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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

WHOの「健康税」推進(前) タバコとアルコールと砂糖入り飲料(SSB)は「同じ」なのか

畝山 智香子

2025年7月2日にWHOがタバコ ・ アルコール ・ 砂糖入り飲料(SSB)に「健康税」を課すことで 50 % 値上げするよう各国に求めると発表しました。
WHO launches bold push to raise health taxes and save millions of lives

2035年までにこの「3つの不健康な製品」の値段を 50 % 以上引き上げる新たな大規模イニシアチブ 「3 by 35」を開始とのことです。
The 3 by 35 Initiative

これについて私はWHOを支持できないのでその理由を述べたいと思います。
前編としては「タバコ ・ アルコール ・ 砂糖入り飲料(SSB)」を同じように扱うことに対しての疑問を記します。
そして後編ではWHOのこれまでの経緯からこの「強力な推進」の次に予想されることを述べます。

タバコを習慣的に吸うことは言うまでもなく予防可能ながんの最大の原因で、特に肺がんを減らすためには禁煙が重要であり、受動喫煙による喫煙者以外への健康影響も明らかになっています。既に発効して20年にもなるタバコ規制枠組み条約(WHO FCTC)などで国内外で対策がとられています。多くの先進国で喫煙率は低下してきてはいますが、いまだ目標達成には至らず、近年は加熱式タバコや電子タバコのような新しい製品への対応などが話題になることが多いです。タバコに対して課税などの対策強化は常によびかけられてきていますしタバコの害を減らすこととタバコの販売量を減らすことはほぼ同じこととみなすことができます。

アルコールについても、過度の飲酒による依存症やがんを含む健康影響には疑いの余地はなく、飲酒運転や飲酒したうえでの暴力などによる他者への悪影響も明確です。実質的に害がないといえる飲酒量はどのくらいなのかについての議論の余地はあるものの、その量は一般的な飲酒習慣のある人の飲む量よりは少ないであろうことは相当な確実性をもって言うことができます。そしてアルコールによる害を減らすためにはアルコールの総販売量を減らすことが有効であるだろうことも確実でしょう。実際に多くの国ではアルコール飲料に対して課税を含めてなんらかの対策を実施しています。

タバコとアルコールには、本人や周囲の人に対して害があることは明確であり、依存性があるために止めることが困難であり、生活必需品ではないという共通点があります。

問題はこの二つと砂糖入り飲料(SSB)を同じように扱うことが正当なのか、ということです。

砂糖入り飲料を制限すべき理由としてWHOが挙げているのは肥満と糖尿病です。肥満に関連して二次的に他の慢性疾患のリスクもあがりますが、とりあえずここでは主な疾患として肥満としておきます。「SSB」の摂り過ぎが肥満に寄与する、のは確かです。しかしこの「SSB」は「ごはん」でも「パン」でも「肉」でも成り立つのです。そしてSSBの摂取量を減らすことが肥満の減少につながったという根拠がこれまで得られていません。SSBに課税するとSSBの摂取量が減るという根拠はあります。でもそれで肥満が減っていないという事実がある以上、SSBに課税を推奨する根拠はタバコとアルコールに比べて極めて薄弱です。

そして「砂糖」はヒトが生きるために必要なエネルギー源となる重要な栄養素で、タバコやアルコールのように非必須のものではありません。

飢餓に苦しむ人々にとって砂糖入り飲料は役に立つもので、貧しい国でも豊かな国でも普遍的に有害であるタバコやアルコールとは全く違います。

私はヤクルトの開発者の代田博士の逸話が好きなのですが、同社のHP企業理念・コーポレートスローガン|企業情報|企業・IR情報|ヤクルト本社によると

「ヤクルトの創始者で医学博士の代田 稔が京都帝国大学(現在の京都大学)で医学の道を歩みだしたのは1921年。その当時日本はまだ豊かとはいえず、衛生状態の悪さから感染症で命を落とす子どもたちが数多くいました。
そんな現実に胸を痛めていた医学生時代の代田は、病気にかかってから治療するのではなく、病気にかからないようにする「予防医学」を志し、微生物研究の道に入ります。
(略)
その後、代田は、生きて腸内に到達し、有用なはたらきをする「乳酸菌 シロタ株」を、一人でも多くの人々に摂取してもらうため、有志と共に安価でおいしい乳酸菌飲料として製品化します。
そして1935年、乳酸菌飲料「ヤクルト」が誕生しました。」

この記述では衛生状態の悪さと微生物の働きに焦点があてられていますが、栄養状態も悪かったであろう母子に砂糖と乳成分の入ったヤクルトは栄養源として大きな役割を果たしただろうと思います。今でこそヤクルトは低カロリーのものもありますが、日本が貧しかった時代には貴重な、安全な「砂糖入り飲料」だったはずです。

WHOはどちらかといえば先進国よりも途上国にとって頼りになる助言を出す機関である任務を負っているはずです。タバコとアルコールと砂糖入り飲料を「同じように悪いもの」とレッテルを張ることは、飢餓に陥った地域への緊急援助から砂糖入り飲料が排除される、といったことにつながりかねません。

以上の理由から「タバコ ・ アルコール ・SSB」を「3」にしてしまうことは正当化できないと考えます。SSBの摂り過ぎが問題になっている国はそれに対する対策をとればいいのであって、タバコとアルコールを引き合いに出す必要はないと思います。

後編に続く)

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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