科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

野良猫通信

アクリルアミドのリスク管理

畝山 智香子

2002年にフライドポテトなどの食品にアクリルアミドが無視できない量含まれることが報告された時のことを覚えているでしょうか?このスウェーデンからのニュースは食品関係者を驚かせ、どの食品にどのくらいアクリルアミドが含まれるのか、その生成条件は、減らすための方法は、そして食品由来のアクリルアミドによる健康影響は、といった研究が一斉に始められました。

それから20年が経ちました。

アクリルアミドの低減方法に関する研究がさかんに行われ、特に注目されたポテトチップスやフライドポテトのようなジャガイモ製品では、アクリルアミドを減らすため対策が既に実施されています。アクリルアミドは調理のために必須の加熱によって生じるため、ゼロにすることは不可能なのですが、対策によって相当減らすことができています。

最近ドイツBfRが食品中のアクリルアミドの調査結果を発表したので関連情報を紹介しておこうと思います。

●焼き色とアクリルアミド濃度との関係

ドイツの発表は以下で、食事からの汚染物質の摂取量調査をしている中で、野菜チップスのアクリルアミド濃度の高さが目立った、という発表になっています。
BfR MEAL study: High acrylamide levels detected in vegetable crisps (bund.de)

230の食品を調べて、最もアクリルアミド濃度が高かったのは野菜チップス 1430 μg/kgで、一方ポテトチップスは190 μg/kgだったとのことです。

そして研究では焼き色とアクリルアミド濃度の関係を調べ、色が濃いほどアクリルアミド濃度が高くなることを確認しています。焼き色の違いによって最大30倍以上もの差がつくということです。これは画像のほうがわかりやすいので図を引用します。

Food Chemistry: X Volume 22, 30 June 2024, 101403
Results of the BfR MEAL Study: Acrylamide in foods from the German market with highest levels in vegetable crisps – ScienceDirect(論文はオープンアクセス)

このこと自体は既によく知られていて、日本でも農林水産省が継続的に情報提供や調査を行っています。
農林水産省/農林水産省の調査により、アクリルアミド濃度の低減が裏付けられた事例:農林水産省 (maff.go.jp)

ポテトチップスについてはこちらの動画がおススメです。
ポテトチップスのひみつ~アクリルアミドを少なくするために~:農林水産省 (maff.go.jp)

日本では食品安全委員会がアクリルアミドの評価を行ったときに野菜炒めが主な摂取源であるとしていましたがその後の情報として調理時間の違いによる差なども発表しています。
第5回 アクリルアミドともやし炒め〜リスク評価のその後は? | 食品安全委員会 – 食の安全、を科学する (fsc.go.jp)

米国ではFDAが食品中のアクリルアミド濃度を監視して公表しています。
Survey Data on Acrylamide in Food | FDA

データはエクセルでダウンロードすることができます。例えば2015年のデータには1200ほどの検査結果が収載されています。米国の素晴らしいところは、メーカーと商品名が記載された個別のデータが提供されているので研究のためにいろいろな解析をしたり消費者の選択に役立てることができる、というところです。

そのFDAの2015年のデータによるとポテトチップスのアクリルアミド濃度は140ppb(μg/kg)から1770 ppbまで幅があります。この年の検査で最も高濃度だったのはサツマイモチップの8440 ppbでした。

●アクリルアミド低減策をしている食品、していない食品

こうしたデータをみていって明らかになることは、アクリルアミドを減らすための対策をしている製品と対策をしていない製品の差は大きい、ということです。

アクリルアミドが食品中から発見された当初はポテトチップスやフライドポテトが特に注目され、体に悪い食品の代表であるかのように週刊誌などにも書かれました。しかしアクリルアミドはアミノ酸と糖を含む食品を加熱すればできるので、他にもたくさんの食品から検出されていて、野菜チップスは当初から比較的高濃度が報告されていました。

そして時間が経過し、ジャガイモ製品は当局の指導や一般からの関心の高さもあって対策が進んだ一方で、野菜チップスはあまり対策をしてこなかったのでしょう。野菜チップスは「健康的」というイメージで製品も消費量も増加しているため、今後監視が強化され対策をとることになると思います。イメージだけでポテトチップスより野菜チップスのほうが健康に良いと思って子どもに与えていたような人は考えなおしたほうがいいでしょう。

なお、10月2日には英国FSAが食品中のアクリルアミド濃度調査の最新結果を発表していて、同様に野菜チップスで濃度が高いものがあることが報告されています。
Acrylamide and Furans Survey Summary | Food Standards Agency

アクリルアミドは実験動物では有害影響が確認されていますが、ヒトでは確認されていない、と説明されます。しかし同じ種類の食品であっても含まれるアクリルアミドの量が文字通り桁違いであるため、食事からの暴露量が正しく推定できないために疫学では影響が確認できない、といったほうが正確です。アクリルアミドは食品安全上優先的に対策すべきものであることは間違いありません。

「食品添加物の〇〇を含む食品はこれ」、といった類の記事を週刊誌やウェブでよく見ますが、安全性評価を経て認可されている食品添加物よりも、遺伝毒性があって食品添加物として認められることは絶対ないだろうアクリルアミドの含量が多い食品を調べて情報提供したほうが消費者の利益になると思います。

そうすると、大手食品メーカーのほうが対策している場合が多いです。法律で明確な規制がない有害物質についても安全対策を行うには、それなりのリソースが必要だからです。家庭の台所で手作りしたものが最も安全、とは言い切れないのです。

農林水産省の動画にもあるように、ポテトチップスのアクリルアミド濃度を減らすための対策は家庭料理では難しいものが結構あります。例えば最終製品の色による選別などは、私だったら仕事でなら指示通りに排除できますが、家で作った料理なら「まあいいか、もったいない」と捨てられないと思います。もちろんそうでない人もいると思います。

ところで、日本の農林水産省が公開しているデータは平均値と幅だけです。さらに単位はmg/kgで表示されているので1.1とか2.1という値になっていてぱっと見で違いが分かりにくいうえになんとなく小さい値のように見えます。これはFDAの情報の出し方に比べると、消費者に配慮したものではありますが、消費者を信頼していないとも言えます。

私は階層が深い部分の、「詳細情報」ではもう少し詳しいデータを公開してもいいのではないかと思っているのですが、皆さんはどう思いますか。

執筆者

畝山 智香子

東北大学薬学部卒、薬学博士。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部長を退任後、野良猫食情報研究所を運営。

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