぴったりのシンポジウムがありました。
 6月14日に開催された、日本リスク研究学会シンポジウム「食品安全のためのリスク分析のこれから」です。

 日本リスク研究学会は、食品安全分野だけでなく、防災、医療、公衆衛生、安全、公害、環境汚染など、関連研究分野におけるリスク研究の相互理解と協力を促進し、国際的な連携を深めるために設立された学会です。
 会の進行を務めた岸本充生さん((独)産業技術総合研究所安全科学研究部門研究グループ長)は、「食品安全分野は日本で最もリスク分析の制度化が進んでいる分野であり、そのルールや仕組みについて考えることで、他の安全、安心に関わる分野の参考にしたい」と開催趣旨を語っています。

 シンポジウムでは、4名の異なる分野の専門家が、食品安全委員会のこれまでを振り返りました。この中で興味深かったのが、山崎 洋さん(関西学院大学名誉教授、元IARC(国際がん研究機関)研究部長)のお話です。海外で長く発がん性のリスク評価を行ってきた専門家の立場から、現在の食品安全委員会の問題点を鋭く指摘します。

 山崎さんは、IARC、EFSA(欧州食品安全機関)、NTP(米国国家毒性プログラム)といった海外の評価機関と比較して、(1)海外ではガイドラインがあり、集中的に議論が行われていつまでに結論を出すという期日も決められているが、日本にはこれらが無い、(2)委員会の構成について、海外では企業研究者や外部コンサルタントの意見を聞く機会が当たり前に設けられているが、日本ではアカデミック研究者と公的機関研究者に限定されている、(3)委員会で用いられる評価データは、海外では完結して公表したデータだけを採用しているが、日本では国から委託された研究者のデータが中間報告で採用される、(4)当該物質の企業の科学的な意見について、日本では意見交換を行う機会が全くない、と指摘しました。これらの問題がリスク評価を遅らせているというのです。
 その一例が、高濃度にDAG(ジアシルグリセロール)を含む食品の評価です。8~10年経過しても審議中であり、中間報告書すら出されていない状況について、食品安全委員会の議論は科学的興味に集中していることが問題だと言います。そのうえで「リスク評価においては、科学を楽しむよりも評価の結論を出すような収斂的姿勢が必要だと思われる」と指摘しました。山崎さんは㈱花王の外部コンサルタントであることを述べたうえでの発言ですが、その指摘は十分に納得のいくものでした。

 また、永井 孝志さん ((独)農業環境技術研究所 有機化学物質研究領域 主任研究員)のお話は目からウロコでした。永井さんは農薬や生態学の研究者ですが、彼が提案するのは「解決志向リスク評価」です。現在の食品安全委員会のように、まずはリスク評価ありきではなく、最初にリスク管理のオプションをいくつか示し、そこからコストや派生するリスクを考えて、効率的にリスク評価を行ったらどうか、というものです。
 たとえば私たちが外食のメニューを選ぶ時、様々なオプション(メニュー)が提示され、それぞれのリスク、ベネフィット、コストを総合的に判断して意思決定を行います。さまざまなオプションが提供されれば、それぞれの実行時のリスクトレードオフを具体的に評価でき、実行コストを算定することで必然的にリスクとコストのバランスがわかるというメリットがあるといいます。
 そのプロセスは、(1)リスク管理オプション設定、(2)実行コストの算定、(3)オプション実行時のリスク評価・比較、(4)意思決定のための合意形成のステップからなります。最後の合意形成では「解決施行の新しい安全・安心の作法」として、対策オプションのリスク低減効果、持続可能性、費用や倫理面などの要素を評価したのちに、どのオプションを選択するべきか、様々なステークホルダーが参加して決めることが重要としています。
 永井さんの提案は今の日本の現状からは夢物語のようにも思えますが、実は農薬や水銀など他の事例でも行われているもので、これまでのリスク評価の枠組みにとってかわる代案を示したものです。

 シンポジウムでは食品安全委員会の10年間を振り返って「リスク分析が導入されて、国民の健康保護、消費者保護重視の政策が明示され、行政プロセスの透明性の向上といった点で、大きな前進を成し遂げたと評価できる」と良かった点もいくつも出されています。その一方で、純粋な科学と行き過ぎた独立性を重視するために起こる様々な問題を、今後の課題としています。

 確かに放射性物質のリスク評価のように、せっかく評価書を出してもリスク管理機関がそれを使えないようなケースがあると、何のためにリスク評価をしているのか、国民の理解が得られにくいでしょう。また、研究者の数が足りず農薬のように評価が遅れることで、食品の流通に支障をきたす場合も出てきます。

 パネルディスカッションでは、リスク評価がどのように政策に活かされ、全体のリスクをどう関わったのかを考え、リスクの全体像を俯瞰的に考え直していくことが大事だろうという意見が出されました。これまでにない視点で、食品安全委員会のこれからの10年がどうあるべきか、思わず考えさせられました。

 食品安全委員会は、これからどうなっていくのでしょうか。それを知る手がかりが、7月3日に開催された食品安全委員会主催の10周年イベント「国際共同シンポジウム」でした。欧州食品安全機関(EFSA)や豪州・ニュージーランド食品基準機関(FSANZ)の関係者を招き、国内の研究者、食品安全委員会の関係者とともに講演、パネルディスカッションを行うという内容です。参加者は350名を超えたそうです。

 シンポジウムではEFSAから2名が講演を行いました。午後の部でEFSA規制製品の科学評価局局長のペール・バーグマン氏が「国際的なリスク評価 国際共同体の設立に向けて:ヨーロッパの視点」と題して、EFSAのリスク評価の様々な事例を紹介しています。こうした取り組みをみると、日本とは枠組みがずいぶんと異なる印象を受けます。独立性を維持して客観的な科学性に基づく評価を行うところは日本の食品安全委員会も一緒ですが、EFSAでは法令や政策の助言を行うことを目的としており、リスク評価の事例も政策と直結しています。
 関わる専門家の数も1500名と日本よりも数が多く、その出身も様々で広範にわたります。緊急に科学的助言が求められた場合でも多くが数日以内、長くても30日程度で対応して結論を出します。政策のための結論を出すために、リスク評価を行うという姿勢が明確なのです。

 シンポジウムで熊谷 進委員長は「食品安全のためのリスク評価のこれまでとこれから」と題した講演を行い、今後はますます海外の知見の活用を図る必要性があるとして、EFSAやFSANZなどのリスク評価機関との連携を一層強化しなければならないと述べています。また、正確で効率的なリスク評価を行うために、暴露マージンなどEFSAの手法も取り入れて研究を推進することが必要、としています。

 食品安全委員会はこの10年間で、1867件の諮問に対して1390件のリスク評価を終えました。リスク評価の作業がなかなか追い付かない中で、今後リスク評価の対象とすべき化学物質や病原体はますます増えることが予想されます。食品安全委員会はブルドーザーのように、リスク評価をこなしていかねばならないのです。
 EFSAのようなリスク評価の枠組みのあり方を参考にしながら、食品安全委員会がこれから10年、日本の食品安全のために働いてくれることを期待したいと思います。

執筆者

森田 満樹

九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。

食の安全・考

食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。