科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

FDAの合成色素禁止発表-かつてのFDAはもう存在しないことを確認した日

畝山 智香子

タイトルは正直な感想です。

実は4月1日に大量解雇が発表された時点で、Robert Califf元FDA長官がLinkedInに「我々の知っているFDAは終わった:The FDA as we’ve known it is finished」と書いていてニュースになっていたのですが、
‘FDA as we’ve known it is finished’: Former commissioner  04/01/25
そのことを改めて認識させられたのが今回の発表です。2025年4月22日、FDAがHHSと合同で「石油ベースの合成色素を国の食品供給から段階的に廃止する」と発表しました。
HHS, FDA to Phase Out Petroleum-Based Synthetic Dyes in Nation’s Food Supply | FDA

同時に大々的に記者会見を行ったようで、その時のFDA長官の写真がFDAのトップページに掲載されています。子供用の食品と思われるものを手にしてのパフォーマンスです。
U.S. Food and Drug Administration

この発表は2025年1月の赤色3号禁止の発表とは全く異なるものです。
FDA to Revoke Authorization for the Use of Red No. 3 in Food and Ingested Drugs | FDA

(この件については過去記事を参照)
米国での「赤色3号」の禁止という発表について(前)正確な情報提供を – FOOCOM.NET
米国での「赤色3号」の禁止という発表について(後)発表に至った理由と今後の影響 – FOOCOM.NET

形式的には、1月の発表はFDAのヒト食品計画部門からの情報として提供され、官報告知や背景情報、消費者向け情報などの各種情報提供が伴っていました。これは法改正に伴って関係部署や業界等と調整を行って準備をするという、行政にとっては当然のことが行われていることを意味します。

しかし4月の発表はFDAからではなく、HHS(保健福祉省)からのもので問い合わせ先もHHSです。そして発表された文章中にリンクが一つもありません。つまりバックグラウンド情報が全くなく、Robert F. Kennedy, Jr. HHS長官とMarty Makary FDA長官がこう言っている、というだけでした。

●4月22日のHHSとFDAの発表内容

そしてその中身がこれまでのFDAではありえないものでした。
主に以下の6つの行動をとる、と発表しました。

  1. 食品企業が石油ベースの色素からナチュラルな代用品に移行するための国の基準とタイムラインを設定する
  2. 今後数か月以内に2つの合成食用色素Citrus Red No. 2とOrange Bの認可を取り消すための手続きを開始する
  3. 残り6つの合成色素FD&C Green No. 3, FD&C Red No. 40, FD&C Yellow No. 5, FD&C Yellow No. 6, FD&C Blue No. 1, および FD&C Blue No. 2を来年末までに排除するために企業にはたらきかける
  4. 今後数週間で4つの新しい天然色素を認可し、他のものについても申請の評価と認可を加速する
  5. NIHと協力して食品添加物の子供の健康と発育への影響を包括的に調べる
  6. 食品企業に対してFD&C Red No. 3を先に要求した期限の2027-2028より早く排除するよう要求する

そしてKennedy長官の持論の、「(合成食用色素は)何の栄養上の利益もなく有毒で、子供の健康と発育に有害である」と何の参照もなく主張されます。合成は危険でナチュラルは安全だという想定の下で、これまでFDAが認可してこなかった天然色素を(無条件に?)認可すると言います。

その4つとはリン酸カルシウム、Galdieria(微細藻類)抽出物青、クチナシ青、チョウマメ抽出物ということですが、リン酸カルシウムは色素ではないです。FDAが天然色素を認可してこなかったのは、FDAの色素の認可基準が非常に厳密で、例えば色素以外の不純物の割合など天然物だとそれを満たすことが難しかったためで、FDAが法により認可している色素は、製造ロットごとにFDAが検査するなどおそらく世界で最も厳しく管理されている最も安全なものです。

それを禁止して、より不純物の多い、合成色素より発色が弱く安定性も劣るため使用量が増えるであろう天然物を使うようにするということは安全性の向上にはなりません。

さらにMakary FDA長官が「子供たちの糖尿病、肥満、鬱、ADHD」の原因が合成色素であると疑われると主張します。そしてそのことをNIHの研究で示すつもりだと言います。

これはKennedy長官が予防接種が自閉症の原因であることを主張する研究を行う予定である(The American Plan to Eliminate Vaccines | Office for Science and Society – McGill University)ことと対をなすものです。

