食の安全・考
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
●放射性物質に関する緊急取りまとめ
食品安全委員会は、放射性物質の指標値に関する食品健康影響評価について、3月22日から29日までにあわせて5回の会合を行い、29日に「放射性物質に関する緊急とりまとめ」として厚生労働省に答申を行った。
食品安全委員会の結論が出るまでのこの約1週間、福島第一原発の影響で周辺地域では基準値を超えた野菜や水が次々と検出され、関東・東北4県では一部品目の野菜が出荷停止となった。品目外の野菜の風評被害も深刻となり「暫定基準値が厳しすぎるのではないか」として、基準値緩和を求める声が強まっていく。食品安全委員会の仕事は、この基準値を定めるものではなく、あくまで基準値の根拠となる指標を評価するものだが、食品安全委員会としてその数値を緩和すれば、当然基準値も緩和の方向で検討される。当然のことながら、その結果が大いに注目された。
今回、評価の対象となる放射性物質は遺伝毒性発がん物質であり、本来であれば詳細な検討が必要で、評価に値する十分なデータと十分な時間が求められるべきものだ。両方とも欠けている中で、本当に評価ができるのか。未曾有の緊急事態で、政治的な背景もある。このプレッシャーの中で食品安全委員会は果たしてその役割を果たせたのだろうか。
●放射性セシウム、5mSvか10mSvか
今回の緊急とりまとめ文書は、食品安全委員会ウェブサイトに掲載されており、食品安全委員会第375回(放射性物質に関する緊急とりまとめ)として30ページにも及ぶものだが、取りまとめ評価のポイントは二つである。
① 放射性ヨウ素について、年間50mSvとする甲状腺等価線量(実効線量として2mSvに相当)は、食品由来の放射線暴露を防ぐ上で相当な安全性を見込んだものと考えられた。
② 放射性セシウムについて、自然環境下においても10 mSv程度の暴露が認められている地域が存在すること、10~20 mSvまでなら特段の健康への影響は考えられないとの専門委員および専門参考人の意見があったこと等も踏まえると、ICRPの実効線量として年間10 mSvという値について、緊急時にこれに基づきリスク管理を行うことが不適切とまで言える根拠も見いだせていない。
放射性セシウムについて少なくとも実効線量として年間5mSvは、食品由来の放射線曝露を防ぐ上でかなり安全側に立ったものである、と考えられた。
問題は、アンダーラインの部分の表現である。最初の3行は10 mSvを事実上容認して、緊急時のリスク管理は10 mSvで基準値を定めてもよしと読める。しかし、後の2行の5mSvが結論だとも読める。この書きぶりがあまりにわかりにくく、当日、傍聴していた人たちも「やはり5ミリのまま緩めなかったね」「いや、専門委員は10ミリって言っている」「5ミリが結論で10ミリまでがのりしろってことだろう」と喧々諤々だった。
● 厚労省に下駄を預けた
混乱した記者から質問も相次いで、29日の取りまとめの後、急きょ記者会見が開かれた(その内容はこのサイトの「傍聴くんが行く」で紹介している)。記者会見で「セシウムの結論は、5mSVだ」と評価課長が繰り返し明言したので、私も記者会見に出席してようやく結論がわかったが、それでも腑に落ちない。
もし仮に、ここで数値を緩めた結論としたら―?食品安全委員会のこれまで評価してきた膨大な評価結果の信用に関わることになるだろう。だから数値を緩めないことで、食品安全委員会は政治の圧力に負けない、科学的評価を行った。そうやってメンツを保った、はずであった。その一方で「緊急時には10mSvでリスク管理を行うことが不適切とまで言える根拠をみいだせていない」という評価内容をくっつけて、厚生労働省に下駄を預けた。結局、だれにでも理解できる明快な「リスク評価書」を出せなかった、出す勇気がなかった、これで評価の役割を果たしたと言えるだろうか。
取りまとめが行われた29日夜、一斉にTVや新聞で報道されたその内容はやっぱり、報道各社によって異なるものだった。放射性セシウムの数値をめぐって「暫定規制値の緩和、セシウムも容認 食品安全委(日経新聞)」「セシウム規制値緩和(テレビ朝日)」とする「緩和」報道と、「セシウムも暫定基準支持 食品安全委員会(朝日新聞)」とする「現行のまま」報道に、二分されたのである。同じ緊急取りまとめ結果が報道されたはずなのに、伝え方がまるで違う。しょうがない。食品安全委員会がどちらとも読める書きぶりでとりまとめを行ったからである。
● リスク評価機関として明記してほしかった
食品安全委員会からすれば、「根拠となるデータが少なかった」ということなのだろう。しかしBSEの時だって根拠が足りなくても結論を出さなくてはいけないのに、食品安全委員会は結論を出せずに混乱を招いたのではなかったか。「入手できる最大限の情報の中でマネージメントの根拠となる見解を示す」のがリスク評価機関の本来の役割であり、「今の段階ではわからない」という結論はその役割を放棄していることにならないか。後で新たな知見が加わって結論が変わることはあるかもしれない、しかし、それを見越したコンセンサスのもと、現段階の判断をわかりやすく示すこと。これがリスク評価機関に求められる役割だと思う。
「緊急とりまとめ」では最後の課題として、放射性物質について今後も継続して評価を行うとある。遺伝毒性の根拠が明らかになるには、まだまだ相当の時間がかかるだろう。それまでは、これまで蓄積されてきた知見(自然被ばく、医療被ばく、過去の事故による被ばくのデータ)と、現在置かれている緊急時の社会的な状況を睨みながら、どんな数字が妥当なのか、リスク管理機関だけでなく、リスクコミュニケーションを通して社会にわかりやすく示してほしい。5とか10とか、細かい数字の説明に終始するのではなく、指標となる数値がどれだけ低用量の中の議論であるのか、リスクの程度がどの程度か、俯瞰的にわかりやすく示してほしい。緊急時の今こそ結論を明記して、消費者に語りかけてほしいのである。
九州大学農学部卒業後、食品会社研究所、業界誌、民間調査会社等を経て、現在はフリーの消費生活コンサルタント、ライター。
食品の安全は消費者の身近な関心事。その情報がきちんと伝わるよう、海外動向、行政動向も含めてわかりやすく解説します。