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執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

MAHA (MAKE AMERICA HEALTHY AGAIN)とは何か

畝山 智香子

前回(2025年4月24日)「かつてのFDAはもう存在しない」と書きました。
今回はその補足として、第二次Trump政権での保健政策の中核となったMAHAについて説明を試みます。

●Robert F. Kennedy, Jr.氏がMAHAを提唱 保健福祉長官へ

MAHAは「アメリカを再び健康にするMAKE AMERICA HEALTHY AGAIN」の頭文字で、Trump大統領のスローガンであるMAGA「アメリカを再び偉大にするMAKE AMERICA GREAT AGAIN」の語呂合わせのような形になっています。

もとはと言えば2024年にRobert F. Kennedy, Jr.氏が民主党から共和党に鞍替えしてDonald Trump大統領候補に近づくためご機嫌をとるために考えたものだと思います。基本的には選挙対策でした。
Make America Healthy Again (MAHA) PAC: Official Site

この戦略は成功をおさめ、第二次Trump政権が誕生しRobert F. Kennedy, Jr.氏は保健福祉省(United States Department of Health and Human Service: HHS)長官となったわけです。

MAHAは2025年2月13日の大統領令で公式に政府の基本方針となりました。
Establishing the President’s Make America Healthy Again Commission – The White House(下記サイト)

Trump大統領は多数の大統領令を出していますがその多くは単なる意見表明のようなもので、具体的な法律や手続きを定めるようなものではありません。この大統領令もそうで、唯一具体的なこととしてはHHS長官を議長とするMAHA委員会を作ると言っているだけです。(その後MAHA委員会は開催されているようですが、会議の議題や議事録は公開されていないようなので何が話し合われているのかはわかりません。)

このMAHA大統領令に記載されているのはアメリカ人の健康状態が同等の先進国に比べてあまりよくないこと、特に子供の慢性疾患が問題であること、その対策として食事、有害物質、医療、ライフスタイル、環境要因、政策、食料生産技術、電磁波、企業の影響力を対象にすること、最初の標的は特定の医薬品、食品成分などであることなどです。そしてこの大統領令に「事実」として記載されているADHDや自閉症と診断される子供の増加、には診断基準の変更のような数字の解釈に注意が必要なことが含まれています。全体的には曖昧な表現が多いものの、Kennedy氏のMAHAを踏襲したものになっています。

●中身がないMAHA政策

なお、先に挙げたMAHA PACで重要政策としてあげているのは以下です。

  • 慢性疾患の流行に取り組む
  • 再生農業を推進
  • 自然保護
  • 企業の腐敗を暴露する
  • 環境から毒素を排除する

MAHA PACの公式サイトでもホワイトハウスのMAHAのウェブページMAHA – The White Houseでも同じなのですが、そこに中身が全くないのです。表紙にスローガンが並んでいるのはいいとして、普通その各項目に詳細な説明があったり文献がついていたりすることを期待するのですが、それが全くない。

では支持者は何を支持しているのか?と疑問に思うのですが、集会での演説やインタビューなどの動画、ソーシャルメディアの投稿などが主なコミュニケーションツールのようです。正直に言って、学術情報の収集をずっと業務にしてきた私としては、これは非常にやりにくいです。あちこちに散らばっている短い動画やコメントは、時期や状況も異なるうえにRobert F. Kennedy, Jr.氏の言っていることが変わっているのです。

例えばある時には「アメリカが偉大だった80年前」と言っているかと思えば、別の時には「故ケネディ大統領の時代にアメリカが偉大だった」という。おそらく大した根拠はないので適当に言っているだけだろうとは思うのですが、彼の主張に間違いや矛盾があることを指摘しようとすることを難しくします。結局ある程度メディアのレポーターの報道に頼らざるを得ない、ということになります。