●何が起こっていたのか

2025年1月20日に第二期トランプ政権が発足してから、世界中が大統領令に振り回されているのは周知のとおりです。あまりにも多くの政策が打ち出されるので一般向けのニュースにはならないのですが、FDAの食品関連部門に関しては以下の大きな出来事がありました。

2月初め 
政府効率化省(DOGE)による最初の大量解雇で最近雇用された職員が解雇される。2024年10月にできたばかりのFDAヒト食品部門は89人が解雇された。それに抗議して2月17日、James J Jonesヒト食品担当FDA副長官が辞任。抗議文書によると解雇された人員には食品中化学物質評価のために増員されていた10名が含まれる。

2月24日 Kyle Diamantas 氏がFDAヒト食品担当副長官に就任。法律家であって科学者ではない。前任のJames J Jones氏はEPAで農薬規制に関わってきた化学物質安全性評価の専門家だった。

3月25日 Martin Adel Makary氏FDA長官に任命。Makary氏はCOVID-19ワクチンやマスクの義務化に反対したことで有名な外科医。Makary氏がFDAで最初にやったことは生物製剤評価研究センター(CBER)長のPeter Marks氏を辞めさせることだった。

4月1日 職員の大量解雇 4月9日のScienceInsiderによるとFDAでは3500人が解雇されたと報道されている。この時に早期退職となった動物用医薬品センター(CVM)のSiobhan DeLancey氏によるとコミュニケーション担当部局が全てなくなったとのこと。
How the FDA communication axe impacts food safety and freedom | Food Safety News

この間、HHS傘下の各機関では研究者の学会発表や会議参加に制限がかかり、各機関の独自の広報がHHSのもとに集約され、緘口令が出されているようです。

最近の注目ニュースとしてはNIHの超加工食品研究分野のトップスターであるKevin Hall博士がHHSによる検閲を理由に辞任しています。
RFK Jr. aides accused of censoring NIH’s top ultra-processed food scientist – CBS News

Kennedy長官は色素や農薬、超加工食品を規制すると主張していたので、Kevin Hall博士はむしろ重用されるはずでした。ところが辞任の経緯によれば、超加工食品を食べることによる脳への影響は依存性のある薬物とは違うという趣旨の論文を巡ってKennedy長官側の言い分とは違う意見を言うことが許されなかった、このやりとりで最早NIHは科学を行うことのできる組織ではないと見限らざるを得なかったとのことです。Kevin Hall博士は科学者なので事実を捻じ曲げて持論を通そうとする人たちと一緒にはいられなかった。

ここから読み取れるのはKennedy長官は加工食品を依存性のある薬物と同様だから規制すべきと主張するつもりなのだろうということです。

●具体的にはどうなるのか

FDAのホームページの情報だけでは具体的に何がどうなるのかの情報が乏しかったのですが、記者会見に参加した記者やNGOの報告を見る限り、具体的なことは記者会見でも語られなかったようです。
Kennedy, Maraky fail to offer details of how they plan to get artificial dyes out of food | Food Safety News  April 23, 2025

結局企業に対して使うなと言っているだけで、これまでのFDAのように企業と事前に合意できているわけでもなく、企業側からは遠回しに科学的根拠に基くようにと要求されています。規制のために評価や事務作業をする人員は既に解雇しているし、仮に企業が要求に従わなかったとしても監視のための要員も削減しています。必要な食品の検査すらできていない状況だと報道されています。
US FDA suspends milk quality tests amid workforce cuts | Reuters

アメリカでは、大統領がソーシャルメディアで思い付きのような政策を書くたびに株価が変動する状況が報道されていますが、FDAの色素禁止発表もそれと同じように見えます。規制を作るにはうんざりするような作業や手続きを伴うことがありますが、それを手抜きすると後に訴訟によって無効と判断されることになります。

そもそも色素には色をつけるという重要な役割があり、例えば医薬品が全て無色だったら困ります。FDAの色素は食用だけではなく医薬品や化粧品も含むので、規制や法改正は簡単ではないと思います。そうした配慮が1月の赤色3号の禁止発表時にはされていましたが、4月の発表には全くありませんでした。

従って法規制ではなく単なる要請のままである可能性があり、その場合要求に従うかどうかは企業次第です。現政権の方針が永続するものと考えるか一時的なものとみなすかによっても判断は分かれるでしょう。

日本の消費者としては、アメリカがどうしたこうしたといった情報に振り回されず、静観するのがベストかと思います。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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