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ミツバチへの感謝をこめて 石碑の数々

柏田雄三(昆虫芸術研究家)

ハチミツは私たちの食生活を豊かにしてくれます。ハチミツ利用の歴史は古く、「昆虫食文化事典」(三橋淳著 八坂書房)」には、スペインのアルタミラの遺跡に描かれたハチミツを採る様子の壁画が、旧石器時代である紀元前18000-11000年ごろのものと言われている、と記されています。

また、紀元前2400年頃の古代エジプトでは、養蜂がおこなわれていたようです。日本でも養蜂は古い歴史をもっています。明治時代には、現在主流となっているセイヨウミツバチが導入されました。

ミツバチは働きものです。メイ・R・ベーレンバウム著の「昆虫大全」(白揚社)によると、1Kgのハチミツを作るのに平均13万回も花の蜜を運ばなければならず、一つ一つの花を10000万回も訪れ、花が巣から1マイル(約1.6Km )以内にあったとしても、飛行距離は地球10周分に相当する40万キロメートルにも及ぶそうです。

養蜂作業の光景

働きバチが集め、巣の中に運ばれて吐き出された花の蜜は、中にいる働きバチによって蜜に含まれる蔗糖が、果糖とブドウ糖に分解されるとともに、水分を飛ばされるなどして熟成されます。水分は80%から20%ほどに減少します。このようにして巣の中に蓄えられたハチミツを、人間は一方的にいただいてしまうのです。

人間がミツバチからいただいているのは、ハチミツばかりではありません。ローヤルゼリー、プロポリス、蜂蝋、花粉粒もそうです。

さらに、ミツバチは花粉を運ぶ送粉者(ポリネーター)の一つとして植物の受粉を助け、受粉を必要とする農作物の農産物生産に大きな役割を果たしています。また、採種のために使われることもあります。

クローバーを訪花するセイヨウミツバチ

私は昆虫を含む生きものや道具などの慰霊碑や感謝碑のことを調べています。昆虫に関する石碑は「虫塚」という名前で代表されますが、ミツバチに関する虫塚には他の虫塚とは異なる際立った特徴があります。

それは、先に記したように、ハチミツなどの恩恵を人間に与えてくれることに対する感謝の言葉、受粉交配活動で農作物を実らせてくれることへの感謝が刻まれていることです。

さらに、社会性昆虫であるミツバチが一致団結した生活を行っていること、その勤勉な働きが人間の生活態度の模範になりうることをたたえてもいます。全国にあるミツバチ関係の虫塚の中から四つを選び、そこにどのような言葉が刻まれているのかを見てみましょう。

「蜜蜂頌徳の碑」(盛岡市)

●岩手県養蜂組合建立の「蜜蜂頌徳の碑」(岩手県盛岡市)
「感謝のことば」

花の受精に素晴らしい働きをして美味なる果実をもたらし 蜜や貴重な王乳をかもして 人々の心と体を養い 限られた日々の営みの中で勤勉と一致の美事な手本を人類に示し 大きな教訓を与えてきた億兆の可憐な蜜蜂たち 全国養蜂者有志の協賛を得 ここにその徳をたたえ また霊を慰め感謝する 

「蜜蜂は生命を育む 」碑(深谷市)

●埼玉県養蜂協会建立の「蜜蜂感謝碑」(埼玉県深谷市)
「蜜蜂は生命を育む」

蜜蜂は人類の歴史と共に歩んできました 山野の花木 草原の花 園芸農作物等の花 これらの花粉交配と共に 花蜜を集め蜂蜜を造り人類の繁栄に多大なる貢献をしてきております 蜜蜂の持つ勤勉  
団結 貯蓄の精神こそ私たちの鑑とするところであります ここに創立五十周年を記念してこの碑を建立しました

「蜜蜂の碑」と蜜蜂慰霊祭(館山市)

●千葉県養蜂協会建立の「蜜蜂の碑」(千葉県館山市)

蜜蜂は遠い昔から人類に蜂蜜をもたらして私達の生活に貢献して来ました 特に房総地方は蜜蜂の越冬・繁殖の地として遠く北海道東北地方からも転飼して来ており春先は風物詩でもあります 蜜蜂と人類は共存してはおりますがその犠牲をもって養蜂業がなり立って来ました 茲に蜜蜂の霊を弔い感謝の意を表し この供養碑を建立する

訪花小天使 無尽大自然の碑(高松市)

●香川県養蜂組合建立の「訪花小天使 無尽大自然」の碑(香川県高松市)
「愛蜂に捧ぐ」

天の使命を体し地に咲く花を訪れて媒介に励み農産物増収に貢献 蜜と乳を貯え人類の生命と生活を潤す 営々辛苦し一糸乱れず団結し営農の犠牲となるも なお厭うことなく勤労する崇高にして尊厳なるその姿はこれを何物に例えようか 蜜蜂よ眠り給え 花の影に葉の陰に そして静かに自然に還り給えと祈る 我等農にいそしむ者養蜂を営む者挙げてその恩沢に深謝しここに碑を建立する

● 石碑にみられる感謝の言葉

有用昆虫のもう一つの雄である蚕の供養碑には、蚕が国の近代化に貢献したことや今後の養蚕、製糸の隆盛を願うことを記したものもありますが、ミツバチの碑文とは様相が異なり、蚕への直接の感謝の言葉には出会えません。これは、蚕が社会性昆虫でないことに加え、養蚕や製糸業に大きな陰りが見えていたことがその理由かもしれません。

ミツバチの石碑の多くは、県の養蜂協会や養蜂組合が建てたものです。3月8日の「ミツバチの日」や、8月3日の「ハチミツの日」のころに、感謝祭、供養祭が営まれるのも特徴のひとつです。これは他の昆虫の虫塚ではそれほど行われないことです。養蜂業という産業があり、そこにしっかりした団体があることにもよるのでしょう。

私は、館山市の「蜜蜂の碑」の前で千葉県養蜂協会が開いた蜜蜂慰霊祭に参列したことがあります。養蜂の関係者80名ほどが集まって、僧侶とともに般若心経をとなえたのち焼香する厳かなもので、そのあとに実り多い研修会も開かれました。
日頃の恩恵を蒙っているものに感謝の念を捧げるのは、とても気持ちの良いものです。
全国にはこれら四つのほかにもミツバチの石碑があります。筆者が執筆した「虫塚紀行」「虫への祈り」(ともに創森社)で紹介していますので、興味のある方は訪ねてみてはいかがでしょうか。

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