MAHAの支持者が概ねどういう人たちかがある程度わかるのは2024年9月の「アメリカの健康と栄養:セカンドオピニオン」というタイトルのイベントの登壇者リスト
MEDIA ADVISORY: Sen. Johnson to Lead Roundtable Discussion: “American Health and…
September 16, 2024 です。

タイトル通り、科学の主流派ではなく「オルタナティブ」を志向する人たちです。そしてその主張の一部は、例えばこの記事ではMAHAの主要メンバーであるCalley Means, Jillian Michaels,およびVani Hariの3氏がBari Weiss氏のインタビューに応じています。
MAHA: The Coalition of Nutritionists, Shamans, and Moms
January 28, 2025

●Kennedy長官の食品関連の主張

これまでRobert F. Kennedy, Jr.氏がHHS長官になってから食品関連で主張してきたとされていることには以下のようなものが含まれます。

  • はしかの治療や予防にタラ肝油やビタミンAサプリメントを推奨
  • 食品への合成色素の使用禁止
  • 水道水へのフッ素添加禁止
  • 超加工食品の制限
  • シードオイル(植物油)の代わりに牛脂などの動物性脂肪を使うよう推奨
  • アメリカ人のための食事ガイドラインを改定する
  • 企業の関係者を政府関連の会議や委員会から排除
  • 企業によるGRAS評価を認めない
  • 殺菌しない牛乳を販売できるようにする

こうしたMAHAの主張に対しては当然のことながら多くの科学者から批判があり、例えば免疫学者のAndrea Love博士は以下のようにMAHAムーブメントには事実認識に多くの間違いがあり、それを推進することでアメリカ人は健康になるどころか不健康になるだろうと指摘しています。
Everyone wants better health. RFK Jr. and MAHA are selling the opposite.
Feb 04, 2025

政府に入る前にもともと主張していた、遺伝子組換え作物、農薬、電磁波反対といった主張はHHS長官としてはまだしていないようではありますが、Brooke Rollins農務長官が自らを「MAHAママ」と言っているので時間の問題だろうと思います。ただしこれらはTrump大統領の掲げるMAGAとは相容れません。農業や通信産業を制限し後退させることはアメリカの産業の強さを明らかに損ないます。

2月13日の大統領令によれば、大統領令発出から100日以内に子供の健康問題に関する現状と問題点を評価したMAHA委員会報告書を、180日以内にそれを解決するための戦略を提出することになっているので、もしそれが提出されればまとまった文書として参照できるはずです。2月13日の100日後は5月24日、180日後は8月12日です。

なお、私はあまり期待していません。

最近HHSはTrump政権100日を記念して成果を強調しています。
HHS Celebrates 100 Days of Big Wins to Make America Healthy Again | HHS.gov
April 29, 2025

興味深いのは、HHSがやったことは記者会見をした、指示した、方針を示した、だけで、具体的に食用色素禁止などの法案を成立させているのはいくつかの州で、それを成果としてあげていることです。それらの州ではMAHA以前からNGOなどの運動によって法案が提出されていました。国レベルではまだ大きなことはおこってはいないのですがMAHAが支持を集め大成功しているという印象を与えたいのでしょう。

●日本との関係

直接日本には関係ないだろうMAHAの説明をした理由は、似たような運動が日本にもあるからです。子供の健康が心配でなんとなく予防接種を避けたい政治的に活発なママたちが表に立って地方自治体に根拠の明確でない曖昧な健康のための政策を売り込み実現させる-オーガニック給食推進運動がまさにそれです。彼らの宣伝手段となっている映画にRobert F. Kennedy, Jr.氏が出演しています。

アメリカでは、以前は疑似科学的だとあまり自治体から相手にされなかったという母親が、今や「MAHAママ」として主流になり農薬や食品添加物などを禁止するよう政策変更を実現させる力を得たと喜んでいると報道されています。科学が信頼を失う未来が日本にも来ないとは言い切れない中、アメリカの行方は日本の将来の可能性の一つでもあります。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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